6月末から3日間、JRの「大人の休日」で、妻と仙台・東京・秋田を巡った。ふたつの「クリムト展」が主な目的だったが、行きと帰りに珈琲を買い求める時間を少しだけ持つことができた。さらに、1日だけ「大人の休日」が残ったので、盛岡へも訪れた。
「珈琲放浪記~クリムト展と仙台、秋田、盛岡の珈琲~」
1 仙台市青葉区一番町「デ・スティル コーフィー 一番町店」
東京で開催されていた2つのクリムト関連の展示を訪れる途中、仙台に立ち寄った。用事があったのは地下鉄東西線大町西公園駅近くの「くらしギャラリー
風ち草」だが、その前に行きたい珈琲屋があった。同じく東西線青葉通一番町駅にほど近い(つまり藤崎デパートの近くだ)「デ・スティル コーフィー 一番町店」。以前一度だけ来たことがあった。
アーケード街の「文化横丁」の看板を左に見て、その向かいの小路に入る。昔は映画館の裏の通りだったというその小路に、「デ・スティル
コーフィー」はあった。
店名のデ・スティルとは、1917年にオランダで創刊された雑誌およびそれに基づくグループの名称(オランダ語で様式、つまりThe Style)。建築や抽象絵画の重視、バウハウスやダダや構成主義への影響などが評価されているグループである。
さて、仙台市の郊外25kmの雑木林の中に焙煎室を持つ「デ・スティル
コーフィー」を、ゆっくりと味わう余裕はなかった。以前飲んで気に入っていた「ブレンド シティロースト」を200g購入購入するために来たのだ。「昔のマンデリン」を求めるこの店の「シティロースト」は、私の好みの苦さにかなり近い、店一番のロングセラーだ。
珈琲豆購入者にサービスされるエスプレッソ1杯をそそくさと飲み干し、店を出た。
3日後の朝、弘前でじっくり淹れて飲んでみたが、記憶通りの味とのどごし。以前、マンデリンよりマンデリンっぽいのではと感じたことを思い出した…
この日は仙台を昼過ぎに出て、上野に向かった。上野公園の東京都立美術館「クリムト展 ウィーンと日本 1900」と六本木の国立新美術館「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」の2つを、それぞれに時間をかけて堪能した。
東京都美術館「クリムト展 ウィーンと日本 1900」では20分ほどの行列(さらにG20のための厳重な警備)を経験したが、これは想定内。なにしろ過去最多、25点以上の油彩作品や「ベートーヴェン・フリーズ」の複製による再現展示など、グスタフ・クリムトの全貌にふれることができる絶好の機会だ。しかも会期終了は近い。圧倒的な熱気の中、初期作品から分離派結成後の「黄金様式」時代の代表作等々、気になる作品の前には何度も足を運び、必死に鑑賞。疲労は感じたが、充実感も半端ない…
一方、国立新美術館「ウィーン・モダン
クリムト、シーレ 世紀末への道」は、絵画から建築、デザインまで、「ウィーン世紀末文化」の至宝を集めた画期的な展覧会。まだ会期がかなり残っていることもあって館内はそれほど混雑していなかったので、ゆったりとした気分で鑑賞することができた。この展覧会の目玉はクリムトの「エミーリエ・フレーゲの肖像」(唯一写真撮影可)、そして私にとってはエゴン・シーレの諸作品。シーレを扱った2本の劇映画に導かれ、いつか作品を直に鑑賞したいと思い続けてきた。やっと念願がかなった…
2 秋田市千秋久保田町「ナガハマコーヒー 秋田駅前店」
2日後、9時14分上野発「こまち9号」で秋田に向かう。秋田新幹線に乗車するのは初めてだ。秋田駅到着は13時4分、15時52分秋田発「つがる5号」で弘前に向かう予定だから、滞在時間は3時間弱。プロ野球公式戦「巨人VSヤクルト」の影響かコインロッカーも満杯、荷物を持ったまま目的地に向かう。
秋田県立美術館。2013(平成25)年に本格オープンした安藤忠雄設計のこの美術館は、公益財団法人平野政吉美術財団の藤田嗣治作品展示を中心としている。圧巻は2階大壁画ギャラリーの「秋田の行事」。1936(昭和11)年、秋田市の資産家・平野政吉が、急死した藤田の妻マドレーヌの鎮魂のために美術館建設計画を打ち出す。その計画を受けて秋田入りした藤田は、秋田で壁画を制作することを表明…翌年、縦3.65m、横幅20.5mの大作が完成した。この大作と、藤田作品のコレクションを鑑賞し、ミュージアムラウンジから向かいの千秋公園を望む。
列車の時刻を気にしながら、秋田駅へ向かう。食事は美術館エリアで「稲庭うどん」を食べて完了。あとは珈琲にありつくだけだ。目指すは駅前のビル「オーパ」1階にある「ナガハマコーヒー 秋田駅前店」、迷いながらたどり着いた。
店内はカウンターを除いてほぼ満席。何やら皆が珈琲を楽しんでいるように見える。カウンターに座り、ブレンドを注文する。店員の対応も心地よい。あまり珈琲を味わう余裕はなかった。すぐさま飲み干す。なめらかな感じだけはわかった。ブレンドより深煎りの珈琲も試したかったので、「インドネシア
アチェ・アルールバダ(中深煎り)」180gを購入。急いで、秋田駅へ向かう…
後日、自宅で淹れてみたが、「中深煎り」でも私には酸味が強すぎるように感じた。しかし、この酸味もまた「インドネシア」の特徴なのだ。でも、もっと深煎りのものを試してみたい。
3 盛岡市鉈屋町「fulalafu(フララフ)」
「大人の休日」で3日間、仙台・東京・秋田と旅をした。まだ、「大人の休日」は1日余裕があった。もう少し、珈琲を味わいたかった。それも旅先で…盛岡に行こうと、決めた。
弘前から特急「つがる」で、そして新青森からは新幹線「はやぶさ」で、ほとんど座ることはできなかったが、おまけのような鉄道旅で盛岡に向かった。到着は12時45分、家を出てから3時間。
盛岡駅から、すぐタクシーに乗り込む。目指すは鉈屋(なたや)町。この界隈には明治期に建てられた「町家」が並ぶ。そのエリアの片隅に(とは言ってもスーパー「ユニバース鉈屋店」の真裏だが)、コーヒー生豆専門店「fulalafu(フララフ)」はある。
店内には約20種の豆が置いてあり、好みの焙煎に合わせて(ミディアムロースト、ハイロースト、シティロースト、フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアンロースト)その場で焙煎してもらえる。ただし、焙煎には30分~2時間ほどかかるので、急ぐ場合には8種類ほどある焙煎済みのものを買うこともできる。
焙煎済みの「エチオピア モカ シダモ」と「東ティモール マウベシ」、どちらもフルシティロースト(深煎り)100gを購入し、さらに店内でも1杯飲んでいくことにした。銘柄は店主にお任せ、フルシティローストとだけ希望を伝える。
店内には3つのテーブル席。なかなかシックな趣きで落ち着く。次々に訪れる予約客、地元の常連客や遠くからの来訪者、を眺めながら、待つこと30分、ついに運ばれてきた今日の一杯。新商品「コスタリカSHB コーラルマウンテン」。
弘前から長い時間をかけてやって来た甲斐があった、と言うべきか。何という美味しさだ。クリアーなのに、上品な個性(これが甘味か)がひろがる…
店を出て、ゆっくり1時間ほどかけて、紺屋町・中ノ橋・大通りを歩く。途中、この日定休日の喫茶の位置を確かめる。まだまだ、行くべき喫茶はある。おそるべし、盛岡。
その次の日から、「エチオピア モカ シダモ」と「東ティモール マウベシ」を交互に淹れて試し続けた。どちらも、クリアーな飲み口のあと、独特の個性がひろがっていく。それを言い表す言葉を、まだ見つけられない。再び「fulalafu」の豆を手に入れなければ、と思う。
<後記>
ひさしぶりの「珈琲放浪記」のような気がするが、ますます珈琲の多様性・可能性を感じている。再訪する店も含めて、また、仙台・秋田・盛岡の「珈琲放浪」を計画したい。10月来訪予定の山形の珈琲も気になる…次号は未定だが、9月の「映画上映会」の紹介となりそうだ。
(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
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