2021年7月、『佐藤泰志をさがして』を言視舎より出版した。1993年以降の私の「佐藤泰志体験」を綴りながら、佐藤泰志文学と原作映画のガイドブックを目指したこの本は、函館出身のこの作家の入門篇として多少は役に立ったのではないかと自分では思っている。もちろん、それは自己満足に過ぎないのだが……。
刊行から1年半が過ぎようとしている今、その後も続いた佐藤泰志をめぐる物語(それは私の物語でもある)について記しておくべきだと思い立った。その記述は、やはり函館からスタートする。
「函館幻視行~その後の『佐藤泰志をさがして』~」
2022年12月2日。午前10時38分、函館駅。前の年に佐藤泰志原作映画第五弾『草の響き』の先行上映に訪れて以来の函館だが、その時は慌ただしい日帰り旅行だった。ゆっくりと函館に浸かる旅は、『佐藤泰志をさがして』執筆開始直前の2019年1月まで遡る。佐藤泰志ゆかりの場所を巡りながら、必死に彼の全体像をイメージしようと試み、本の構想を練る……そんな旅だった。
その時食事と休憩のため2度立ち寄った新川町の自由市場に、今回は最初から向かった。実は、『オーバー・フェンス』(2016年)の時も、さらに『きみの鳥はうたえる』(2018年)の時も、この市場で食事を取った。函館散策の際のルーティーンのようになっていた。まずここで食事をしなければ、今回の旅は始まらない。
このあと市電で十字街界隈まで行き、ホテルでチェックインを済ませた。いよいよ「函館幻視行」へと出かける。ホテルの部屋の窓から、函館山が見える……。
最初の目的地は、佐藤泰志が高校時代から通っていたジャズ喫茶「想苑」。青柳町、桜の名所函館公園の山側に静かに佇む1959年創業のこの老舗喫茶は1991年いったん閉店したが、2003年営業再開。そのおかげで私たちは、昭和の頃の雰囲気を追体験することができる。
ゆっくりと店内を見渡し、珈琲とサンドイッチを注文する。しばらくこの店の雰囲気に浸っていると、まるで高校時代の佐藤泰志になったような気分になる。ここでどんな本を読み、どのように小説の構想をしたのだろうか……。
翌日からの日程を考えながら、ホテルへひとまず帰ることにする。その途中、「函館港イルミナシオン映画祭」の会場をチェック。この日から始まるこの映画祭も、今回の旅行の目的のひとつだった。(この会場「函館市公民館」が佐藤泰志原作映画第一弾『海炭市叙景』(2010年)のロケで使われていたことを後日知った。進水式の受付のシーンだという。)
ただし、今回の映画祭では、『草の響き』(2021年)の主演男優・東出昌大がやはり主演を務めるオープニング作品の『天上の花』(2022年 片嶋一貴監督)1本だけ鑑賞の予定。上映後に、この『天上の花』で詩人・三好達治を演じた東出が参加する舞台トークがあるので、これは外せないと思ったのだ。
「自由市場」と、ジャズ喫茶「想苑」と、「函館港イルミナシオン映画祭」……こうして、1日目は過ぎていった。
2 その後の『佐藤泰志をさがして』 2021年7月~
ここで、2021年7月『佐藤泰志をさがして』刊行以降の流れを振り返ってみる。まずは2021年12月まで。
2021年7月31日、弘前市かくみ小路「まわりみち文庫」店頭に並ぶ。この小さな書店から、弘前での販売がスタートした。
2021年8月5日、「陸奥新報」に私が連載していたリレーエッセイ「文人カフェ」第6回(最終回)で刊行までの経緯を紹介。題名はそのまま「佐藤泰志をさがして」。
2021年8月、新聞広告、6紙(毎日新聞、東奥日報、陸奥新報、東京新聞、北海道新聞、函館新聞)に掲載。
函館新聞の大きなスペースは印象的だった。
東京新聞と北海道新聞の広告は、あの「きたやまおさむ氏」の新著とカップリング……。
2021年8月31日、「東奥日報」に世良啓氏の「書評」掲載。
この反響は大きく、「ジュンク堂弘前中三店」でも「書評」が売り場に登場。
8月以降、「青森図書」により、県内書店の「郷土」コーナーに配本される。
2021年10月5日、佐藤泰志原作映画第五弾『草の響き』(三宅唱監督)函館先行上映。私も、日帰りで函館の「シネマアイリス」に駆けつける。
先行上映の様子を伝える「北海道新聞(函館支社地域情報版)」の記事(2021.10.6)。
先行上映に向けた動きを伝える、9月の「北海道新聞(函館支社地域情報版)」の記事(2021.9.24)。左下に、私と拙著も紹介されている。
なお、「シネマアイリス」のロビーでは、佐藤泰志関連の書籍として『佐藤泰志をさがして』も販売。
この上映に合わせて、「函館市文学館」では企画展「映画になった佐藤泰志」を開催。
また、「函館市文学館」でも拙著は販売されていた。ありがたいことだ……。
2021年10月12日、単行本未収録作品のすべて(18篇)とエッセイ56篇を収録した『光る道-佐藤泰志拾遺』(月曜社)出版される。
2021年10月18日、「陸奥新報」の「映画時評(品川信道氏執筆)」で『草の響き』と拙著が紹介される。
2021年10月発売の季刊『映画芸術』477号で、『草の響き』の特集が組まれ、主演の東出昌大が表紙を飾る。なお、『草の響き』はその後、『映画芸術』の「2021年ベストテン第1位」に選出される。
3 函館幻視行 2022.12.3
2022年12月3日。朝ホテルを出発し、最寄りの宝来町電停から終点の谷地頭を目指す。吹雪でなかったら、谷地頭電停から立待岬まで歩こうと決めていた。
積雪は気になったが、歩けないほどではなかった。途中、何度か訪れている「石川啄木一族の墓」で休憩。函館のいたる所に、啄木が刻印されている。
あちこち寄り道しながら、谷地頭電停から30分ほどで立待岬にたどり着いた。これまで何度か、ただ海を見るために、ただこの場所に佇むために、この場所を目指した。観光客は私ひとりだった。
今回ここに来たのは、『草の響き』のロケ地だったからだ。映画の中で重要な役割を持つスケートボードの少年が、同じ部活動の生徒たちと、そしてひとりでこの岬に立つ……。
再び、谷地頭電停を目指して坂道を下る。ようやく、3人の観光客とすれ違った。映画祭に訪れた人たちだろうか。
珈琲が飲みたかった。この日は八幡坂にある喫茶と決めていたのだが、坂に上がる角を間違えて、日和坂まで来てしまった。ここは、映画『海炭市叙景』の最初のエピソードで、若い兄妹が大晦日の函館山ロープウェイを目指して駆け上がった坂だ……。
八幡坂、「箱館元町珈琲店」。この坂を上りきると、佐藤泰志の母校・函館西高校がある。
一度、函館旅行に出かけた同僚にお願いして、この店のフレンド「マイルド」を買ってきてもらったことがあった。私好みの妥協なき深煎り。今回も同じ「マイルド」を注文する。この苦さとコクが(それと微量の砂糖が)、歩き疲れた体に心地よい。
この店は、佐藤泰志原作映画のロケに使われている。第四弾『きみの鳥はうたえる』(2018年)。ちょうど私が座った席のあたりに主演女優の石橋静河がいて、そこへ主演男優の柄本佑が現れる……。
午後は、市民映画館「シネマアイリス」と喫茶「水花月茶寮」へ。「シネマアイリス」代表は佐藤泰志映画のプロデューサーである菅原和博氏だが、氏の経営する喫茶が「水花月茶寮」である。
湯の川行きの市電に乗り、五稜郭公園前電停で降りると、もう「シネマアイリス」は間近だ。今回は、青森で見逃していた『スペンサー ダイアナの決意』(2021年、パブロ・ラライン監督)を観ることにしていた。ダイアナ妃の役をクリステン・スチュワートが演じるとあっては、観ないわけにはいかない……。この街で、観たい映画を普通に観ることができる幸せ。
この映画館も、『きみの鳥はうたえる』の中で効果的に使われている。
そして、ありがたいことに、ロビーではまだ拙著が販売されていた。
さて、産業道路に近い、富岡の喫茶「水花月茶寮」へはタクシーを拾って向かう。ほどなく、しゃれた外観の店にたどり着いた。
チーズケーキと珈琲(ブレンドB「ほろ苦」)を注文する。「ほろ苦」は、ちょうど私の求める深煎り。前回(『きみの鳥はうたえる』先行上映の際)訪れた時も同じものを注文した。多分、次回もそうなるだろう。
この店内も『きみの鳥はうたえる』の中で使われている。主演女優の石橋静河が珈琲を飲んでいたのがこの席だ。
また、カウンターは『海炭市叙景』に使われ、マスター役のあがた森魚がそこに立っていた。このシーンは、頭に焼き付いている。
帰りは、もう薄暗くなっていたが、函館の「朝市」・「自由市場」と並ぶもうひとつの市場「中島廉売」に立ち寄った。ほとんどの店はもう閉まっていたが、立ち食い寿司屋がまだ開いていた……。
4 その後の『佐藤泰志をさがして』 2022年1月~
2022年1月からの、『佐藤泰志をさがして』関連の流れを見てみる。
2022年1月31日、タウン誌『月刊 弘前』2022年2月号到着。著者が自らの著書を紹介するコーナー「特集 郷土出版」に拙著の自己紹介文が掲載される。題して「佐藤泰志文学のガイドブック」。
2022年3月12日、harappa映画館「函館発 佐藤泰志映画祭2」を計画したが、コロナ禍により中止(延期)。
2022年3月30日、朝日新聞(夕刊)「時代の栞(ときのしおり)」(この回は佐藤泰志『海炭市叙景』の特集)で拙著も紹介される。この月は、このコーナー担当の記者から電話とメールで取材を受ける。
2022年4月23日、中澤雄大『狂伝
佐藤泰志 無垢と修羅』購入。
ついに佐藤泰志の本格評伝が出版された。中澤氏がこの評伝を完成させることを、ずっと待っていた。待ちきれなくて、先に私が「初級篇」を出版してしまった。これからは、氏の『狂伝
佐藤泰志 無垢と修羅』を「中上級篇」として人に勧めたい。
実は、中澤氏は、中止となったharappa映画館「函館発 佐藤泰志映画祭2」のトークに飛び入りで参加しようと計画していたとのこと。上映会は中止となったが、氏は旅行をキャンセルせず私を訪ねてくれた。
2022年9月10日、延期していたharappa映画館「函館発
佐藤泰志映画祭2」開催(於 弘前中三デパート8階スペースアストロ)。
10:30 『オーバー・フェンス』
13:30 『草の響き』
15:40 トーク(ゲスト 菅原和博氏)
会場のロビーでは、佐藤泰志と映画についての小さな展示も準備。
今回も、地元の新聞「陸奥新報」が取材に来てくれた。
2022年9月17日、harappa映画館「函館発 佐藤泰志映画祭2」に連動して開講されたharappa school「映画化された佐藤泰志作品~『草の響き』まで~」(於 百石町展示館内「コトリカフェ」)のチューターを務める。
2022年10月15日、弘前市立郷土文学館「第6回 北の文脈講座」のチューターを務める。題して「『佐藤泰志をさがして』~函館出身作家の足跡を追う~」。
こうして2022年も、前年に引き続き、私と佐藤泰志をめぐる物語は進行した……。
5 函館幻視行 2022.12.4
2022年12月4日。かねてからの計画通り、外国人墓地界隈へ向かう。十字街電停から市電で終点の函館どつく前電停まで、天候が荒れる前になんとかたどり着いた。
「函館どつく」は、映画『海炭市叙景』で強烈な印象を残したロケ地である。しかし、原作で「函館どつく」が登場するのは『海炭市叙景』ではなく『そこのみにて光輝く』で、主人公の元職場という設定だったのだが、こちらの方は映画化にあたって別な設定となった。
いずれにしても、函館で制作される映画にとっては特別な場所であることは間違いない。
ここから、外国人墓地へ、ゆっくりと歩き出す。坂道だが、寒さをしのぐために歩くよりしょうがない。
目印としていた高龍寺の山門を過ぎると、やがて外国人墓地に見えてくる。中国人墓地から、ロシア人墓地、プロテスタント墓地……異国の地で亡くなった人々の墓は、みな海を向いている。この界隈を歩くのは、40数年ぶりだ。
今回、ここを散策しようと思ったのは、ただ若い頃を懐かしむためではない。映画『草の響き』の中で、立待岬へスケートボードで向かう少年が駆け抜けた道として撮影に使われたのが、外国人墓地の山側のこの道なのだ。無性に気になっていた。
そして、海側に見える屋根が、「函館検疫所台場措置場(旧函館消毒所)跡」。
現在は日本茶の喫茶「ティーショップ 夕日」として営業している。あまりの寒さに、躊躇せず飛び込む。
海を臨む窓側の席は大人気で、時間制限もあるという話だが、この日は私が一番乗り。この寒さだ。そもそも観光客も少ない。
まずは、お汁粉とほうじ茶のセット。やっと、体が温まってきた。
続いて、玉露のセット(八女茶)。ゆっくりしていたかった。
窓から見える景色が、出発を躊躇させる……。
結局、もう1軒喫茶に行って軽い食事をとり、ほぼ午前いっぱいをこの界隈で過ごしてしまった。少し急がなければ。
函館どつく電停へ急ぐ私の横を、人力車が走り抜ける。
市電で末広町を目指す。目的地は「函館市文学館」だが、途中立ち寄りたい場所があった。「緑の島」である。「新島襄海外渡航の地碑」を通り過ぎ、島へ向かう橋を渡る。
1996年一般開放された新しい埋立地「緑の島」は、映画『草の響き』の中で主人公(東出昌大)と少年たち(スケートボードの少年と姉弟)が出会う重要な場所だ。この島の道路を疾走する東出の姿は印象的だ。
寒さに耐えきれず、一巡りしただけで足早に島を去る。
程なく「函館市文学館」に到着する。
いつもはここを起点に「佐藤泰志巡礼」をスタートさせるのだが、今回は旅の終わりに訪れた。
例によって『海炭市叙景』単行本表紙原画の前に立ち、佐藤泰志コーナーの展示を確認する。佐藤泰志関連図書のスペースで拙著がまだ販売されていることに安堵し、係の人たちとしばし談笑する。やっと、著者として認知された……。
これで今回の旅を終えてもよかったのだが、函館駅へ向かう途中、もうひとつ立ち寄るべき場所があった。駅に隣接する「朝市」である。
現在の「函館朝市ひろば」、ここで佐藤泰志の両親は内地米(黒石米)を売っていた。その米は、青函連絡船で青森に渡って仕入れたものである。1979年から数年間、私は朝市の向かいのビジネスホテルに何度か宿泊したが、その都度市場の中を探索した。佐藤泰志の両親の店の前も通り過ぎたはずである。当時「内地米(黒石米)」と書かれた貼り紙が市場内にあったことを、鮮明に記憶している。
次に函館を訪れるときは、この朝市界隈の散策から始めようと思う。
6 その後の『佐藤泰志をさがして』 2022年12月『夜、鳥たちが啼く』公開
2022年、佐藤泰志の小説が新たに映画化された。『夜、鳥たちが啼く』、監督:城定秀夫、脚本:高田亮、主演:山田裕貴・松本まりか。1991年河出書房新社から出版された短編集『大きなハードルと小さなハードル』に収録された「夜、鳥たちが啼く」をベースに、同じくその短編集に収録された「鬼ガ島」等の要素を加えて紡ぎ出された話題作、と言っておこうか。
脚本の高田亮は、佐藤泰志原作映画2本『そこのみに光輝く』(2014年)と『オーバー・フェンス』(2016年)の脚本も担当している、いわば佐藤泰志映画の常連。それに、昨今評価の高い監督と役者たち。どんな化学反応が起きるか、見届けないわけにはいかない。
2022年12月9日全国公開、北東北では「盛岡ルミエール」でのみ上映。私も盛岡へ、映画館通りの端、老舗デパート「カワトク」の向かいにあるこの映画館に駆けつけた。12月17日、上映2週目に入っていた。
さて、この映画についての詳細は、後日書かれることになるだろう。初めて「函館発」ではない(つまり函館ロケではない)佐藤泰志原作映画の公開。新しいステージに入ったことは確かだ……。
<後記>
今回のテーマは、実は別々に発信する予定だった。2021年の『佐藤泰志をさがして』出版以降の報告である「その後の『佐藤泰志をさがして』」と、2022年12月の函館小旅行の紀行文である「函館幻視行」。しかし、私の中でこのふたつは切り離せないものだったので、結局合体させることにした。結果、あまりにも画像(写真)が多い通信となってしまったが、お許し願いたい。
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