今年も、6月の末から「大人の休日」の旅に出かけた。横浜から日光へ。その後、東京を経由して仙台…もちろん、毎日、美味しい珈琲と出会った。
「珈琲放浪記~横浜から日光、そして仙台~」
1 「cafe emo.
espresso(カフェ エモ
エスプレッソ)」 横浜市中区末広町
横浜。JR関内駅に降り立ち、伊勢佐木町のホテルにチェックインしたあと、まず向かったのは、ほど近い場所にあるスペインバル。生ハム(ハモンセラーノ)やアヒージョ、ピンチョス、そしてすっかり気に入ってしまったスペインビールを、まず味わいたかったのだ…
料理すべてに満足し、この日はこれでホテルに帰り、ワールドカップの日本・ポーランド戦に備えようとも思ったが、時計を見るとまだ8時半。この近くにあるはずの喫茶に立ち寄る余裕は、まだあった…
チェーン店がひしめく通りの中でも、ひときわ目立つネオン。「cafe emo.
espresso」。横浜に来たら、ここでイタリアンエスプレッソを飲もう。そう思い続けながら訪れることができなかったこの店に、ついにたどり着いた。
『横浜カフェ散歩』(2015 MARU)に掲載されていた写真の印象とは違い、優しそうな雰囲気のマスターと会話をかわし、エスプレッソのダブル(ドッピオ)を注文する。一緒に、珈琲と最も相性がいい(私はそう信じているのだが)ビスコッティを頼む。自家製。エスプレッソの豆が練りこまれているという。
信じられないほど優しい味のエスプレッソ。ビスコッティをかじりながら、一瞬で味わう。あまりにも、さわやかだ…明日にでも、もう一度味わいたい。そう思った。
2 「Cafe Elliott
Avenue(カフェ エリオット アベニュー)」 横浜市中区山下町
前夜のサッカー観戦、日本・ポーランド戦のせいでかなりの寝不足を感じる午前9時過ぎ。JR桜木町駅前から周遊バスに乗り込もうと考えていたが、少し早過ぎた。こうなると、私は歩き出してしまう…
日本丸から赤レンガ倉庫、ベイサイドをゆっくりと歩く。途中、いくつか周遊バスの停留所を過ぎた。山下公園で一休みするまで、梅雨明けの空の下、ひたすら歩く。あまりの暑さに、体力は消耗し、思考力は衰え、頭の中にあるのは水分補給のことだけ。こうして目印のマリンタワーにたどり着いた。「Cafe
Elliott Avenue」の開店時刻は、もうすぐだ。
午前11時、開店と同時に入店する。空腹を感じていたので、まず「シアトルドッグ」を注文。ソーセージとチーズ、それにピクルスを加えたホットドッグだ。そして珈琲はもちろん、シアトル「Espresso
Vivace(エスプレッソ ビバーチェ)」から毎週空輸で直輸入される最高級の豆から抽出されたエスプレッソ(ダブル)…
「シアトルドッグ」の思わぬ美味しさに満足した後、運ばれてきたエスプレッソを一口すする。何というピュアな味。後味もさわやかだ。次に砂糖を加え、ゆっくりと味わう。芳醇さが口の中に広がる…わずか数分間の幸福。しかしそれは濃密な時間だ。
いつか来るかもしれない、エスプレッソの本場(たとえばイタリア)への旅。その時のために、何度かこの店で五感を鍛錬しなければ、と思った(おっと、前夜の「cafe
emo. espresso」もだ)。
3 「日光珈琲 御用邸通店」 日光市本町
朝8時から活動を開始した。東武日光駅前からバスで大猶院・二荒山神社前まで一気に駆け上がり、そこから五重塔まで歩く。まだ観光客はまばらだ。そして修理を終えた陽明門から東照宮を一巡り、奥社御宝塔(家康公墓所)まで駆け上る。ここまで1時間半ほど。このペースだと、華厳ノ滝まで行く時間はたっぷりある。街道まで歩き、バスで中禅寺温泉へ向かう。華厳ノ滝最寄りの停留所がそこにある…
前日、横浜から列車を乗り継いでJR日光駅に到着した。ホテルでチェックインを済ませたあと、東武日光駅からから東照宮方面へ、日光街道を数百メートル歩き、地元食材と「ゆば」の料理で夕食を済ませ、次の日は朝早くから行動しようと決めていた。結局、計画よりはるかに順調に事は運んだ。
こうして昼過ぎには西参道入口に戻ってきた。老舗や名店が立ち並ぶこのエリアの、街道から少し入った御用邸通に、今回どうしても訪れたかった珈琲店(カフェ)があった。「日光珈琲
御用邸通店」。昭和初期の商家を改装した古民家カフェ。行列ができる店、休日には長時間待たなければ入れない、評判の店だ。
幸い時間をかけずに発見することができたが、店の外に、中に入れず待っている先客がいた。3組、9人。炎天下、待つことに決めた…30分後、何とか入店することができた。すぐにアイスコーヒーとケーキのセットを注文する。迷っている余裕はない。
思っていたより早く味わうことができたアイスコーヒーは、苦い珈琲好きの私ですら衝撃を受けるほどハードな、ひたすら苦く重いものだった。だが、炎天下に耐えてきた身には、この苦さとコクと氷のバランスがちょうどよかった。
目的を果たしたという達成感とともに、店を出た。レジで販売していた珈琲豆、深煎りの「太郎山ブレンド」を土産に。
4 「珈琲 まめ坊」 仙台市青葉区米ヶ袋
「大人の休日」最終日の午前中は上野の美術館で過ごす。これが、これからも定番になるだろう。上野駅に近いのでぎりぎりまで活動できるし、そもそも東北人にとって上野は東京で一番落ち着く場所だ…
今回は、国立西洋美術館「ミケランジェロと理想の身体」。ミケランジェロの作品が少ないのは少し不満だが、古代ギリシア・ローマがルネサンスに与えた影響の大きさを実感できる構成になっていた。大いに収穫あり。
上野を出て、仙台で途中下車。年に一度は散策したい街だ。
仙台駅から地下鉄東西線で2駅、「大町西公園駅」へ。この近くに、毎年立ち寄る「くらしギャラリー」がある。店内には、店主のセンスによって日本と世界各地から集められた工芸品、雑貨、小物、衣服が所狭しと陳列され、私たちの目を楽しませてくれる。リーズナブルな価格のものが多く、気楽に購入できる店だ。
この日は、ここから10分ほど歩き、片平丁小学校付近を目指す。そこに、「魯迅故居跡」の碑がある。魯迅が下宿していた「佐藤屋」の跡地だ。
「中国近代文学の父」魯迅は、1904年から医学生として日本に留学していた。留学先は仙台医学専門学校、現在の東北大学医学部である。当時の自身の体験をもとに書かれたのが、恩師との交流を描いた『藤野先生』(1926)であることはよく知られているが、その魯迅が下宿していたのが、キャンパスに近い広瀬川の崖上の道路沿いに建つ「佐藤屋」であった。1944(昭和19)年、『惜別』の取材に仙台を訪れた太宰治も、この下宿跡とその周辺を丹念に調査した(なお、仙台市はこの敷地を記念公園として整備する予定だという)。
さて、この「魯迅故居跡」の隣にあるのが、自家焙煎の店「珈琲 まめ坊」だ。今まで、もっと郊外にあると誤解していて、来訪することをためらっていた。仙台駅から徒歩20分。意外と近い。
店に入って、まず窓の外の景色に心を奪われた。竹林である。北国の人間にとっては、ひとつの憧れともいえる竹林。それが窓というフレームに収まっている。眼下には広瀬川。何だか、いい。
選んだ珈琲は、店では一番深煎りの「マンデリン」。これも私が選んだロイヤルコペンハーゲンのカップでいただく。何だか、いい。苦いけれど、優しい味だ。
連れが注文したアイスコーヒーとケーキのセットも、なかなか美味しかったそうだ。砂糖・ミルクなしですんなり飲めた、とのこと。これも、いい。
こうして、4つの店すべてに何かを感じた<珈琲放浪>は終わった。次は、どこへ行こうか…
<後記>
横浜と日光の店は、ずっと前から訪問の計画を立てていたもの。仙台の店は、急に思い出して立ち寄った。いろいろな出会いがあるものだ。
次号の計画は立っていない。「青森県の珈琲を歩く」の取材は続くから、「その2」がそのうち発信されることは確かだが、その前に「harappa映画館」の紹介が入るかもしれない…
(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。