2015年2月10日火曜日

【越境するサル】№135 「丸谷才一『裏声で歌へ君が代』再読~「台湾体験」の記憶へ~」

去年3月末、妻と台湾旅行に出かけた(※注1)。11月、丸 谷才一の長編小説『裏声で歌へ君が代』(1982)を再読した。このふたつの出来事は、実は深いつながりを持っている。だが私は、この小説をかつて読んだ ことが、「台湾体験」のひとつだったことを、つい最近まで忘れていた。
 

      「丸谷才一『裏声で歌へ君が代』再読~「台湾体験」の記憶へ~」
   なぜ、台湾に行きたかったのか。何度か自問自答をくり返した末、私なりにいくつかの理由をあげ、この旅行を企てた意味を自分に納得させていた。結局は物見遊山の観光旅行だったわけだが、何かこの旅が必然的なものであったと思い込む必要が少しばかりあった。
   まず思い浮かんだのは、「台湾ニューシネマ(台湾ニューウエイブ)」の映画監督たちの作品群だ。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の『恋々風塵』(1987)や『悲情城市』、(1989)エドワード・ヤン(楊徳昌)の『クーリンチェ少年殺人事件』(1991)、これらの作品の舞台を肌で感じたい。台北や九ふん( ジォウフェン、なお「ふん」は人偏に「分」)の雰囲気を味わいたい。これがスタート地点だった。   映画といえば、酒井充子監督のドキュメンタリー作品との出会いも大きい。台湾の日本語世代の人々を取材した『台湾人生』(2009)と『台湾アイデンティ ティ』(2013)、ともに私が自主上映に携わった作品だが、この2本と出会ったことで「日本と台湾」の関わりについてより真剣に考えるようになったのは 確かだ。   これらの映像作品の背景を知るために、司馬遼太郎の『台湾紀行』(『街道をゆく 40 』)や田村志津枝の『悲情城市の人びと』などを読み、台湾現代史についての新書を読み、とりわけ「2.28事件」前後と「民主化」の過程について知識を深めようとしたのは、社会科教師・歴史教師として当然の帰結であった。   こうして私は、1945年に日本の植民地統治が終わり、国民党が台湾に到来し(彼らを外省人と呼ぶ)、この島の政治と社会のすべてのポストを握り、17世 紀以降大陸から渡ってきていた本省人と原住民の上に君臨してきたこと、1947年の本省人大虐殺事件(2.28事件)に代表される白色テロの時代があった こと、そして1980年代終わりに複数政党が認められ急速に民主化が進行したこと等々、台湾現代史の概略を学ぶことになる…
   旅行出発前、台北の街のイメージ作りのためにあわてて観た2本の映画もそれまでの「台湾体験」の流れに沿うものだった。   1本目はエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)。呉念真演じる主人公(本省人であるらしい)が、外省人の大家族のなかで次々と起こる迷路のようなトラブルの連続に耐えながら息 子ヤンヤンとともに生きていく姿を、コメディタッチともいえるスタイルで描いた作品である。かつての宗主国である日本に対する、本省人の複雑な心理を読み 取ることができるこの作品については、いつかふれることになるはずだ(※注2)が、私は民主化後の人々の日常をイメージするためにこの映画を観た。   もう1本は、酒井充子監督の『空を拓く』(2013)。台湾出身で、日本の霞ヶ関などの高層建築を設計した郭茂文の人生を描いたドキュメンタリーであるこ の作品で、同じく彼の設計による台北信義副都心の高層ビルや台北各所にある彼が設計したビルについて事前学習を済ませ、まだ見ぬ台北の街をイメージした。   そして私は、とにかく台湾へ、台北へ、出発したのだ。
   …台北から帰って、半年以上も経過したある日、弘前図書館の雑誌コーナーで月刊文芸誌『新潮』のバックナンバーを何冊か手に取りぺーじをめくっていた私 は、垂水千恵の論考「丸谷才一の顔を避けてー『裏声で歌へ君が代』試論」(2014年11月号)と出会った。突然、ある記憶が蘇った。日本を舞台とする、 「台湾民主共和国準備政府」の物語。作者は丸谷才一。その題名は、私も自分の通信の題名にもじって使用したことのある(※注3)『裏声で歌へ君が代』。な ぜ、この小説のことを忘れていたのだろう。いや題名ははっきりと記憶していた。その内容をなぜ、ずっと忘れていたのか。「台湾体験」のひとつだったはずな のに…
   「丸谷才一の顔を避けてー『裏声で歌へ君が代』試論」で、垂水千恵は次のように論じている。   2012年10月、87年の生涯を閉じた丸谷才一について、新聞や文芸詩は追悼特集を組むなど一斉に高い評価を与えているが、「口々に褒めそやされる丸谷 評価の中で、ほとんど言及されなかった作品がある。一九八二年に新潮社から刊行された、「台湾民主共和国準備政府」「第三代大統領」「洪圭樹」を重要な登 場人物とする長編小説『裏声で歌へ君が代』である。」同書は、発売直後から書評で高く評価された作品だが、発売直後とその後の若干の言及を除けば「これま でほとんど正面から論じられることがなかった。」「また、その台湾独立運動に関する資料調査の広範さ、および台湾の将来に対する予見性には驚嘆すべきもの があるにもかかわらず、痛烈な『裏声で歌へ君が代』批判を書いた江藤淳はもとより、「ベタぼめ」した当時の論者たちから、最近刊行された『丸谷才一全集』 第四巻・解説に至るまで、誰もその点を論じて来なかった。」「少なくとも『裏声で歌へ君が代』に関する限り、丸谷は真の評者を持たずに逝ってしまったので ある。」「もっとも」と筆者は言う。「これまで台湾文学関係 でも『裏声で歌へ君が代』論は書かれてこなかった。筆者自身、発売直後に読んだ時には台湾研究を始めておらず、その後ぼんやりと意識しつつも、再読して来 なかった。無意識的に丸谷の顔を避けて来たのかも知れない。本稿はそうした自戒を込めて執筆した、もうすぐ三回忌を迎える丸谷に捧げる、台湾文学研究者に よる遅すぎた『裏声で歌へ君が代』論である。」
   もちろん筆者はこの後詳細に論を進めていくのだが、ここまで読んで、私はすぐさま『裏声で歌へ君が代』(以下『裏声で…』)の再読の準備に入った。まず、なぜか私の書斎の机に積み上げられた書籍の一番上に置かれていた丸谷の前作『たっ た一人の反乱』(1972)を読み始め、3日かけて読了。その4日後、自宅で見つけることができなかったため弘前図書館から借りてきた『裏声で…』の再読 開始。やはり3日で読了。ほぼ10日間、丸谷才一に没頭した。おそらく発売当時ちゃんと読んでいなかった『たった一人の反乱』をしっかりと読了したことも 含めて、充実した再読の時間を堪能した。この「再読」が必要だったのだ…
   『裏声で…』のストーリーは次のようなものである。   主人公は画商の梨田雄吉。少年の頃ナポレオンに憧れ、陸軍幼年学校に入ったが日本軍隊の精神主義に失望し、旧制高等学校文科に進み昭和20年入営、一兵卒 となり敗戦を迎える。戦後大学を出て銀行に就職するが、その後ガウディの建築写真に心を動かされて銀行を辞めてスペインに渡り、結果として画商となる。か なり無鉄砲な人生である。   この梨田と、偶然知り合った若く美しい未亡人朝子との情事を縦糸とし、梨田の友人である「台湾民主共和国準備政府」第三代大統領洪桂樹(日本でスーパーマーケットを経営)と梨田の交友を横糸として、物語は進行する。   前半の大きな山場は、梨田が知り合ったばかりの朝子を誘って赴いた洪桂樹の大統領就任パーティである。初めて「準備政府」の存在を知った朝子は梨田に「無 い国の大統領ですね」と尋ね、梨田は「心のなかには熱烈に在る」国である、と説明する。この日から梨田と朝子の関係は始まり、洪と梨田との交友も新たな段 階を迎えていく。   やがて、「蒋介石、今はその息子蒋経国」の政府が「日本の敗戦後、中国からはゐつて来て、台湾を支配してゐるのに反対して、台湾独立を企ててゐる」洪の運 動は、「国府軍退役中将」伊朱正の洪への接近(この仲介を梨田がやってしまうのだが)により雲行きが怪しくなり、ある日突然妻にも告げず、洪は帰台する…
   垂水千恵「試論」は、この小説の「台湾民主共和国準備政府」が1956年に東京で樹立された実在の「台湾共和国臨時政府」をモデルとしたものであり、同じ く小説の中で国民党の工作により帰台した「洪桂樹」は、1965年国府に投降・帰台した実在の人物「台湾共和国臨時政府初代大統領・廖文毅」がモデルであ ることを示す。そして、丸谷がこの小説の「後記」にあえて「これは虚構の物語である。登場人物たちはすべて実在の人物と関係がない。」と断りを入れたの は、モデル論議を予想してのものだとする。しかし、多くの論者は「台湾民主共和国」が全く架空の存在であると思い込み、「台湾共和国臨時政府」の実在を無 視してそれぞれが論じていることを指摘する。   こうして垂水は、丸谷が多くの参考文献を読み込んで、実在した「台湾共和国」を裏声の中でどのように再現していったか、また、1982年の刊行時点では読むことが不可能な現実のエピソードまで、小説の細部に生かされている事実に言及する。
   実は、私も『裏声で…』と初めて出会った際、全く架空の、というより寓話のような(あるいは神話のような)物語として読んだという記憶がある。   そもそも読むきっかけは、蓮實重彦の『小説から遠く離れて』(1989)の中でいくつかの作品(中上健次『枯木灘』・井上ひさし『吉里吉里人』・大江健三 郎『同時代ゲーム』・村上春樹『羊をめぐる冒険』・村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』等々)とともに分析対象となっていたことだった。私もまた、物語 の構成そのものについて考えながら、そのほかの小説とともに読んだ。だから、現実の台湾現代詩と交錯させて読んでいくという発想そのものがなかった。   今回、「試論」と出会い、『裏声で…』に台湾現代史が色濃く反映されていることを知ったうえで『裏声で…』を再読してみると、そのストーリー展開も人物設 定も全く違った物語に思えてくる。むろん、台湾現代史と独立運動は物語の枠組みにすぎないという考え方もできるのだが、『裏声で…』全体に「市民革命」へ の渇望、さらに「市民」とは何か、「国家」とは何か、というテーマについて突きつめて考えたいいう意志が感じられる。そしてそれは、現実の台湾独立運動を ふまえてのものなのだ(『裏声で…』刊行時点で、まだ「民主化」はなされていない)。
   いま私は、台北の中正紀念堂でオプショナルツアー現地ガイドと交わした会話の記憶を反芻している。   中正紀念堂は、1975年に死去した中華民国総統蒋介石顕彰の施設で1980年に完成した。「蒋介石陵」とでも呼びたくなるような建物で、大陸の方向を凝 視した巨大な蒋介石像と警護する儀仗隊の交代式が観光客のお目当てである。大陸からやって来た大勢の中国人たちがはしゃぎながら記念写真を撮る姿を見や り、私は現地ガイド(それは若く聡明な女性だったのだが)に「不思議な光景ですね」と問いかけた。「そうですね」と答えた彼女は、しばらく歴代総統の名前 を私と確認した後、次のように言葉をつないだ。「台湾の人たちが一番好きなのは蒋経国さんなんですよ。」「それは民主化のきっかけを作ったからですか」と 私は尋ね、彼女は小さく頷いた。「あなたは本省人か、外省人か」という問いはあえてしなかった…
   1987年、蒋経国によって、38年間にわたり施行されていた台湾及び澎湖地区の戒厳令が正式に解除され、30年以上にわたって続いた政党結成とメディア への規制が撤廃された。翌1988年、蒋経国死去。憲法の規定に従って副総統であった李登輝(本省人)が総統職に就く。民主化の波が台湾に訪れる。丸谷の 『裏声で…』は、この過程をある意味予見していたと言うことができる。
   2014年3月、学生たちによる立法院(国会)占拠行動(「太陽花(ひまわり)学運)」)。ちょうど台北に滞在していた私は、マイクロバスの車窓から、あ るいはツアー集合地点のホテル前から、そして24時間中継が続くテレビの画面を通じて、激しく熱く、しかし成熟した「市民」の可能性を感じさせる「闘い」 を目撃した。そして11月、統一地方選における「国民党の歴史的大敗」…
   ひるがえって、この日本で、私たちは「成熟した市民」となっているか。自問自答すべきだと言う声が、どこからか聞こえてくる。丸谷が『たった一人の反乱』 と『裏声で歌へ君が代』で、ときには逆説的に造形してみせた「市民」のさまざまな姿。この作業が、にわかに切実なもののように感じられる。『裏声で…』再 読の後では。

(※注1)   『越境するサル』№127「旅のスケッチ~台北の想い出」。写真付きのブログは、次をクリックせよ。   http://npoharappa.blogspot.jp/2014/05/no12720140501.html
(※注2)   エッセイ「台湾人の三人の『父親』」(『新潮』2014年3月号)の中で四方田犬彦は「現代台湾を代表する映画監督と小説家が、自伝的作品のなかでいかに 自分の父親を描いてきたかを比較」することを試みている。映画監督は呉念真と王童、小説家は陳映真。この3人の父親像を分析することで四方田は、「日本と 呼ばれる虚偽の父親が消滅し、蒋介石率いる国民党が新たな父親として君臨するにいたった台湾で、知識人と芸術家はいかなる父親の像を内面に定立しなければ ならなかったのか」を考えようとする。   この中で言及されている呉念真監督の『多桑(トーサン)』(1994)、王童監督の『バナナ・パラダイス』(1989)・『無言の丘』(1992)・『赤 い柿』(1995)などの映画作品や陳映真の小説と、私はまだ出会っていない。これらと出会った後、呉念真が主演した『ヤンヤン 夏の想い出』とともに、私も言及したいと思う。
(※注3)   『越境するサル』№17「裏声で歌え、インターナショナル」。   「社会派」映画監督ケン・ローチの作品を紹介したこの通信は、題名を「借用」しただけで『裏声で歌へ君が代』とは何の関係もない。ただ私の記憶の底に、 「裏声で歌え(歌へ)」というフレーズが刷り込まれていただけだ。しかし、なぜ丸谷が「君が代」を題名の中に入れたかについて深く考えていくと、話は少し 複雑になる…また、宿題が増えた。
 
<後記>
   たった1冊再読しただけで、書きたい(話したい)ことがこんなにもあふれてくる。実は、まだまだこの件で書きたいことがあるのだが、別な機会にする。というより、これから何度も何度も台湾について語ることがあるだろう。   なお、今回も紹介したドキュメンタリー映画作家酒井充子監督が、3月、新作とともに弘前を訪れる。彼女の作品も含めた「harappa映画館」上映作品4本の紹介は次号で。酒井監督、読んでますか?


(harappaメンバーズ=成田清文)

※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。

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