2014年3月3日月曜日

【越境するサル】No.125「映画『ハンナ・アーレント』をめぐって」(2014.02.26発行)

『ハンナ・アーレント』
(監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ)
2012年/ドイツ・ルクセンブルク・フランス

映画『ハンナ・アーレント』(2012年 ドイツ・ルクセンブルク・フランス トロッタ監督)を観た。14年前、アーレントの著書『イェルサレムのアイヒマン』を読んで以来、長い間待ち望んでいた映画だった…

「映画『ハンナ・アーレント』をめぐって」

1960年、アルゼンチンの夜道。ひとりの男が幌のついたトラックから降り立ったふたりの男に捕えられる。一瞬の叫び声。捕えられた男の名は、アドルフ・アイヒマン。ナチス親衛隊(SS)元将校、ユダヤ人を強制収容所に移送した責任者である。逮捕・拉致したのは、イスラエル諜報部(モサド)…

ニューヨーク在住の女性哲学者ハンナ・アーレントは、イスラエルで行われるアイヒマン裁判のレポートを書くことを『ニューヨーカー』誌に持ちかける。彼女はドイツで生まれたユダヤ人で、自らも強制収容所を脱出した経験を持っていた。1961年、アーレントはイスラエルに到着し、かつてのシオニストの友人とも再会する。やがて裁判が始まり、アイヒマンへの尋問が続けられるが、アーレントは徐々に疑問を感じるようになる。アイヒマンは「凶悪な怪物」ではなく、「平凡な人間」に過ぎないのではないか?ただ命令に従って仕事をこなしただけの、陳腐な悪人なのではないか?そのような主張に基づく彼女の原稿は、雑誌に掲載されるや世界から非難を浴びる。ユダヤ人評議会の同胞に対する責任に言及したことも、ユダヤ人社会からは非難された。アーレントは「アイヒマン擁護」の人物と見なされ、編集部にも自宅にも抗議の電話や手紙が殺到する。イスラエル政府からは記事の出版を中止するよう警告され、同僚たちからは攻撃され、大学からも辞職を勧告され、友人たちの理解も得られず、味方と言えるのは夫ハインリヒと友人の作家メアリー、それに協力者のロッテだけ。四面楚歌のアーレントは、学生たちへの講義という形で反論を決意する…

アイヒマン裁判の前後4年間を中心に描くことによって、アーレントの人生と思想の核心に迫った見事な1時間54分。2013年ドイツ映画賞作品賞銀賞、主演女優賞。日本では2013年10月26日より「岩波ホール」で公開。その後、全国公開中。

映画で思考を描こうとする大胆な試みにまず拍手を送りたいが、彼女の人間性が、その強さと弱さも、描き込まれていると感じた。この映画を、待っていたのだ。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督は、1947年ドイツ生まれ。脚本家・女優でもある。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督やフォルカー・シュレンドルフ監督の作品に出演し、脚本執筆や映画制作にも加わる。その後、1971年にシュレンドルフ監督と結婚、1975年の『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』では夫婦で共同監督を務めた。

『第二の目覚め』(1978年)で単独での長編映画監督デビュー。1970年代に過激派の一人として逮捕され獄中死した実在の女性闘士とその姉をモデルにした『鉛の時代』(1981年)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞、1986年にはドイツ社会民主党そしてスパルクス団の女性闘士ローザ・ルクセンブルクを描いた『ローザ・ルクセンブルク』を制作している。まぎれもなく、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人である。

いま私の中に、『ローザ・ルクセンブルク』の重く暗い画面の記憶が蘇る。長く続く拘禁生活、雪を踏みしめて歩くローザ…逆境の中でも希望を持ち続けるローザを演じたバーバラ・ズーコヴァは、カンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞した。そのバーバラ・ズーコヴァが、今回ハンナ・アーレントを演じている…

決定版伝記であるエリザベス・ヤング=ブルーェル『ハンナ・アーレント伝』(1982年、邦訳は1999年晶文社)と数冊の解説書で、何度も何度も反芻したアーレントの略年譜を、もう一度頭の中で整理してみる。

1906年、ユダヤ系ドイツ人として生まれる。両親は社会民主主義者。母親はローザ・ルクセンブルクの信奉者であった。哲学を志し、マールブルク大学でハイデガーに師事。さらにフライブルク大学でフッサールに、ハイデルベルク大学でヤスパースに師事。ハイデガーとは一時期、恋愛関係にあった。

1929年、最初の結婚。1933年、ベルリンで反ナチ活動に協力、ゲシュタポに逮捕・勾留される。その後母とパリに亡命、ユダヤ人青少年のパレスチナ移住を支援する活動に携わる。1940年、マルクス主義者ハインリヒ・ブリュッヒャーと二度目の結婚。同年、フランスの強制収容所に連行されるが脱出、1941年、母・夫とアメリカに亡命。

1951年、アメリカの市民権を取得。同年、英語による著作『全体主義の起源』(邦題『全体主義の起原』)を出版、センセーションを巻き起こす。以後、プリンストン大学やハーヴァード大学などで教鞭を執る。そして1961年、アイヒマン裁判を傍聴するためイスラエルに渡航。そのレポートは『ニューヨーカー』誌に連載された…

1963年、シカゴ大学教授に、1968年、ニュースクール・フォア・ソーシャルリサーチ教授に就任。その後も、最晩年まで精力的に活動を続けた。1975年、心臓麻痺によりニューヨークで死去(享年69歳)。代表的著作は、『人間の条件』(1958年)・『革命について』(1963年)・『暴力について』(1970年)など。

さて、私にとってハンナ・アーレントは、特別な位置を占める思想家であり続けたと言えるだろう。

最初の出会いは、必要に迫られて読んだ『全体主義の起源』(邦題『全体主義の起原』)だった。全3巻のこの大著は、ナチズムとスターリニズムという2つの「全体主義」についての緻密な分析の書であるが、読後の疲労感のすさまじさは今も記憶に残っている。疲労の理由は、もちろん学術書であること(詳細な註も含めて)にあるのだが、彼女の論の進め方もまた疲労を感じさせた。さわやかな読後感とは無縁な(むろんそのようなことを期待すること自体が間違いなのだが)哲学者・政治思想家という印象だけが残った。

次に出会った彼女の著書が、今回の映画と直接関わる『イェルサレムのアイヒマン』、文芸評論家加藤典洋の著書『敗戦後論』(1997年)に収録された「語り口の問題」に触発されてのものだった。『イェルサレムのアイヒマン』を取り上げたこの評論によって「アイヒマン論争」の存在を知った私は、やがてのめり込むようにこの本に没頭する。2000年のことだ。同年、「アイヒマン裁判」そのものを描いたエイアル・シヴァン監督のドキュメンタリー映画『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』(1996年、仏・独・ベルギー・オーストリア・イスラエル、以下『スペシャリスト』)を弘前で鑑賞する…

その数年後、再度『スペシャリスト』を観た私は、次のように『イェルサレムのアイヒマン』と『スペシャリスト』について記述している。

『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』
(監督:エイアル・シヴァン)
1999年/フランス・ドイツ・ベルギー・オーストリア・イスラエル
「『スペシャリスト』は、1961年にイェルサレムで行われた元ナチスSS将校アドルフ・アイヒマンの裁判を記録したフィルムを編集したものである。1960年、ユダヤ人虐殺に重要な役割を果たしたとされる元SS将校アドルフ・アイヒマンが、アルゼンチンでイスラエル特務機関によって逮捕・拉致された。この裁判の傍聴記を書くために雑誌『ニューヨーカー』の特派員を志願したのが、政治思想家のハンナ・アーレントである。しかし、ドイツ生まれでナチスの迫害からアメリカに亡命し戦後アメリカで活躍していたこのユダヤ人女性の傍聴記は、大論争を巻き起こす。『イェルサレムのアイヒマン~悪の陳腐さについての報告』(1963年、日本語版は「みすず書房」刊)と題されたこの傍聴記の中で彼女は、ユダヤ人移送の責任者アイヒマンを法律や権力者に忠実なだけの平凡な小役人として描き、さらに「ユダヤ人評議会」つまりユダヤ人自身がユダヤ人虐殺の過程に手を貸したと論じた(あるいは「論じている」と解釈された)。とりわけ後者の部分が大きな論争を呼んだこの本の、前者の部分すなわち「悪の陳腐さ(あるいは凡庸さ)」という主題に共感して製作されたのがこの映画である。凡庸で勤勉で忠実な人間が巨大な犯罪の加担者になってしまう恐ろしさ、アーレントの指摘・見解に沿ってこの作品は編集された・・・

しかし、この映画の中のアイヒマンを「陳腐」で「凡庸」な人間という言葉だけで表現していいのだろうか。最初に観た際にも感じたのだが、アイヒマンの「ユダヤ人移送」における問題処理能力の優秀さはまさしく「スペシャリスト」と言えるものであり、「陳腐」で「凡庸」な「小役人」という言葉だけでは表現しきれないのではないか。優秀な官吏であり、しかし人間として大事なものが欠落している存在。今回も、映像はそのように訴えているように感じたし、であるからこそ「アイヒマン問題」は現代的テーマとなりうるのではないか。」(2005.8.27発行『越境するサル』№31「戦後60年目の<八月>に」より)

そして今回の映画『ハンナ・アーレント』となるわけだが、アイヒマンの登場シーンはすべて裁判を記録したフィルムが使用され、アイヒマン役の俳優は存在しない。『スペシャリスト』と同じように私たちは実際の彼の映像だけを観てアイヒマンの人間性を判断するしかない。

その上で今回の映画の中のアイヒマンをどのように捉えればいいのかと問われれば、9年前(つまり14年前)と同じ考えであると言うしかない。「優秀な官吏であり、しかし人間として大事なものが欠落している存在…であるからこそ『アイヒマン問題』は現代的テーマとなりうるのではないか」。つまり、思考を停止すれば、私たちは誰でもアイヒマンになりうるのだ。今回の映画の中でも、アーレントはそのように考えている。多くの人に受け入れられる考え方のはずだ。

では、なぜ、彼女は誤解され、非難され、孤立していくのか。それは彼女自身の、逆説的な、皮肉をまじえた、時には傲慢な、「語り口」のせいなのか。

それを確認するために、やはり彼女の著作に向かうしかない。

<後記>
『ハンナ・アーレント』は、現在(2/22~3/14)青森市「シネマ・ディクト」で上映中。ぜひ、行くべき、映画だ。
次号は「旅のスケッチ」か、「今年出会ったドキュメンタリー」の中間報告。その前に、harappa映画館「ヤン ヨンヒ監督特集」(3/15)がある。充実した日々ではあるが、仕事の方も少々きつい時期。睡眠時間だけは、しっかり確保しなければ。

(harappaメンバーズ=成田清文)

▼『ハンナ・アーレント』予告編
▼『ハンナ・アーレント』予告編
※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。

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