2019年12月6日金曜日

【越境するサル】№.195「『空族映画祭』~映像制作集団『空族』との出会い~」 (2019.12.6発行)


11月2日~3日、青森松竹アムゼで開催された「空族映画祭」(企画・主催 映画上映団体「大地の眼」)に出かけた。『サウダーヂ』(2011 富田克也監督)、『バンコクナイツ』(2016 富田克也監督)、そして最新作の『典座-TENZO-』(2019 富田克也監督)。「東北初特集上映」と銘打ったこの映画祭で上映された3本の作品の衝撃は、とてつもなく大きかった。


      「『空族映画祭』~映像制作集団『空族』との出会い~」

 2019年11月2日午前9時半、青森市サンロード青森「松竹アムゼ」開館。10時半開始の『サウダーヂ』のため、7時53分発奥羽線で弘前駅を出発、青森駅から市営バスでサンロード青森を目指し午前9時到着。そして映画祭が始まった…





『サウダーヂ』は、2011年制作・公開のインディペンデント作品。高崎映画祭最優秀作品賞、毎日映画コンクール優秀作品賞/監督賞、ナント三大陸映画祭グランプリを獲得した、「空族の名を世界に知らしめた出世作」(と各所で紹介されている)。監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。167分。出演は鹿野毅・伊藤仁・田我流等に加えて現地に住む人々が数多くキャスティングされている。随所にドキュメンタリーと見紛う場面があるのはそのためだ。
 


 作品の舞台は山梨県甲府市。不況により中心街が“シャッター通り”と化したこの地方都市では、日系ブラジル人やタイ人などの外国人労働者が働いていた。この街の建設現場で働く3人の日本人、タイ人ホステスに入れ込む土方一筋の精司、タイ帰りの保坂ビン、HIPHOPグループの猛を中心に、外国人と日本人たちの懸命に生きる姿を生々しく描く群像劇。一言でまとめるとそのようになるが、廃業に追い込まれる下請け、不況の中故国に帰るしかない外国人たち、日本人と外国人たちの共生と敵対…様々なテーマが詰め込まれたこの恐るべきリアリズム作品は、型通りの解説からはみ出てしまう
 なお、“サウダーヂ(saudade)”とはポルトガル語で“郷愁・憧憬・憧れ”を意味するという。




 「空族」(KUZOKU「くぞく」と読む)とは、2004年に結成された映像制作集団。その中心人物は富田克也と相澤虎之助のふたり。山梨生まれの富田は、『雲の上』(2003)・『国道20号線』(2007)・『チェンライの娘』(2012)で知られる。また、埼玉生まれの相澤は富田作品の共同脚本を務める一方、監督としても『花物語バビロン』(1997 山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映)・『バビロン2ーTHE OZAWAー)』(2012)を発表。脚本を手がけた『菊とギロチン』(瀬々敬久監督)は、2018年「キネマ旬報」日本映画ベストテン第2位を獲得し、日本映画脚本賞にも選ばれた。
 「作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する」をモットーとする「空族」の映画は、長期間にわたる制作、自ら行なう配給・宣伝、そして「未ソフト化」(つまりDVDやブルーレイで観ることができない)という特徴を持つ。私たち地方の人間には彼らの作品と出会うことすら奇跡といえる。


 午後3時ちょうど、この日の2本目『典座-TENZO-』が始まった。2019年制作・公開、「空族」の最新作である。全国曹洞宗青年会と共に、現代仏教をテーマとして取り上げ「3.11以降の仏教の意義を紐解」いた作品。62分。『サウダーヂ』と同じく、監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。
 舞台は山梨と福島。かつて本山での修行を共にした智賢と隆行、ふたりの若い僧侶の日常が描かれていく。住職の父、母、妻、重度のアレルギーを抱える3歳の息子と山梨の寺に住む智賢。寺も家族も檀家もすべて「3.11」の津波で流されてしまい、瓦礫撤去の作業員として仮設住宅に住む隆行。彼らの日常の苦悩の姿と、曹洞宗の高僧(尼僧)である青山俊董老師との対話を軸に、現代日本の姿を描こうとする。




 多くの登場人物が、自分自身、あるいは自分自身を基に作り上げられた役をこなし、青山老師に至ってはドキュメンタリーそのものとして映画の中に登場する。フィクションとノンフィクションが入り混じったこの手法に私たちは一種の戸惑い、というより居心地の悪さを感じるが、これは挑発なのか、この映画はどこに向かうのかと考えているうちに、唐突に映画は終わる。
 上映の後、ゲストである福井県霊泉寺住職・青森県恐山菩提寺院代(住職代理)南直哉氏が「空族」とのトークに参加したが、このトークもまた映画の続きであるように思われてしまう。結局私は、この映画の世界にはまってしまったのだ…



 映画祭2日目。前夜の最終上映『バンコクナイツ』をパスして、この日の午前10時20分開始の『バンコクナイツ』に照準を合わせていた。ちょうどラグビーW杯の決勝テレビ中継と時間帯が重なっていたのも理由のひとつだが、少し頭を整理したかった。『バンコクナイツ』1本だけに集中する日が必要だった。
 観る前から傑作の予感がする作品がある。そのように、いくつかの映画と出会ってきた。そして今回も、その予感は正しかった。私はその世界にすっかりのめり込んでしまったのだ…



 『バンコクナイツ』の舞台は、タイの首都バンコクの日本人専門歓楽街タニヤ。ここで働くラックは、昔の恋人オザワ(富田克也)と5年ぶりに再会する。日本を捨てバンコクで根無し草のように暮らす元自衛隊員のオザワは、店のナンバーワンであるラックと会い続ける為に必要な金を得るべく、かつての上官から依頼されたラオスでの不動産調査の仕事を引き受ける。そして、家族問題解決の為故郷へ向かうラックも、その旅に同行する。故郷とはタイ東北部イサーン地方、ラオスとの国境の街ノンカーイ。

 バンコクからノンカーイ、そしてラオスへ。総移動距離4000㎞を超える、壮大なスケールの「楽園」への旅。しかしそれは、国境紛争に翻弄され続け、さらにベトナム戦争の傷跡を色濃く残す土地への旅となった。
 監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。182分。ロカルノ国際映画祭 若手審査員/最優秀作品賞受賞。毎日映画コンクール 監督賞/音楽賞受賞。全編に流れるイサーン地方の伝統音楽。日本映画の枠組を軽々と超えた「アジア映画」ともいうべき作品だ。




 …「空族映画祭」が終わって1カ月ほど経過したが、まだ私の心は『バンコクナイツ』の世界を彷徨っている。
 会場で買い求めた、映画『バンコクナイツ』完成までの10年間のドキュメント『バンコクナイツ 潜行一千里』(河出書房新社、執筆は富田克也・相澤虎之助)を繰り返し読み、映画のシーンを反芻する日々。日に日に強くなる想い。
 いつか、弘前で上映したい…




<後記>

  少し遅くなったが、空族映画祭」参加の報告を送る。素晴らしい作品やその作り手たちと出会った衝撃を何とか伝えたいと書き始めたが、すんなりとはいかなかった。けれども、書き進めることで私の中で何かが熟成されていったことは確かだ。
 次号は「今年出会ったドキュメンタリー 20191012月期」の予定だったが、このシリーズ、リニューアルして20201月に再スタートを切りたいと考えている。新しい題名は「ドキュメンタリー時評」。「時評」という名にふさわしい中身になるかどうか、真価が問われる年になりそうだ。




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的に配信されております。



2019年11月11日月曜日

【越境するサル】№.194「『きみの鳥はうたえる』~上映会への誘い~」(2019.11.1発行)


1123日(土)、harappa映画館は「いまを感じるこの映画3本」と題して3本の日本映画を上映する。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017石井裕也監督)、『きみの鳥はうたえる』(2018 三宅晶監督)、『さよならくちびる』(2019 塩田明彦監督)、どの映画も高い評価を得たとびきりの「青春映画」だが、その中でも『きみの鳥はうたえる』は私にとって特別な思い入れのある映画だ


「『きみの鳥はうたえる』~上映会への誘い~」

  『きみの鳥はうたえる』は、函館出身の作家・佐藤泰志(1949-90)の同名小説を原作とする。
 佐藤泰志が故郷函館に転居し職業訓練校に通っていた1981年、『文藝』に掲載された中編「きみの鳥はうたえる」は、この年の第86回芥川賞候補作となった。結果的に落選するが、この作品が注目されたことが、その後彼が再び生活の場を東京に移して作家活動を続ける契機になったことは間違いない。以後、芥川賞候補になること4度(すべて落選)、1980年代後半には作品集『大きなハードルと小さなハードル』に収録された作品群、長編小説『そこのみにて光輝く』、連作『海炭市叙景』などを発表するが、1990年自死

 この作品と出会った時、私は次のように書いた。

  「きみの鳥はうたえる」の主要な登場人物は3人。本屋の店員の「僕」と、同じ店で
 働く佐知子、「僕」と同居する失業中の静雄、21歳の3人の共同生活ともいえる夏の日々  が描かれる。ジャズ喫茶、ビートルズへの思い、深夜映画館、若者がたむろす酒場・・・  70年代そのもののような舞台設定の中、出会い・揺れ動く心・別れの予感・あやうい友
  情といった「青春小説」のすべての要素が詰め込まれたこの作品は、青春を描き続けた佐藤泰志の一つの到達点といえる。女1人に男2人という「黄金の組み合わせ」によるストーリー展開は他の佐藤作品に比べてもリズミカルで、思わず映画化されたものを観
てみたいという誘惑に駆られてしまう。
                                       20062月『越境するサル』№39より)

そして、いま、私たちの眼前に映画『きみの鳥はうたえる』がある
 映画『きみの鳥はうたえる』の監督は、近年意欲的な作品を次々と発表してきた新鋭・三宅晶。1984年生まれ札幌市出身の彼は、原作の舞台を1970年代の東京から現代の函館に移すという大胆な翻案を行なった。そして、「僕」に柄本佑、「静雄」に染谷将太、「佐知子」に石橋静河を配して、原作を骨格としながらも新しい青春像を創り上げることに成功した(この作品は「映画芸術」2018ベストテン第1位、「キネマ旬報」2018日本映画ベストテン第3位を獲得した)。
 佐藤泰志の小説が映画化されたのは、『海炭市叙景』(2010)、『そこのみにて光輝く』(2014)、『オーバー・フェンス』(2016)に続いて4作目。いずれも高い質の作品を制作した、函館の市民映画館「シネマ・アイリス」には敬意を表する(
注)。

 



この日上映される他の2本もまた必見の映画だ。

 『夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、2016年にリトルモアから刊行された最果タヒの同名詩集を原作とする。脚本も担当した石井裕也監督により、原作をもとにラブストーリーとして作り上げられた(2017年映画化)。
 石橋静河と池松壮亮の主演で、石橋は本作が映画初主演作。「キネマ旬報」2017日本映画ベストテン第1位、「映画芸術」2017ベストテン第1位他、数々の賞に輝く。

 

 
 『さよならくちびる』は、「青春ロードムービー」と呼ぶべき作品。女性ギター・デュオ「ハルレオ」のハル(門脇麦)とレオ(小松菜奈)は、それぞれの道を歩むため解散を決め、ローディ兼マネージャーのシマ(成田凌)とともに全国7都市(浜松・大阪・新潟…弘前も入っている)を巡る解散ツアーに出かける。すれ違う、3人の心…
秦基博、あいみょんがこの映画のために楽曲を提供し、主演のふたりが映画の中で歌唱する。
なお、脚本も担当した塩田明彦監督は、harappa映画館メンバーが運営に関わった「弘前りんご映画祭2013」にゲストとして来弘、自作『どこまでもいこう』(1999)の上映後、スペース・アストロで舞台挨拶に立った。今回再びゲストとして、『さよならくちびる』上映後のシネマトークに参加する。




  11月23日は、harappa映画館へ。


(※注)
「シネマ・アイリス」が制作に関わった佐藤泰志原作の映画は、かつて「harappa映画館」で2本上映している。次の『越境するサル』№14320162月発行)「『函館発 佐藤泰志映画祭』~上映会への誘い~」がその紹介である。<付録>として、過去に私が書いた佐藤泰志関連の記事も掲載されている。

http://npoharappa.blogspot.com/2016/02/143-2016214.html


日程等は次の通り。

   11月23日(土) 弘前中三8F・スペースアストロ

   いまを感じるこの映画3本

        10:30   夜空はいつでも最高密度の青色だ』(108分)
        13:30   きみの鳥はうたえる』(106分)      
        16:00   さよならくちびる』(116分)
                              
   1回券 前売 1000   当日 1200      会員・学生 500
   3回券 2500円(前売りのみの取り扱い)   ※1作品ごとに1枚チケットが必要です。
    チケット取り扱い                                                       
       弘前中三、まちなか情報センター、弘前大学生協、コトリcafe(百石町展示館内)


詳細は、次のホームページ・アドレスで。

https://harappa-h.org/harappa-wp/?p=228
 

<後記>

  次のharappa映画館は、2月、「ドキュメンタリー最前線」の予定である。
  次号は「今年出会ったドキュメンタリー 201910-12月期」となるはずだが、その前に何か発信できるかもしれない。




(harappaメンバーズ=成田清文)

※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。

2019年10月24日木曜日

【越境するサル】№.193「珈琲放浪記~山形、映画と珈琲の日々~」 (2019.10.20発行)


今年も「山形国際ドキュメンタリー映画祭」(10/10~17)に出かけた。1989年から隔年で開催され、今年は山形市内6会場で176本の作品が上映されたこの映画祭。私が参加した10月11日(金)から14日(月)の4日間について、映画と珈琲との出会い両方を「珈琲放浪記」の形で報告する。


 
    「珈琲放浪記~山形、映画と珈琲の日々~」

 10月11日(金曜日)

弘前から高速バスで4時間余、仙台着。そこから高速バスで1時間余、正午過ぎ山形に到着した。そのままホテルに向かいチェックイン、すぐ映画祭主会場がある七日町へと出向く。映画祭のチケット引換券を正規のチケット(10枚つづり)に換え、4日間の準備は整った…



 この日の映画の鑑賞前に、行きたかった喫茶があった。旅籠町「シャンソン物語」、1984年オープンの「昭和の喫茶店」。たどり着くまで少し迷ったが、ついに地下の店に続く階段を下りることができた。
 店に入ると、その「レトロ」な雰囲気にまず圧倒されるが、統一感のある内部の空間は喫茶店文化が確かにあったことを感じさせた。ひとりで静かに読書する人々、会話する人々、店内に流れるシャンソン…セットメニュー「パリの朝市」を注文する。 チーズとシナモン生クリームのトーストにサラダとヨーグルト、そして金曜日の珈琲はマンデリン。自家焙煎・深煎り、私の好みの苦さとコクに満足感を覚える。
美味い珈琲と美味い昼食から始まった山形の旅、スタートは上々。



15時10分、山形市公民館(アズ七日町6F)。
『光に生きる―ロビー・ミューラー』(2018 オランダ クレア・パイマン監督)。「インターナショナル・コンペティション」作品。
ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュ作品のカメラマンとして数々の名作を生み出したロビー・ミューラーの生涯を、語り継がれるショットの回顧とともにたどる。挿入される、彼が残したプライベート映像の断片。今も忘れることのできない思い出のシーン(たとえば『パリ、テキサス』)。愛する映画たちが、心に残るシーンが、どのように生まれたか。その瞬間に立ち会う旅だ…



 17時15分、山形市民会館大ホール。
『誰が撃ったか考えてみたか?』(2017 アメリカ トラヴィス・ウィルカーソン監督)。「インターナショナル・コンペティション」作品。
 1946年にアメリカ・アラバマ州ドーサンで起きた黒人男性射殺事件。その犯人はウィルカーソン監督の曽祖父だつた…親族の間でも隠され続けていたこの事件を、監督は古い新聞記事をスタート地点にして掘り起こしていく。人種差別主義者であり家族にも暴力的であった曽祖父の人格を探っていく旅から浮かび上がる、アメリカの白人至上主義。



 夜は、芋煮と馬刺しと焼き鳥と、山形の地酒を少し。


 10月12日(土曜日)

 朝、小雨の中、霞城公園を目指す。霞城公園は山形城跡を整備した都市公園。今までじっくりと見学したことがなかった。特に公園内にある、現在は山形市郷土館となっている病院建築物「旧済生館本館」は、長い間間近で見たいものだと思っていた。しばし、公園内を散策する。



 10時30分、ソラリス(霞城セントラルB2F)。
 『第1のケース…第2のケース』(1979 イラン アッバス・キアロスタミ監督)。「リアリティとリアリズム:イラン60s-80s」作品。
 イランの巨匠、アッバス・キアロスタミ監督の初期作品(日本初上映)。実験的なドキュメンタリー、というべきか。ある学校で、先生が黒板に向かっている間に騒音をたてた生徒に腹を立て、犯人を含む後列の7人を廊下に立たせる。そこで先生は、犯人を教えたら授業に戻れるという条件を与える。そして、誰も口を割らないケース1、ひとりが犯人の名をあげ授業に戻るというケース2、それぞれのケースに対する識者や保護者の様々な意見を収録する。善悪や倫理に関する多様な考え方が示される…イスラーム革命の時期に制作されたこの作品は長らく上映が禁止されていたが、修復を経て今年公開された。



 昼食は、七日町(シネマ通り)「ボタコーヒー BOTAcoffee」。2年前に訪れて、その雰囲気と深煎りの珈琲の美味しさがすっかり気に入ってしまった店だ。
 以前の洋傘屋の外観が残る店にたどり着くと、ランチタイム。混みあった店内に何とか空いている場所を見つけ(カウンターだった)、チキンカレーと珈琲のランチセットを注文する。若い男性店主と女性ふたりがてきぱきと動き、思っていたよりも早くセットの「野菜サラダ」が到着。カレーそのものより分量が多い野菜と格闘し、つづけてカレーをほおばる。そして、食後に運ばれてきた「ボタブレンド」。この1種類だけで勝負する絶品のブレンド。深煎りのコロンビア、グアテマラに、タンザニアがアクセントをつける。職場用に豆も購入。満足のランチだった…



 14時50分、山形市民会館小ホール。
 『さらばわが愛、北朝鮮』(2017 韓国 キム・ソヨン監督)。「Double Shadows/二重の影 2――映画と生の交差する場所」作品。
 朝鮮人集団移住者を取材した「亡命三部作」の完結編。北朝鮮建国から間もない時期、モスクワの映画学校で学ぶため北朝鮮を離れた「モスクワの⒏人」。彼らはキム・イルソンへの個人崇拝(偶像化)を批判して1958年ソビエトに亡命(1956年のフルシチョフによるスターリン批判の後だ)。以後、異国で芸術家として活動する。生き残った者たちの証言を軸に、その過酷な運命を淡々と描く秀作。


 さて、この日のその後の経緯は複雑だ。当初私は、自家焙煎珈琲を求めて「喫茶 チャノマ」という店まで出向き、それから「ソラリス」で上映予定の『空に聞く』(2018 小森はるか監督)に向かう予定だった。しかし、降り続く雨で断念。隣の市民会館大ホールに出店しているコーヒー屋で喉を潤し、そのまま大ホールで上映予定の『ラ・カチャダ』(2019 エルサルバドル マレン・ビニョヨ監督)を鑑賞することを決断した。

 市民会館大ホール・ロビー出店の「カジワラ珈琲」に向かう。イベント専門に出店している店らしい。メニューに迷いはなし。「コスタリカ」、私の好みの深煎りではないが、中煎りだろうか、のどごしは心地よい。お茶を味わうように飲み干し、18時15分開始の『ラ・カチャダ』を待つ。



 ところが、台風の影響がさすがに大きくなり、18時以降開始のプログラムは全会場で中止。次の日以降に順延となった。結局、台風19号による中止はこの回だけ。考えてみれば、よくその他の日程を消化できたものだ…



 夜は、台風の豪雨の中、会場近くのリーズナブルなステーキ屋で、ワインを少し。


10月13日(日曜日)

映画の前に珈琲を飲みたかった。できれば、昭和の香りがする喫茶店で、常連客に混じってカウンターに陣取り、新聞やパンフに目を通しながら珈琲をすすりたかった…
映画祭の拠点・アズ七日町ビルの向かいの通り・七日町一番街(本町)にあるレンガ造り風の喫茶が以前から気になっていた。「珈琲専科 煉瓦家」、自家焙煎・深煎りという私の好みにも合いそうだった。


入店して、迷わずカウンターに座る。注文は「フレンチ珈琲」。私の後に次々と客が来店したが、思ったより順調に「フレンチ珈琲」にありつくことができた。熱すぎることを除けば(地方都市では、しばしば熱すぎる珈琲を覚悟しなければならない)、私の好みのタイプだ。店内を見渡すと、本当に「昭和の喫茶店」そのものだ。次に来るときは、評判メニューであるホットサンドも一緒に注文し、モーニングサービスのように時間を過ごそう…



 11時、フォーラム5。
 『エクソダス』(2019 イラン バフマン・キアロスタミ監督)。「アジア千波万波」(アジアの新人監督のための部門 最高賞は「小川紳介賞」)作品。なお、バフマン・キアロスタミ監督はアッバス・キアロスタミ監督の息子。
 安価な労働力として隣国アフガニスタンから出稼ぎに来ていた労働者たちは、経済制裁の影響で通貨価値が急落したイランから本国に帰るため、続々と帰還センターに押し寄せる。イマーム・レザー・キャンプで出国審査を受けるアフガニスタン人と、出国管理官の間で交わされる、本音とウソが交錯する生々しいやりとりを、私たちはかつてない臨場感で体験する。バックに流れるボブ・マーリーの名曲「エクソダス」…間違いなく、今回の映画祭で出会った中で№1の傑作。なお、この作品は「アジア千波万波」奨励賞を受賞した。



 昼食は「冷しらーめん」に決めていた。朝の「珈琲専科 煉瓦家」と同じ七日町一番街(本町)の「元祖冷しらーめんの店 栄屋本店」。何度か訪れているが、今回も無性に食べたかった。
 次々に映画祭関係者や地元の人々が訪れる店内に座席を確保、無事「冷しらーめん」にありついた。記憶通り、期待通りの冷たいスープと麺、今回は蕎麦を食べる機会がなかったが、麺類についてはこれで満足としよう。



 少し足を延ばして、「山形美術館」近くの「蔵王の森焙煎工房 旅篭町店」に向かう。途中、国の重要文化財・山形郷土館「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)を間近に見る。近くまで行くのは、実は初めてだった。大正初期洋風建築にふれることができたのは収穫と言える。



 「蔵王の森焙煎工房 旅篭町店」も2度目の来訪だった。2年前に訪れた際、私の好みの深煎り(中深煎り)の豆が何種類か揃っていることを確認していた。
 今回は迷うことなく「インドネシア マンデリンG1 ミトラ(フルシティロースト)」を注文。店内で味わい、かつ持ち帰り用の豆も購入した。
 「マンデリン」は期待通りの味だった。店の紹介文には、「心地よい苦み」・「クリーンなマンデリン風味」・「しっかりしたボディ感」・「後味に感じる酸味もいい」等の言葉が並ぶが、その通りの味と言っていい。店の主人や同席した地元の人たちとの会話も、心地よかった…



 15時30分、山形市民会館大ホール。
『自画像:47KMの窓』(2019 中国 ジャン・モンチー監督)。「インターナショナル・コンペティション」作品。
ジャン・モンチー監督が、中国湖北省の山間部にある自身の父の村を舞台に撮影を続ける連作ドキュメンタリー「47KM」シリーズの⒏作目。自身の党員としての半生を追想する85歳の老人、村の老人たちの似顔絵を描き続ける15歳の少女…監督は村の風景を記録し続ける。



18時30分、山形市民会館大ホール。
『ユキコ』(2018 フランス ノ・ヨンソン監督)。「インターナショナル・コンペティション」作品。
 ソウル生まれフランス在住のノ・ヨンソン監督が、自身と、韓国・江華島でひとり暮らす母、戦時中朝鮮人の恋人を追い日本から朝鮮半島にやってきた祖母、3人の人生のつながりを求めて、ひとつの物語を紡いでゆく。仮に「ユキコ」と名付けられた祖母が人生最期の地に選んだ沖縄、母の住む江華島、ふたつの島への旅で彼女(監督)は何を見つけたのか。


 この2本と金曜日の『誰が撃ったか考えてみたか?』、3本のコンペ作品に少しばかりの不満を感じたことを告白しておく。それが何であるのか、しばらく考えようと思う。とりあえず「伏線の未回収」という言葉が浮かんだが、それだけではない。

 夜は、創作郷土料理と酒の肴と、燗酒を少し。





10月14日(月曜日)

山形滞在最終日。昼には山形を離れる。ホテルのチェックアウトを終え、荷物を預け、会場へ向かう。

市民会館大ホール・ロビーに出店している「YUKIHIRA COFFEE(ユキヒラコーヒー)」(山形県東村山郡中山町の喫茶)で、山形最後の珈琲を飲もうと決めていた。だが店の開店は10時。隣の小ホールの上映開始は10時15分だから、時間の余裕はない。10時ちょうどに提供してくれるようお願いして待機する。
こうして幸運にも巡り会えた珈琲は「タンザニア ディープブルー」。中深煎りといった感じか。まさしく「ほろ苦」だ。2日前の「コスタリカ」と同じように(つまりお茶を味わうように)、ゆっくりと飲み干す。



10時15分、山形市民会館小ホール。
『あの店長』(2014 タイ ナワポン・タムロンラタナリット監督)。「Double Shadows/二重の影 2――映画と生の交差する場所」作品。
タイ・バンコクのマーケットに実在した海賊ビデオ店。タイでは入手困難なアート系の映画を揃えたこの店は、映画監督や脚本家、批評家を育てた伝説の場所だ。かつての常連客(その多くは現在の映画関係者だが)たちの機関銃のような証言によって、この店と店長の実態が浮かび上がる…全世界の映画を愛する人々がかつて持っていた、まだ見ぬ映画作品への渇望。その記憶を刺激する、快作。



 これで、山形の日程はすべて終了。次は2年後、もちろん再び訪れるつもりだ。今から、映画と珈琲と、夜の酒と肴を楽しみにしている自分がいる…


<後記>

  7度目の参加となる「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の報告を「珈琲放浪記」に合体させた通信となった。そのため少し長くなったが、山形滞在の全体像を示すことができたのではと思う…次号は11月の「harappa映画館」の紹介となりそうだ。




(harappaメンバーズ=成田清文)
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