2019年8月29日木曜日

【harappa Tsu-shin】「ひろさき美術館4」ボランティアスタッフ募集



【ボランティアスタッフ募集】
「ひろさき美術館4 −1988・2019 Hirosaki−」のお手伝いをしていただけるボランティアスタッフを募集いたします。
少しでも興味のある方はぜひご応募ください。

〇募集概要
≪会場スタッフ≫
中央食品市場、中央弘前駅のどちらかで、作品の監視、来場客のご案内をしていただける方
日時:2019年9月13日~9月18日 10:00~18:00(※1日1時間からでも大丈夫です。)

○備考
 ボランティアスタッフですので、報酬、交通費などの支給はありません。
 高校生(未成年)のご参加は、保護者様の同意が必要です。

〇「ひろさき美術館4 −1988・2019 Hirosaki−」について

○応募方法
「ひろさき美術館4ボランティアスタッフ希望」と明記の上、
「お名前/生年月日/住所/電話番号/E‐mail/希望日時」を記して、FAXかメールにてお申し込みください。
宛先・問合せ:弘前アートプロジェクト実行委員会事務局(NPO harappa内)
TEL 0172-31-0195 FAX 0172-31-0196
E‐mail post@harappa-h.org



2019年7月16日火曜日

【越境するサル】№.190「珈琲放浪記~クリムト展と仙台、秋田、盛岡の珈琲~」(2019.7.10発行)


 6月末から3日間、JRの「大人の休日」で、妻と仙台・東京・秋田を巡った。ふたつの「クリムト展」が主な目的だったが、行きと帰りに珈琲を買い求める時間を少しだけ持つことができた。さらに、1日だけ「大人の休日」が残ったので、盛岡へも訪れた。

 
     「珈琲放浪記~クリムト展と仙台、秋田、盛岡の珈琲~」

1 仙台市青葉区一番町「デ・スティル コーフィー 一番町店」

  東京で開催されていた2つのクリムト関連の展示を訪れる途中、仙台に立ち寄った。用事があったのは地下鉄東西線大町西公園駅近くの「くらしギャラリー 風ち草」だが、その前に行きたい珈琲屋があった。同じく東西線青葉通一番町駅にほど近い(つまり藤崎デパートの近くだ)「デ・スティル コーフィー 一番町店」。以前一度だけ来たことがあった。
  アーケード街の「文化横丁」の看板を左に見て、その向かいの小路に入る。昔は映画館の裏の通りだったというその小路に、「デ・スティル コーフィー」はあった。



 店名のデ・スティルとは、1917年にオランダで創刊された雑誌およびそれに基づくグループの名称(オランダ語で様式、つまりThe Style)。建築や抽象絵画の重視、バウハウスやダダや構成主義への影響などが評価されているグループである。
 さて、仙台市の郊外25kmの雑木林の中に焙煎室を持つ「デ・スティル コーフィー」を、ゆっくりと味わう余裕はなかった。以前飲んで気に入っていた「ブレンド シティロースト」を200g購入購入するために来たのだ。「昔のマンデリン」を求めるこの店の「シティロースト」は、私の好みの苦さにかなり近い、店一番のロングセラーだ。



 珈琲豆購入者にサービスされるエスプレッソ1杯をそそくさと飲み干し、店を出た。

 3日後の朝、弘前でじっくり淹れて飲んでみたが、記憶通りの味とのどごし。以前、マンデリンよりマンデリンっぽいのではと感じたことを思い出した…

 この日は仙台を昼過ぎに出て、上野に向かった。上野公園の東京都立美術館「クリムト展 ウィーンと日本 1900」と六本木の国立新美術館「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の2つを、それぞれに時間をかけて堪能した。

東京都美術館「クリムト展 ウィーンと日本 1900」では20分ほどの行列(さらにG20のための厳重な警備)を経験したが、これは想定内。なにしろ過去最多、25点以上の油彩作品や「ベートーヴェン・フリーズ」の複製による再現展示など、グスタフ・クリムトの全貌にふれることができる絶好の機会だ。しかも会期終了は近い。圧倒的な熱気の中、初期作品から分離派結成後の「黄金様式」時代の代表作等々、気になる作品の前には何度も足を運び、必死に鑑賞。疲労は感じたが、充実感も半端ない…




一方、国立新美術館「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」は、絵画から建築、デザインまで、「ウィーン世紀末文化」の至宝を集めた画期的な展覧会。まだ会期がかなり残っていることもあって館内はそれほど混雑していなかったので、ゆったりとした気分で鑑賞することができた。この展覧会の目玉はクリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」(唯一写真撮影可)、そして私にとってはエゴン・シーレの諸作品。シーレを扱った2本の劇映画に導かれ、いつか作品を直に鑑賞したいと思い続けてきた。やっと念願がかなった…




2 秋田市千秋久保田町「ナガハマコーヒー 秋田駅前店」

  2日後、914分上野発「こまち9号」で秋田に向かう。秋田新幹線に乗車するのは初めてだ。秋田駅到着は134分、1552分秋田発「つがる5号」で弘前に向かう予定だから、滞在時間は3時間弱。プロ野球公式戦「巨人VSヤクルト」の影響かコインロッカーも満杯、荷物を持ったまま目的地に向かう。



 秋田県立美術館。2013(平成25)年に本格オープンした安藤忠雄設計のこの美術館は、公益財団法人平野政吉美術財団の藤田嗣治作品展示を中心としている。圧巻は2階大壁画ギャラリーの「秋田の行事」。1936(昭和11)年、秋田市の資産家・平野政吉が、急死した藤田の妻マドレーヌの鎮魂のために美術館建設計画を打ち出す。その計画を受けて秋田入りした藤田は、秋田で壁画を制作することを表明…翌年、3.65m、横幅20.5mの大作が完成した。この大作と、藤田作品のコレクションを鑑賞し、ミュージアムラウンジから向かいの千秋公園を望む。



 列車の時刻を気にしながら、秋田駅へ向かう。食事は美術館エリアで「稲庭うどん」を食べて完了。あとは珈琲にありつくだけだ。目指すは駅前のビル「オーパ」1階にある「ナガハマコーヒー 秋田駅前店」、迷いながらたどり着いた。



 店内はカウンターを除いてほぼ満席。何やら皆が珈琲を楽しんでいるように見える。カウンターに座り、ブレンドを注文する。店員の対応も心地よい。あまり珈琲を味わう余裕はなかった。すぐさま飲み干す。なめらかな感じだけはわかった。ブレンドより深煎りの珈琲も試したかったので、「インドネシア アチェ・アルールバダ(中深煎り)」180gを購入。急いで、秋田駅へ向かう…



 後日、自宅で淹れてみたが、「中深煎り」でも私には酸味が強すぎるように感じた。しかし、この酸味もまた「インドネシア」の特徴なのだ。でも、もっと深煎りのものを試してみたい。


3 盛岡市鉈屋町「fulalafu(フララフ)」

  「大人の休日」で3日間、仙台・東京・秋田と旅をした。まだ、「大人の休日」は1日余裕があった。もう少し、珈琲を味わいたかった。それも旅先で…盛岡に行こうと、決めた。

 弘前から特急「つがる」で、そして新青森からは新幹線「はやぶさ」で、ほとんど座ることはできなかったが、おまけのような鉄道旅で盛岡に向かった。到着は1245分、家を出てから3時間。
 盛岡駅から、すぐタクシーに乗り込む。目指すは鉈屋(なたや)町。この界隈には明治期に建てられた「町家」が並ぶ。そのエリアの片隅に(とは言ってもスーパー「ユニバース鉈屋店」の真裏だが)、コーヒー生豆専門店「fulalafu(フララフ)」はある。



 店内には約20種の豆が置いてあり、好みの焙煎に合わせて(ミディアムロースト、ハイロースト、シティロースト、フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアンロースト)その場で焙煎してもらえる。ただし、焙煎には30分~2時間ほどかかるので、急ぐ場合には8種類ほどある焙煎済みのものを買うこともできる。
 焙煎済みの「エチオピア モカ シダモ」と「東ティモール マウベシ」、どちらもフルシティロースト(深煎り)100gを購入し、さらに店内でも1杯飲んでいくことにした。銘柄は店主にお任せ、フルシティローストとだけ希望を伝える。



 店内には3つのテーブル席。なかなかシックな趣きで落ち着く。次々に訪れる予約客、地元の常連客や遠くからの来訪者、を眺めながら、待つこと30分、ついに運ばれてきた今日の一杯。新商品「コスタリカSHB コーラルマウンテン」。



 弘前から長い時間をかけてやって来た甲斐があった、と言うべきか。何という美味しさだ。クリアーなのに、上品な個性(これが甘味か)がひろがる…
 店を出て、ゆっくり1時間ほどかけて、紺屋町・中ノ橋・大通りを歩く。途中、この日定休日の喫茶の位置を確かめる。まだまだ、行くべき喫茶はある。おそるべし、盛岡。

 その次の日から、「エチオピア モカ シダモ」と「東ティモール マウベシ」を交互に淹れて試し続けた。どちらも、クリアーな飲み口のあと、独特の個性がひろがっていく。それを言い表す言葉を、まだ見つけられない。再び「fulalafu」の豆を手に入れなければ、と思う。


<後記>

   ひさしぶりの「珈琲放浪記」のような気がするが、ますます珈琲の多様性・可能性を感じている。再訪する店も含めて、また、仙台・秋田・盛岡の「珈琲放浪」を計画したい。10月来訪予定の山形の珈琲も気になる…次号は未定だが、9月の「映画上映会」の紹介となりそうだ。



(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。



2019年7月9日火曜日

【harappa Tsu-shin】こどもharappa夏休み特別編・サポートスタッフ募集のお願い


小学生を対象にアートを考え・楽しむワークショップ
「こどもharappa~びじゅつのじかん~」の夏休み特別編。

アーティストの小金沢健人さんと弘前公園を歩き、たんけんしながら、
そこでみつけたいろんな”カケラ”をあつめてみんなで作品をつくります。

このワークショップを一緒につくってくれる
ボランティアスタッフを募集しております。

◯作業日時
7/23(火) 09:00〜16:00頃

◯作業内容
会場準備、ワークショップ作業フォロー、児童の見守り、片付けなど
・お弁当をご用意しております
・交通費や謝礼はございませんので、ご了承ください

◯場所
弘前文化センター3F・工作実習室
および弘前公園(天候によって変更になる場合があります)

◯募集対象
高校生以上 4名程度

少しでも興味のある方は、ぜひ事務局までご連絡くださいませ。
メール場合、件名に「harappaこどもびじゅつ部 ボランティアスタッフ希望」と
明記の上、ご連絡ください。ぜひお待ちしております!!

問合:harappa事務局
tel: 0172-31-0195(平日 9時〜17時半) e-mail: post@harappa-h.org

☆ワークショップの詳しい情報はこちら
http://harappa-h.org/contents/20190601-0723kodomo-harappa.php






2019年7月2日火曜日

【越境するサル】№.189「今年出会ったドキュメンタリー 2019年4-6月期」(2019.6.27発行)



2019年4-6月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。




           「今年出会ったドキュメンタリー 2019年4-6月期」

2019年4月から6月までに観たドキュメンタリーを列挙する。スクリーンで観た映画は3本、あとはDVD等での鑑賞。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、※はテレビ・ドキュメンタリー。



4月・・・『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』
       (2017 ルーシー・ウォーカー)
     『華氏119』(2018 マイケル・ムーア) 
     『一四一冊目の春 くめさんが伝え続けること』
       (2019 NNNドキュメント)※
     『南京の日本人』(2018 27回FNSドキュメンタリー大賞優秀賞)※
     『鯉のぼる国ドミニカ~育てて勝つ!カープの夢~』
       (2019 ドキュメントJ)
     『それでもママに愛されたい~セックスワーカーの娘たち~』
       (2019 テレメンタリー)※
     『カラーでよみがえるパリ~ベルエポック1900~』
       (2019 BS世界のドキュメンタリー)※
     『連合赤軍 終わりなき旅』(2019 ETV特集)※
     『アメリカ大使館 密着24時』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
     『物語のウソとホント~エトガル・ケレットの超短編小説~』
       (2019 BS世界のドキュメンタリー)※
     『めぐりあい~下甑島で出逢った仲間たち』(2019 ドキュメントJ)※
     『平成サヨナラ歌舞伎町』(2019 テレメンタリー)※



5月・・・『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』
                (2016 マット・ターナウアー)
     『わがチーム、墜落事故からの復活』
       (2018 マイケル&ジェフ・ジンバリスト)
     『激動のカンヌ 1968』(2018 ジェローム・ウィボン)
     『ロマン・ポランスキー 初めての告白』(2012 ロラン・ブーズロー)
     『森有正 遥かなノートルダム』(2019 BSプレミアム)※
     『今また“マンザナー”を繰り返すのか?
      ~アメリカ・日系人強制収容が問いかけるもの~』(2019 BS1)※
     『ふたつの正義 検証・揺さぶられっ子症候群』
       (2018 27回FNSドキュメンタリー大賞特別賞)※
     『さすらいのシェフ』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
     『“微笑み”がきた道』(2019 シルクロード・美の回廊Ⅱ)※
     『けさない灯り 山の診療所』
       (2018 27回FNSドキュメンタリー大賞特別賞)※
     『ロデオ 民主主義国家の作り方』
       (2019 BS世界のドキュメンタリー)※
     『ボタ山であそんだころ』(2019 ドキュメントJ)※
     『“カメラを止めるな!”~低予算×無名が生んだ奇跡~』
                (2019 アナザーストーリーズ)※
     『残溜~イタイイタイ病公害病認定50年~』(2019 ドキュメントJ)※
     『北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言』(2019 ETV特集)※

      

6月・・・『放射能症候群Ⅰ』(2013 香取直孝 脱原発弘前映画祭)
     『細川牧場さゆり』(2014 香取直孝 脱原発弘前映画祭)
     『ヒトラーVSピカソ 奪われた名画のゆくえ』
       (2018 クラウディオ・ポリ 青森シネマディクト)
     『世界で一番ゴッホを描いた男』
       (2016 ユー・ハイボー、キキ・ティアンキ・ユー)
     『それでも、生きていく~見過ごされてきた 山あいの水俣病~』
       (2019 目撃!にっぽん)※
     『「自爆」 元警部の告発』(2019 NNNドキュメント)※
     『I link ~あいりんに取り残された労働者達~』
       (2019 テレメンタリー)※
     『天安門事件 運命を決めた50日』(2019 NHKスペシャル)※
     『裁判員裁判10年~死刑判決はなぜ覆るのか~』
       (2019 NNNドキュメント)
     『再審漂流 証拠隠しとやまぬ抗告』(2019 テレメンタリー)※
     『家族スパイダー』(2019 ドキュメントJ)※
     『戦場の黙示録』(2019 映像の世紀プレミアム)※
     『廃炉への道全記録2019 核燃料デブリとの闘いが始まった』
       (2019 BS1スペシャル)※
     『三島由紀夫×川端康成 運命の物語』(2019 BS1スペシャル)※

              

毎回、「収穫」を選んでいるが、今回も数本紹介する。まず、映画から。

『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』(2017 ルーシー・ウォーカー)。 
 1997年、アメリカのギタリスト、ライ・クーダーがプロデュースした1枚のアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」が、世界にセンセーションを巻き起こした。かつて第一線で活躍していたキューバのベテラン歌手や音楽家たちを復活させたこのアルバムの出現を受けて、名匠ヴィム・ヴェンダースが監督したドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999)が全世界で破格のヒットを飛ばす…この50年代のキューバの大物ミュージシャンを集めたビッグバンドのグラミー賞受賞、最初のコンサート(1998 アムステルダム)、その2か月後のニューヨーク公演、彼らそれぞれのルーツ、その後の世界ツアー、そして死の直前までステージに立ち続けた彼らの姿を伝える圧巻の音楽ドキュメンタリー。制作総指揮ヴィム・ヴェンダース。




『華氏119』(2018 マイケル・ムーア)。
 あのマイケル・ムーアが、アメリカ合衆国第45代大統領ドナルド・トランプを題材に手がけたドキュメンタリー。タイトルの『華氏119(原題:Fahrenheit 11/9)』は、トランプの大統領当選が確定し勝利宣言をした2016119日に由来する。ムーア監督の代表作であり、当時のジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した『華氏911Fahrenheit 9/11)』(2004)に呼応するものだ。1999年4月コロラド州コロンバインの高校で起きた2人の生徒による銃乱射事件を題材に「銃社会アメリカ」を「アポなし突撃取材」で徹底的に分析・諷刺した『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)以前から、巨大権力とゲリラ戦で闘い続けるムーア監督が、「悪の天才」トランプを当選させたアメリカ社会そのものにメスを入れ、権力と局地戦で闘い続ける人々を紹介する。彼の故郷ミシガン州フリントの水道水汚染問題に対する当時のオバマ大統領の姿に幻滅する住民の姿は、彼の告発がトランプや共和党だけに向けられているのではないことを示している。




『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』(2016 マット・ターナウアー)。
 「アメリカ大都市の死と生」の著者ジェイン・ジェイコブズは、モダニズムを背景に自動車中心に合理的な都市計画を進めていた1950年代のアメリカで、仲間たちとともに都市開発の帝王ロバート・モーゼスらが推し進める開発プロジェクトと闘いを繰り広げていく。当時の貴重な記録映像で綴る、「公共の空間」を重要視する都市論の実践の記録。




『わがチーム、墜落事故からの復活』(2018 マイケル&ジェフ・ジンバリスト)。
 20161128日、ブラジル1部リーグのチーム・シャペコエンセの選手と首脳陣、ジャーナリストたちを乗せた飛行機が墜落。乗客77名中71名が命を落とした。その悲しみの中から、シャペコエンセはゼロからの再出発を開始する…まるでドラマのような、いやドラマ以上の奇跡のシーズンを描いたドキュメンタリー。




『激動のカンヌ 1968』(2018 ジェローム・ウィボン)。
 19682月、名画の収集・保存・上映をしてきたパリのシネマテーク・フランセーズの創設者ラングロワが、ド・ゴール政権の文化相アンドレ・マルローに突如解任された。トリュフォー、ゴダールら映画人たちは猛烈な抗議活動を展開。やがて同年5月、パリで学生・労働者たちのゼネストから“五月革命”が起きると、その中で幕を開けた第21回カンヌ国際映画祭は、中止すべきだと主張するトリュフォー、ゴダールらの活動により会期半ばで中止に追い込まれる…映像と証言で検証する事件の全容。



『細川牧場さゆり』(2014 香取直孝 脱原発弘前映画祭)。
 第13回を迎えた「after311 脱原発弘前映画祭」、今回は『無辜なる海1982・水俣』(1983)の香取直孝監督の「被曝を記録する」5作品一挙上映。『細川牧場さゆり』は、飯舘村細川牧場で死んでいく母馬さゆりと牧場主細川徳栄の姿を描いた作品。樋口司朗のカメラワークの凄さに息をのむ…この作品と『放射能症候群Ⅰ』の2本だけしか観ることはできなかったが、残る『飯舘村佐藤八郎』(2016)・『放射能症候群Ⅱ』(2016)・『細川牧場の娘』(2017)と合わせて5本のDVDを会場で購入、監督と話すこともできた。



『ヒトラーVSピカソ 奪われた名画のゆくえ』
 (2018 クラウディオ・ポリ 青森シネマディクト)。ナチス・ドイツがヨーロッパ各地で略奪した芸術品の総数は約60万点。そのうち10万点が今でも行方不明だという。ヒトラーはピカソ、ゴッホ、ゴーギャン、シャガールらの傑作に「退廃芸術」の烙印を押し古典主義的作品を擁護したが、「総統美術館」設立の野望を抱き、ゲーリング国家元帥とともに略奪を繰り返した…この作品は、史上最大の略奪の全貌と本来の相続人たちの粘り強い戦いを丹念に描く。ただし、題名から想像されるような、ヒトラーとピカソの闘いを描いた作品ではない。




『世界で一番ゴッホを描いた男』(2016 ユー・ハイボー、キキ・ティアンキ・ユー)。
 20171124日、「BS世界のドキュメンタリー」で放送された『中国のゴッホ 本物への旅』の劇場公開版。『越境するサル』№16620171225日発行)では、次のように紹介している。「制作:Century Image Media/TRUEWORKS(中国・オランダ  2016)。原題:China’s Van Goghs。世界の名画の複製画の大半を製作する中国広東省深圳市・大芬油画村。ゴッホを専門にする絵師・シャオヨンは10万枚を超すゴッホの複製画を描いてきたが、まだ本物のゴッホを見たことがなかった。オランダを訪れる機会を得た彼は、初めて本物のゴッホと出会う…アムステルダム、自身の絵が土産物店で売られていることにショックを受け、ゴッホ美術館で本物のゴッホ作品に感激し、フランス・アルルからパリ郊外オーヴェル墓地を訪問して中国に帰ってきた彼は、やがて家族や町の風景を描き始める。それは、複製画とは違う、自分のオリジナルの絵だ。」



        

                        

テレビ・ドキュメンタリーからも数本。


『一四一冊目の春 くめさんが伝え続けること』(2019  NNNドキュメント)。
 制作:南海放送。生まれつき背骨に障害のある小倉くめさん(72)は、幼少期からいじめを受けて育った。37歳で仕事を失い、死も考えた彼女だが、障害児を抱えた母親が親子心中する事件に遭遇し、障害者問題を世に問う季刊誌"秘めだるま"を創刊した。以来35年間、たった一人で出版を続け、今春141冊目となった…ナレーションは余貴美子。


『南京の日本人』(2018 27回FNSドキュメンタリー大賞優秀賞)。
 制作:石川テレビ。201810月、初回(FNSドキュメンタリー大賞)放送。歴史認識をめぐり今も日中関係のわだかまりが残る中国・南京市。その南京市で、日本と中国をありのままに紹介するインターネット番組を発信し続ける竹内亮さん(39)。日本のテレビディレクターとして活躍していた彼は、2012年、妻の実家がある南京に移住し、翌年、インターネット番組制作会社を立ち上げた。中国に住む日本人、日本に住む中国人を主人公とする看板番組『私がここに住む理由』は、圧倒的な人気を誇る。今や“両国の架け橋”とまで呼ばれるようになった彼の日々を追う。


『連合赤軍 終わりなき旅』(2019  ETV特集)。
 連合赤軍事件から47年。7年にわたる、服役を終えた元メンバーへの取材により、「連合赤軍とは何だったのか」という疑問をに対する答を見つけようとする。物足りなさは感じるが、メンバーひとりひとりの人生が具体的に語られていることは評価に値する。続編、というかもっと掘り下げた拡大版を期待したい。


『森有正 遥かなノートルダム』(2019  BSプレミアム)。
 哲学者・森有正(1913-76)の代表作『遙かなノートル・ダム』(1967)を映像化したドキュメンタリー。東京大学文学部仏文科助教授だった彼は、1950年フランスに留学するがそのままパリに留まり、東京大学を退職。1976年パリで客死するまで、フランスで研究・執筆を続ける。パリのタクシー運転手が思い出を少女に語り、「森有正が見たノートルダム大聖堂とは何か」を探る構成。2002年初回放送。ノートルダム大聖堂尖塔焼失を受け、再放送された。語りは遠藤憲一、柴田祐規子。


『北朝鮮 “帰国事業” 60年後の証言』(2019  ETV特集)。
 1959年から25年間続いた“帰国事業”。93000人余り(日本国籍者約7000人を含む)の在日が北朝鮮に渡った。1958年、金日成政権と朝鮮総連は、在日朝鮮人に、祖国に帰り国家建設に参加するよう帰国を呼び掛ける。日本では自民党から共産党までの政党、労組、自治体、文化人が帰国事業を支持、応援した。しかし、北朝鮮に渡った在日は、結果的に北朝鮮で新たな貧困と迫害にさらされた。彼らの北朝鮮での生活の詳細を、脱北した在日コリアンと日本人妻への取材でつづる意欲作。『ディア・ピョンヤン』・『愛しきソナ』・『かぞくのくに』のヤンヨンヒ監督も証言者として登場している。

『「自爆」 元警部の告発』(2019 NNNドキュメント)。
 制作:日本テレビ。語り:松尾スズキ。1990年代後半、北海道警の拳銃押収数をトップクラスに導いた道警のエース稲葉圭昭。しかし彼は、突然、勤務していた道警に覚醒剤取締法違反で逮捕される。その後、「拳銃押収のやらせ捜査」など警察の組織的な犯罪行為が浮上するが闇に葬られた…。懲役9年の刑期を終え出所してきた稲葉圭昭が語る「道警の闇」。なお、彼はこの「稲葉事件」の全貌を『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社文庫)で告白。この著書を原作として、映画『日本で一番悪い奴ら』(2016 監督:白石和彌、主演:綾野剛)が制作された(日活)


『三島由紀夫×川端康成 運命の物語』(2019 BS1スペシャル)。
 三島由紀夫と川端康成。師弟関係にあった2人の作家の確執、それぞれの葛藤を、演出家・宮本亜門が瀬戸内寂聴・岸惠子らの証言でたどる…1968年、川端はノーベル文学賞を受賞、その2年後、三島は自衛隊駐屯地で割腹自殺。さらに2年後、川端がガス自殺。このノーベル賞をめぐる2人の確執を軸に、彼らの生い立ちから自死に至る過程を追う。50分枠だが、倍の長さが欲しい。“完全版”の放送を期待する。それほど興味深い内容だ。





<後記>
  映画館と自主上映会で3本、スクリーンでドキュメンタリー映画を観ることができた。テレビ・ドキュメンタリーは、まだまだ秀作がたくさんある…次号は「珈琲放浪記」の予定。クリムト展の行き帰りに出会った喫茶店が紹介できれば。




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。



2019年4月9日火曜日

【越境するサル】№.188「ドイツ紀行(下)~ローテンブルクからライン川まで~」(2019.4.8発行)


 ドイツへの旅、後半はロマンティック街道のローテンブルクから、ノイシュバンシュタイン城、ヴィース教会、ハイデルベルク、フランクフルト、ライン川…見所満載だが、気候は厳しく、冬に戻ったよう。こうなると北国育ちは強いはずだが、そんなに甘くはなかった。   

 
「ドイツ紀行(下)~ローテンブルクからライン川まで~」

  ドイツ4日目(承前)。午後はローテンブルク。小雨の中、市内散策。町全体が中世の町並みの「テーマパーク」のようなローテンブルクだが、相変わらずの天候により散策は大幅に縮小せざるを得なかった…

 まず、何か温かいものが食べたいと思った。紹介してもらった日本語メニューがあるレストランで、ビーフシチューと魚料理にありつく。シチューの濃厚な味が五臓六腑にしみわたる。魚料理は、この旅行でほぼ外れなし。ここも美味い。店の雰囲気も良く、ひさしぶりにリラックスできた。身体に力がみなぎってきた。



 さて、小雨の中とはいえ行きたいポイントはある。占領軍の将軍との賭け(ワインの一気飲み)に勝って町を救った市長の伝説(1時間ごとに動き出す「マイスタートルンク」つまり「一気飲みの市長」の仕掛け時計には間に合った)があるマルクト広場の市庁舎、「絵になる交差点」として有名な「プレーンライン」、彫刻家リーメンシュナイダーの傑作「聖血の祭壇」があるゴシック様式の教会「聖ヤコプ教会」(たまたま入場できなかった)…傘を差しながら町を歩き回るが、結局、雨をしのげる店のお世話になるしかなかった。



 その世話になった店は、ここローテンブルクで13年間地元名産のフランケンワインと土産物を扱っている「えく子のワイン&ギフトショップ」。日本人が経営する、スタッフも日本人の店である。残念なことに、この3月でローテンブルク店は閉店するそうで(通販は継続)、最後の月の客となった…



 この店で白辛口のフランケンワインを試飲して、1本を自分のお土産とした。辛口のシュペートレーゼ、ようやくワインも自分のお気に入りに出会えた。


 
 ローテンブルクから4時間、ロマンティック街道の終点フュッセンを目指す。随分、遠くまで来た…



ドイツ5日目。「ノイシュヴァンシュタイン城」と「ヴィース教会」。各種ガイドブックの巻頭を飾る主要スポット。そして、どちらも期待を裏切ることはなかった。   

ドイツの観光街道として最も有名なロマンティック街道。古都ヴュルツブルクからローテンブルク、デュンケルスビュール、アウクスブルク、そしてアルプスの麓の町フュッセンまで350㎞のルート。その終点フュッセンの郊外に「ノイシュヴァンシュタイン城」はある。
朝、ホテルをバスで出て、城の麓の村ホーエンシュヴァンガウに向かう。ルートヴィヒ2世が子ども時代から慣れ親しんだ「ホーエンシュヴァンガウ城」が間近に見える。はるか山頂には「ノイシュヴァンシュタイン城」…



バイエルン国王ルートヴィヒ2世(1845-1886)は、17年の歳月と巨額の費用をかけて、この白亜の城を造り上げようとした。ワーグナーのパトロンとしてオペラに取り憑かれ、妃をめとらず孤独で狂気に満ちた生涯を送った若き王については、数々の書物や映画で語り継がれている。
私たち日本人に一番親しまれているのは、イタリア映画の巨匠ルキノ・ヴィスコッティ監督の『ルートヴィヒ』(1972)であろう。のちに復元完全版(約4時間)が公開されたが、その中に「ノイシュヴァンシュタイン城」をはじめとするルートヴィヒ2世建造の城の姿が収められている。

麓の村から約40分、まだ雪の残る山道を歩く。時おり馬車が通るが、それほど厳しい上りではない。やがて城が間近に迫る。



城の門をくぐった先の入場ゲートを通り、城内に入る。ここからは写真撮影禁止。いま、城内の売店で入手したガイドブックの写真で記憶を整理しているのだが、「玉座の広間」に驚嘆した後、「洞窟」をくぐるという不思議な体験を経て「歌人の広間」に至る30分(日本語オーディオガイド付)は圧巻だった。小雨の中、山道を上ってきた甲斐があった…



下りも、麓の村まで歩く。ちなみに馬車は上り6ユーロ、下り3ユーロ。上りに比べれば下りは楽なものだが、筋肉に若干疲労を感じてきた。
麓の村のレストランで一息つく。飲み物は、黒褐色のドゥンケルビール。もともと好みだったが、やはりのどごしががいい。今回の旅、ビールはほとんど目標達成。




このあと、30分ほどバスに揺られ、「ヴィース教会」へ。心地よい疲労とビールで、瞼が重い…

ヨーロッパで最も美しいロココ様式の教会のひとつ「ヴィース教会」は、牧草地の小さな巡礼教会。その外観からは、内部の華麗な装飾は想像できない。



最初に、ひとつの奇跡があった。17386月、聖体行列の為に作られたが放置されていた「鞭うたれるキリスト像」の目から涙が流れているのを、この像を引き取っていた近所の農婦が発見。その後、ヨーロッパ中から巡礼者が押し寄せる。この巡礼者に対処する為に、1754年、名建築家ツィンマーマン兄弟の手により完成したのがこの「ヴィース教会」である。以後、さまざまな曲折があったが、1983年、世界文化遺産に登録。1985年から大規模な内外装改築工事と徹底的な鑑定調査が行われ、ほぼすべての部分にわたり18世紀当時の姿が再現された。1991年、再開。
祭壇、それを取り囲む列柱群、復活したキリストと天国の門を描いた天井フレスコ画、パイプオルガン…すべての絵画と装飾工芸に圧倒される。驚きの体験、と言うべきだろう。



外は依然として小雨。ここから次の目的地ハイデルベルクまで、6時間のバス旅。
 


 ドイツ6日目。ハイデルベルクとフランクフルト。どちらも歴史を感じさせる、しかも活気に満ちた街。もっと天候に恵まれ、もっと時間があったら、隅から隅まで歩きたくなる街だった。

 午前中はハイデルベルク市内観光。
 前の晩、6時間の長旅の末たどり着いたハイデルベルクの通称「ビッグママの店」で、牛すじのシチューとともに、ついに白アスパラ(シュパーゲル)にありついた(地物ではないようだが)。そろそろドイツの旅も終わりに近づき、心残りがないようにいろいろ試してみなければ、と思い始めてきた…
 そして、ハイデルベルクだ。もうストーリーも忘れてしまった、はるか昔に読んだ『アルト・ハイデルベルク』(小説および戯曲、1898、ヴィルヘルム・マイヤー=フェルスター)のセンチメンタルな雰囲気だけを思い起こし、「ハイデルベルク城」と旧市街へと出かけた。



「ハイデルベルク城」は、13世紀からプファルツ伯の居城として拡張された山の上の古城。城の中にはゴシック、ルネッサンス、バロックなどさまざまな様式が観られる。世界最大級のワインの大樽、「ドイツ薬事博物館」、テラスから見えるライン川の支流ネッカー川沿いの旧市街の風景等々、見所は多い。



 旧市街は、ドイツ最古の歴史を誇る「ハイデルベルク大学」の校舎を中心とする見ごたえのある建物にあふれ、かつて町で騒ぎを起こした学生が投獄された学生牢や、歩行者天国で賑わう「ハウプト通り」など、とにかく観光客と若者があふれ活気に満ちている。歩いていて、こんなにわくわくする街は滅多にない。見上げれば「ハイデルベルク城」、実にいい…




 午後2時、出発。次の目的地フランクフルトまでは1時間半。

 フランクフルトは、今回の旅で最初に降り立った場所だ。ここを起点に、ベルリン、ドレスデン、ニュルンベルク、フュッセン、ハイデルベルクと一回りしてきた。旅の最後が近づいてきていることを実感しつつ、街へ出る…
 添乗員に案内してもらい、ショッピングの中心「ハウプトヴァッヘ」周辺の簡単な地理を頭に叩き込む。もっとも、あちこちを歩こうという気力もなかった。とりあえず「ゲーテハウス」と「ヴァッカーズ・カフェ」の2か所だけを確かめて、大型デパート「ガレリア・カウフホーフ」に入る。買い物はハイデルベルクの日本人観光客の為の店(「ユニコン」という)で、カードと日本円でほぼ済ませていたが、全館を一通り見てみたかった。トイレを済ませ(50セントだった)、地下の食品売り場で少し物色し、デパートを出た。
 行き先は自然に決まった。「ゲーテハウス」だ。「シュテーデル美術館」は少し遠かった。「レーマー広場(旧市庁舎)」や「大聖堂」よりも、まず「ゲーテハウス」に入り落ち着こう。いちいちトイレで料金を払うことがない場所(最高で70セント程度だが、ほとんどの場所で必要だった)で、ゆっくりしたい。しかも、ゲーテだ。



 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832)はフランクフルトに生まれ、学業の為に故郷を離れた期間を除いて、この地で青年時代までを過ごした(1775年、ヴァイマールに招かれるまで)。この時期フランクフルトで書かれたのが、彼の名を轟かせた『若きウェルテルの悩み』(1774)であり、また生涯書き継がれた『ファウスト』に着手したのもこの地である。



 彼が生まれ育った生家は第2次世界大戦の空爆で破壊されたが、戦後忠実に復元された。疎開させてあった調度品も無事だった。


 こうして復元された「ゲーテハウス」は、当時屈指の名家であった一家の暮らしぶりを伝えているが、4階の「詩人の部屋」にあるゲーテの机(『若きウェルテルの悩み』が書かれた!)の前に立つと、何やら文学的な気分が自分にも満ちてくるのがわかる。ずっと前から読む計画を立てていた、ゲーテの自伝的な要素を持つ教養小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(1796)が書棚で私を待っている…




 集合時刻まで多少時間があったので、今回のドイツで唯一狙っていた珈琲専門店「ヴァッカーズ・カフェ」の前を通ってみたが、行列で人があふれていて断念。



 集合地点の「パウルス教会(パウロ教会)」にゆっくり向かう。この教会で、1848年から開催された「フランクフルト国民議会」の議事が行われ、自由主義的な「ドイツ国憲法(パウロ教会憲法)」が採択された…バスはすでに着いていた。




ドイツ7日目。ライン川クルーズ、そして帰国。
ついに最終日を迎えた。前の晩、フランクフルト空港にほど近いホテルでドイツ最後の夜。ホテル到着前には、フランクフルト市内のレストランでコールルーラーデ(ロールキャベツ)とフランクフルト名物りんご酒。あとはもう、ライン川クルーズだけだ。

ライン川クルーズは、リューデスハイム~ザンクト・ゴアールのハイライト区間70km、1時間45分の旅。私たちのバスは乗船地のリューデスハイムで私たちを降ろし、ザンクト・ゴアールで私たちを待ち受ける。
出発まで少し時間があったので、リューデスハイムの町を散策する。この「ライン川の真珠」と呼ばれる小さな町は、ドイツ有数のワインの産地。ワイン酒場やレストラン、土産物店が立ち並ぶ有名な路地「つぐみ横丁」を通り抜け、しばらく雰囲気を楽しむ。街の周囲は、すべてブドウ畑だ。




午前10時、クルーズ出発。世界中から集まった観光客(年齢層はもちろん高い)が、船内にひしめき合う。運悪く外は横殴りの雨。デッキはすいているが、ここで景色を楽しむにはかなりの覚悟が必要だ。



それでも、船からの景色はまさに絶景と言うべきか。古城とブドウ畑と沿岸の町並み…「ラインシュタイン城」、「シュターレック城」、そして、妖精の伝説で知られる「ローレライ岩」、船内にあのメロディが流れる…



 
午後、フランクフルト空港で出発を待つ。空港内の売店で、この旅でまだ食べていなかった2つのパンを購入し、昼食とした。ドイツ南部が本場のブレーツェルと、ハムのサンドウィッチ、それに搾りたてのオレンジジュース。これにエスプレッソがあれば、満足だった。



午後555分、フランクフルト空港から羽田へ。





<後記>

  「ドイツ紀行(上)~ベルリンからニュルンベルクまで~」発信の後1週間で、「ドイツ紀行(下)~ローテンブルクからライン川まで~」を発信することができた。次号については、まったくの白紙。ほぼ10日間で№186から3本発信したので、少し休みたい気分だ。




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。