2015年4-6月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。
今回も多くの秀作と出会った。
「今年出会ったドキュメンタリー 2015年4-6月期」
2015年4月から6月までに観たドキュメンタリーを列挙する。「青森シネマディクト」と「脱原発弘前映画祭」(弘前文化センター)で観た映画がそれぞれ1本、あとの映画はDVDでの鑑賞。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、※はテレビ・ドキュメンタリー。
4月・・・『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』
(2013 ジャンフランコ・ロージ)
『レッドマリア それでも女は生きていく』(2011 キョンスン)
『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』
(2012 ローレン・グリーンフィールド)
『わたしの、終わらない旅』(2014 坂田雅子)
『名誉殺人の闇の中で』(2015 NEXTスペシャル)※
『シリーズ 危険な時代に生きる 第5回~第9回』
(2015 BS世界のドキュメンタリー)※
『井浦新 アジアハイウェイを行く 第1集「変貌する文明の十字路」
~トルコ・グルジア・アゼルバイジャン~』(2015ザ・プレミアム)※
『キューバ 市民ツーリズムにかける~米との国交正常化の前夜~』
(2015 ドキュメンタリーWAVE)※
『戦後70年 ニッポンの肖像-日本人と象徴天皇-第1回・第2回』
(2015 NHKスペシャル)※
『失われた琉球の魂を求めて~復帰40年・甦る紅型~』
(2012 ノンフィクションW)※
『庭師が描く、究極の小宇宙~海を越えた日本の美~』
(2012 ノンフィクションW)※
『“3.11”を忘れない57 女川いのちを守る会
~1000年後へのメッセージ~』(2015 テレメンタリー」)※
『サイゴン陥落 緊迫の脱出 前・後編』
(2015 BS世界のドキュメンタリー)※
5月・・・『ヴァチカン美術館 天国への入口』
(2013 マルコ・ピアニジャーニ 青森シネマディクト)
『物語る私たち』(2012 サラ・ポーリー)
『飯舘村 私の記録』(2013 長谷川健一 「脱原発弘前映画祭」)
『靖国・地霊・天皇』(2014 大浦信行)
『RCサクセション“シングル・マン”』(2015 名盤ドキュメント)※
『9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~』
(2015 NNNドキュメント)※
『たった一人の新聞社~活版印刷で半世紀~』
(2015 テレメンタリー」)※
『井浦新 アジアハイウェイを行く 第2集「知られざるイスラム大国」
~イラン~』(2015 ザ・プレミアム)※
『揺れる原発海峡~27万都市 函館の反乱~』
(2014 FNSドキュメンタリー大賞ノミネート」)※
『もしも建物が話せたら 前・後編』
(2015 WOWOW国際共同制作プロジェクトヴィム・ヴェンダース製作総指揮)※
『永遠のモダン 京の春・重森三玲の庭』(2015 日曜美術館)※
『ヴィニュロンの妻 日本人マダムと名門ドメーヌ
再起の闘い
(2015 ETV特集)※
6月・・・『ファッションが教えてくれること』(2009 R・J・カトラー)
『世界一美しいボルドーの秘密』
(2013 ワーウィック・ロス デヴィッド・ローチ)
『最後の1本~ペニス博物館の珍コレクション~』
(2012 ジョナ・ベッカー/ザック・マース)
『天空からの招待状』
(2013 チー・ポーリン ホウ・シャオシェン製作総指揮)
『墨に導かれ 墨に惑わされ~美術家・篠田桃紅
102歳~』
(2015 ETV特集)※
『あいつは、ミナだ 差別と闘い 新潟水俣病50年』
(2015 NNNドキュメント)※
『ベトナム戦争40年目の真実』(2015 テレメンタリー)※
『キング牧師
vs. マルコムX』
(2015 BS世界のドキュメンタリー)※
『10億人が愛した高倉健』(2015 BS1スペシャル)※
『盗まれたクメール石像~密売ルートを追う~』
(2015 BS世界のドキュメンタリー)※
『キリング・フィールドからテニスコートへ
~カンボジアテニスの再興と未来~』(2015 ノンフィクションW)※
『コメ サバイバル 密着!ブランド米の攻防』
(2015 NNNドキュメント)※
毎年、「今年の収穫」を選んでいるが、2015年4-6月期の印象に残った作品について数本紹介する。まず、映画から。
『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』(2013 ジャンフランコ・ロージ)。 ローマを取り巻く全長70キロの「環状線GRA」。その周辺に住む人々を、2年半かけて取材し撮影した、芸術的かつ詩的なドキュメンタリー。登場するの は、老いた母親の面倒をみながら人命救助のため事故現場で働く救急隊員、ヤシの木の害虫を駆除するために研究を続ける植物学者、ある建物に住むさまざまな
家族たち、車上生活者たち、ウナギ漁師…そのテンポは心地よく私たちをスクリーンの中に招き入れ、93分間、私たちも「ローマ環状線」の人々となる。本作 は、「ヴェネチア国際映画祭金獅子賞」を受賞。ドキュメンタリー映画としては、映画祭史上初の快挙だった。
『レッドマリア それでも女は生きていく』(2011 キョンスン)。 韓国の女性監督キョンスンが、社会の周縁でたくましく生きるアジアの女性たちに寄り添いながら、そのひとりひとりの姿を見つめる。韓国・日本・フィリピ
ン…家事労働者、性労働者、非正規労働者、移住労働者、介護労働者、路上生活者、元「慰安婦」たち。ここに登場する彼女たちは皆、ただ打ちひしがれている
のではなく、前に向かって進もうとしている。冒頭に映し出される、ひとりひとりの「腹」の映像に、彼女たちの人生が詰まっている。
『クィーン・オブ・ベルサイユ 大富豪の華麗なる転落』(2012 ローレン・グリーンフィールド)。 タイムシェア(共同所有)リゾートビジネスで大富豪となった男デヴィッド・シーゲル、その31歳年下の妻で元ミセス・フロリダのジャッキー。養子に迎えた 姪を含め8人の子どもと多くの使用人に囲まれて大邸宅に暮らすふたりは、さらにアメリカ最大の邸宅の建築を目指す。「ベルサイユ」と名付けられたこのアメ
リカンドリームの象徴の完成を記録すべく、ローレン・グリーンフィールド監督のドキュメンタリー映画の撮影が始まるが、2008年、リーマン・ブラザーズ
の破綻によって世界的な金融危機が起こり、彼らも1,200億円の借金を抱えてしまう…かくしてこのドキュメンタリーは、大富豪の転落の記録として完成し た。2012年サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門監督賞受賞。
『わたしの、終わらない旅』(2014 坂田雅子)。 『花はどこへいった』・『沈黙の春を生きて』で枯れ葉剤の被害を描いてきた坂田雅子監督が、「核」のたどってきた道と未来を見つめる「終わらない旅」。こ
の「旅」は、亡き母が1970年代から打ち込んでいた反原発運動を見つめ直し、フランス核再処理施設・ビキニ環礁・旧ソ連核実験場・第五福竜丸と関わる
人々と出会う、核エネルギーの歴史をたどる旅だ。「核の平和利用」を信じて原発を推進してきた時代と自分史(家族史)を重ね合わせた、未来のためのドキュ メンタリー。
『物語る私たち』(2012 サラ・ポーリー)。アトム・エゴヤン監督の『スウィート ヒアアフター』(1997)のヒロインに抜擢され世界中から注目を集め、実力派女優へと成長したカナダ・トロント出身のサラ・ポーリー。監督・脚本家とし
ても活躍する彼女が、元女優の母ダイアンと舞台俳優の父マイケルと5人の子どもたちのポーリー家の秘密、亡き母の秘かな恋と自らの出生にまつわる真実を描 く秀作。「山形国際ドキュメンタリー映画祭2013」のインターナショナル・コンペティション出品。映画祭では見逃していた作品と出会うことができた。
『飯舘村 私の記録』(2013 長谷川健一 「脱原発弘前映画祭」)。福島県飯舘村の酪農家で同村前田地区区長の長谷川健一さんは、原発事故後の村で起こった出来事をビデオカメラで克明に記録し続け
ている。その全域が「計画的避難地域」に指定された飯舘村。住民の避難、酪農の断念、行政との軋轢、そして長谷川さん自身の仮設住宅への転居…激動の数ヶ 月の貴重な記録と証言でつづった初監督作。なお、上映後、長谷川さんの講演も行われた。
『靖国・地霊・天皇』(2014 大浦信行)。昭和天皇を主題とした版画シリーズ「遠近を抱えて」が美術館によって売却され図録が焼却処分とされた「大浦・天皇コラージュ事件」の当事者であり、ドキュメンタリー作品『日本心中』(2002)・『9.11-8.15日本心中』(2006)・『天皇ごっこ』(2011) の監督である美術家・大浦信行のドキュメンタリー第4作。「A級戦犯合祀」・「政教分離」・「首相参拝」…さまざまな論点で激しく意見が対立する靖国神社
をめぐって、大口昭彦氏と徳永信一氏、「左派」と「右派」を代表する弁護士が語るそれぞれの想いを中心に作られた作品だが、主人公はもちろん「死者たち」 だ…
『世界一美しいボルドーの秘密』(2013 ワーウィック・ロス デヴィッド・ローチ)。原題は「RED OBSESSION」、。「世界一美しい」という邦題から、ボルドーワインの魅力を余すところなく伝えようとする映画だと思って見始めたが、それ以上にシ
ビアなワインビジネスの現状を伝える内容だった。とりわけ、中国人富豪たちの介入で値段が高騰(そして暴落)したボルドーワインの未来への警告という意図 が感じられたが、一方で中国ワインの生産者への期待も感じられ、なかなか一筋縄ではいかないドキュメンタリー。私にとっては、ありがたい情報満載の1本と
なった。
『最後の1本~ペニス博物館の珍コレクション~』(2012 ジョナ・ベッカー/ザック・マース)。アイスランドの港町フーサヴィークに世界で唯一の“ペニス博物館”がある。館主が40年間にわたり収集したほ乳類の
ペニスの標本が展示されているが、彼には死ぬ前にかなえたい夢があった。それは、ホモ・サピエンスつまりヒトのペニスを展示すること。申し出た候補者はふ たり。アイスランドの95歳の名士と、アメリカの中年カウボーイ。果たして、人類代表に選ばれるのは誰?この夏、日本公開。
『天空からの招待状』(2013 チー・ポーリン ホウ・シャオシェン製作総指揮)。台湾政府内職員として20年以上航空写真を撮り続けてきたチー・ポーリン監督が、「美麗島」と呼ばれる美しい島台湾の 山・海・田園そして工場・都市を3年間にわたって撮影し作り上げたドキュメンタリー。台湾公開時には、年間興行成績第3位の大ヒットとなった。最初、美し
い景色を中心とする「台湾讃歌」と思わせるが、途中から環境破壊の進行に対する鋭い告発・批判を内包する映像へと変化する。製作総指揮のホウ・シャオシェ ンをはじめ、最高のスタッフが集結した空前絶後の映画。
テレビ・ドキュメンタリーからも数本。
『名誉殺人の闇の中で』(2015 NEXTスペシャル)。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんの故郷パキスタンで深刻な問題となっている「名誉殺人」。親が決めた相手以外と結
婚した場合などに、「一家の名誉が汚された」として、父親や親族が娘を殺害する事件が地方では発生する。このドキュメンタリーでは、父親に銃で撃たれ一命 を取り留めた20歳の女性や13歳の時に性的暴行を受けた女性のケースに密着し、それでも女性の権利に目覚め未来に向かっていこうとする姿を描く(初回放
送は3月31日)。「NEXT」は、NHKの新しいドキュメンタリー番組。
『サイゴン陥落 緊迫の脱出 前・後編』(2015 BS世界のドキュメンタリー)。1975年4月、北ベトナム軍がパリ和平協定を破って南へ進軍、南ベトナムの首都サイゴンを陥落させ、ベトナムは統一され た。アメリカ人を脱出させる計画を極秘裏に策定していたアメリカ大使館が最終的に採用したのは大使館からヘリコプター輸送で脱出させる作戦だった。サイゴ
ン陥落という歴史的な瞬間に至る最終局面を、アメリカ側の関係者の証言と貴重な映像で描く。2015年アカデミー賞長編ドキュメンタリーノミネート作品。
『9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~』
(2015 NNNドキュメント)。ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員アレン・ネルソンさんは、戦場で数えきれないくらいの人を殺害し、帰還後PTSDに苦しめられ る。戦争そのものの本質と向き合うことをきっかけに立ち直った彼は、96年から日本で講演活動を開始した。その中で彼が重要視したのは「憲法第9条」の役
割だった。2009年、ベトナム戦争で浴びた枯葉剤が原因と見られる癌で死去したネルソンさんの半生を描き、戦争・米軍基地の本質を鋭く突いた秀作。読売
放送制作。
『井浦新 アジアハイウェイを行く 第2集「知られざるイスラム大国」~イラン~』(2015 ザ・プレミアム)。中東の大国イラン。「テロ支援国家」、「核兵器開発疑惑」、「経済制裁」、井浦新がイメージするイランとは違うイランの姿がそこには
あった。商品があふれエネルギーに満ちたマーケット、活躍する女性たち、そしてどこの国とも同じ家族の絆。イスラム教シーア派の聖地、アルメニア人のキリ スト教会…さまざまな場所を訪れた井浦新は、キアロスタミ監督の映画『友だちのうちはどこ』(1987)が撮影された場所にも立ち寄る。その後の地震で廃
墟となったその村に残る、あの「ジグザグの道」。『友だちのうちはどこ』を知る者には貴重な映像であった。
『もしも建物が話せたら 前・後編』(2015 WOWOW国際共同制作プロジェクト ヴィム・ヴェンダース製作総指揮)。ヴィム・ヴェンダース製作総指揮の下、世界で活躍する6人の映画監督が、自身がこだわる建物について描くオムニバスの
ドキュメンタリー。ヴィム・ヴェンダース監督は地元ベルリンのフィルハーモニー・ホール。ミハエル・グラウガー監督はロシア最古の公共図書館、ロシア国立 図書館。マイケル・マドセン監督は再犯率がヨーロッパで最も低い、ノルウェーハルデン刑務所。ロバート・レッドフォード監督は、ポリオワクチンの開発者
ジョナス・ソーク創設のサンディエゴのソーク研究所。マルグレート・オリン監督は地元ノルウェー・オスロの海面からそそり立つオペラハウス。カリム・アイ ノズ監督は、ジョルジュ・ポンピドゥー発案のパリのポンピドゥー・センター。それぞれの監督が独自の視点で建物に迫る、異色のドキュメンタリー。
『ヴィニュロンの妻 日本人マダムと名門ドメーヌ 再起の闘い』(2015 ETV特集)。フランス・ブルゴーニュの南端、サヴィニー・レ・ボーヌ村。その名門ドメーヌ(醸造所を備えたぶどう生産農家)の三代目当主・パトリック・
ビーズに、15年前1人の日本人女性が嫁いだ。彼女の名はビーズ千砂。元エリート銀行員の彼女の内助の功もあり、ドメーヌは順風満帆だった。しかし 2013年、ブルゴーニュ一帯を襲った雹(ひょう)でぶどう畑が壊滅した年、収穫の最中、夫パトリックは自動車運転中に心臓発作を起こし死亡する。名門ド
メーヌの浮沈をかけた、日本人マダム・ビーズ千砂とドメーヌの1年間にわたる闘いが始まった…ドメーヌの人々の、明日をかけた生き残りの物語。その美しい
四季の映像と彼らの語り、どちらも魅力的だ。ナレーションは宮沢りえ。
『墨に導かれ 墨に惑わされ~美術家・篠田桃紅 102歳~』(2015 ETV特集)。現役最高齢の美術家・篠田桃紅、102歳。戦後すぐに渡米、「水墨の抽象画」というジャンルを確立して世界的に高
い評価を得てきた彼女の、アトリエでの制作の姿とその人生を追う。一本一本墨の線を積み重ねていく彼女独特の作風と、全く無駄のない明快な語り口。気がつ くと、完全に魅了されている自分がいる。
『10億人が愛した高倉健』(2015 BS1スペシャル)。高倉健は中国で一番愛されている日本人俳優だ。1978年、文化大革命直後の中国で高倉健主演の『君よ憤怒の河を渉れ』(1976 佐藤純彌監督)が公開され、10億人が見たといわれる。文革後初の日本映画であるこの作品は多くの中国人観客の心をつかみ、その影響は今も各界の人々に残っている。いわれなき罪を着せられ
た検事が巨悪に立ち向かっていくこの映画に魅せられた人々が語る、高倉健讃歌。
テレビ・ドキュメンタリーは、録画はしたもののチェックできなかった作品が多く、悔いが残る。民放3局のドキュメンタリー番組、テレメンタリー、NNNド
キュメント、FNSドキュメンタリー大賞。NHKのNHKスペシャルとBS世界のドキュメンタリー。これらを地道にチェックして紹介することができれば、
と思うのだが、なかなか時間がとれない。だから、ここで紹介されているのは、偶然出会ったものだけである。
<後記>
次の発信まで、またしばらく時間がかかりそうである。当分の間、バックナンバーをプリントアウトして各シリーズの「総集編」や「自選集」を作る作業をすることを考えているが、その過程で次のテーマが生まれてくるかもしれない。
(harappaメンバーズ=成田清文)
※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。