2019年12月6日金曜日

【越境するサル】№.195「『空族映画祭』~映像制作集団『空族』との出会い~」 (2019.12.6発行)


11月2日~3日、青森松竹アムゼで開催された「空族映画祭」(企画・主催 映画上映団体「大地の眼」)に出かけた。『サウダーヂ』(2011 富田克也監督)、『バンコクナイツ』(2016 富田克也監督)、そして最新作の『典座-TENZO-』(2019 富田克也監督)。「東北初特集上映」と銘打ったこの映画祭で上映された3本の作品の衝撃は、とてつもなく大きかった。


      「『空族映画祭』~映像制作集団『空族』との出会い~」

 2019年11月2日午前9時半、青森市サンロード青森「松竹アムゼ」開館。10時半開始の『サウダーヂ』のため、7時53分発奥羽線で弘前駅を出発、青森駅から市営バスでサンロード青森を目指し午前9時到着。そして映画祭が始まった…





『サウダーヂ』は、2011年制作・公開のインディペンデント作品。高崎映画祭最優秀作品賞、毎日映画コンクール優秀作品賞/監督賞、ナント三大陸映画祭グランプリを獲得した、「空族の名を世界に知らしめた出世作」(と各所で紹介されている)。監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。167分。出演は鹿野毅・伊藤仁・田我流等に加えて現地に住む人々が数多くキャスティングされている。随所にドキュメンタリーと見紛う場面があるのはそのためだ。
 


 作品の舞台は山梨県甲府市。不況により中心街が“シャッター通り”と化したこの地方都市では、日系ブラジル人やタイ人などの外国人労働者が働いていた。この街の建設現場で働く3人の日本人、タイ人ホステスに入れ込む土方一筋の精司、タイ帰りの保坂ビン、HIPHOPグループの猛を中心に、外国人と日本人たちの懸命に生きる姿を生々しく描く群像劇。一言でまとめるとそのようになるが、廃業に追い込まれる下請け、不況の中故国に帰るしかない外国人たち、日本人と外国人たちの共生と敵対…様々なテーマが詰め込まれたこの恐るべきリアリズム作品は、型通りの解説からはみ出てしまう
 なお、“サウダーヂ(saudade)”とはポルトガル語で“郷愁・憧憬・憧れ”を意味するという。




 「空族」(KUZOKU「くぞく」と読む)とは、2004年に結成された映像制作集団。その中心人物は富田克也と相澤虎之助のふたり。山梨生まれの富田は、『雲の上』(2003)・『国道20号線』(2007)・『チェンライの娘』(2012)で知られる。また、埼玉生まれの相澤は富田作品の共同脚本を務める一方、監督としても『花物語バビロン』(1997 山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映)・『バビロン2ーTHE OZAWAー)』(2012)を発表。脚本を手がけた『菊とギロチン』(瀬々敬久監督)は、2018年「キネマ旬報」日本映画ベストテン第2位を獲得し、日本映画脚本賞にも選ばれた。
 「作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する」をモットーとする「空族」の映画は、長期間にわたる制作、自ら行なう配給・宣伝、そして「未ソフト化」(つまりDVDやブルーレイで観ることができない)という特徴を持つ。私たち地方の人間には彼らの作品と出会うことすら奇跡といえる。


 午後3時ちょうど、この日の2本目『典座-TENZO-』が始まった。2019年制作・公開、「空族」の最新作である。全国曹洞宗青年会と共に、現代仏教をテーマとして取り上げ「3.11以降の仏教の意義を紐解」いた作品。62分。『サウダーヂ』と同じく、監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。
 舞台は山梨と福島。かつて本山での修行を共にした智賢と隆行、ふたりの若い僧侶の日常が描かれていく。住職の父、母、妻、重度のアレルギーを抱える3歳の息子と山梨の寺に住む智賢。寺も家族も檀家もすべて「3.11」の津波で流されてしまい、瓦礫撤去の作業員として仮設住宅に住む隆行。彼らの日常の苦悩の姿と、曹洞宗の高僧(尼僧)である青山俊董老師との対話を軸に、現代日本の姿を描こうとする。




 多くの登場人物が、自分自身、あるいは自分自身を基に作り上げられた役をこなし、青山老師に至ってはドキュメンタリーそのものとして映画の中に登場する。フィクションとノンフィクションが入り混じったこの手法に私たちは一種の戸惑い、というより居心地の悪さを感じるが、これは挑発なのか、この映画はどこに向かうのかと考えているうちに、唐突に映画は終わる。
 上映の後、ゲストである福井県霊泉寺住職・青森県恐山菩提寺院代(住職代理)南直哉氏が「空族」とのトークに参加したが、このトークもまた映画の続きであるように思われてしまう。結局私は、この映画の世界にはまってしまったのだ…



 映画祭2日目。前夜の最終上映『バンコクナイツ』をパスして、この日の午前10時20分開始の『バンコクナイツ』に照準を合わせていた。ちょうどラグビーW杯の決勝テレビ中継と時間帯が重なっていたのも理由のひとつだが、少し頭を整理したかった。『バンコクナイツ』1本だけに集中する日が必要だった。
 観る前から傑作の予感がする作品がある。そのように、いくつかの映画と出会ってきた。そして今回も、その予感は正しかった。私はその世界にすっかりのめり込んでしまったのだ…



 『バンコクナイツ』の舞台は、タイの首都バンコクの日本人専門歓楽街タニヤ。ここで働くラックは、昔の恋人オザワ(富田克也)と5年ぶりに再会する。日本を捨てバンコクで根無し草のように暮らす元自衛隊員のオザワは、店のナンバーワンであるラックと会い続ける為に必要な金を得るべく、かつての上官から依頼されたラオスでの不動産調査の仕事を引き受ける。そして、家族問題解決の為故郷へ向かうラックも、その旅に同行する。故郷とはタイ東北部イサーン地方、ラオスとの国境の街ノンカーイ。

 バンコクからノンカーイ、そしてラオスへ。総移動距離4000㎞を超える、壮大なスケールの「楽園」への旅。しかしそれは、国境紛争に翻弄され続け、さらにベトナム戦争の傷跡を色濃く残す土地への旅となった。
 監督:富田克也。脚本:富田克也・相澤虎之助。182分。ロカルノ国際映画祭 若手審査員/最優秀作品賞受賞。毎日映画コンクール 監督賞/音楽賞受賞。全編に流れるイサーン地方の伝統音楽。日本映画の枠組を軽々と超えた「アジア映画」ともいうべき作品だ。




 …「空族映画祭」が終わって1カ月ほど経過したが、まだ私の心は『バンコクナイツ』の世界を彷徨っている。
 会場で買い求めた、映画『バンコクナイツ』完成までの10年間のドキュメント『バンコクナイツ 潜行一千里』(河出書房新社、執筆は富田克也・相澤虎之助)を繰り返し読み、映画のシーンを反芻する日々。日に日に強くなる想い。
 いつか、弘前で上映したい…




<後記>

  少し遅くなったが、空族映画祭」参加の報告を送る。素晴らしい作品やその作り手たちと出会った衝撃を何とか伝えたいと書き始めたが、すんなりとはいかなかった。けれども、書き進めることで私の中で何かが熟成されていったことは確かだ。
 次号は「今年出会ったドキュメンタリー 20191012月期」の予定だったが、このシリーズ、リニューアルして20201月に再スタートを切りたいと考えている。新しい題名は「ドキュメンタリー時評」。「時評」という名にふさわしい中身になるかどうか、真価が問われる年になりそうだ。




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的に配信されております。