2018年7-9月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。
「今年出会ったドキュメンタリー 2018年7-9月期」
2018年7-9月までに観たドキュメンタリーを列挙する。映画の方すべてDVDでの鑑賞。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、※はテレビ・ドキュメンタリー。
7月・・・『甘えることは許されない』(1975 柳澤壽男)
『そっちやないこっちや コミュニティ・ケアーへの道』(1982 柳澤壽男)
『スペシャリスト~自覚なき殺戮者~』(1999 エイアル・シヴァン)
『新世紀、パリ・オペラ座』(2017 ジャン=ステファヌ・ブロン)
『教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか』(2017 ドキュメントJ)※
『“悪魔の医師”か“赤ひげ”か』(2018 ETV特集)※
『犬の骨の花』(2018 NNNドキュメント)※
『ベールの詩人~声をあげたサウジ女性~』(2018 ドキュランドへ ようこそ!)※
『「私はパーキンソン病です」~あるカリスマ社長の足跡、信念、そして“熱狂”』
(2017 第26回FNSドキュメンタリー大賞・特別賞受賞作品)※
『崩れたシナリオ ~検証・今市事件~』(2018 テレメンタリー)※
『黒い証拠 白い証拠~袴田事件 再審を問う』(2018 ドキュメントJ)※
『私は産みたかった~旧優生保護法の下で~』(2018 ETV特集)※
『私は私を全うする~佐々木ばあちゃんの熊本地震~』
(2017 第26回FNSドキュメンタリー大賞・大賞受賞作品)※
『農業経営者・多田克彦』(2018 プロフェッショナル 仕事の流儀)※
8月・・・『映画の都』(1991 飯塚俊男)
『J:ビヨンド・フラメンコ』(2016 カルロス・サウラ)
『ダグマ~自爆テロへのボタン~』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
『シリーズ アメリカと被爆者』(2018 ETV特集)※
『“被爆樹木”ニューヨークへ~ヒロシマ・NY 二つのサバイバー・ツリー~』
(2018 BS1)※
『ママ・コロネル』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
『難民 希望への旅路』(2018 映像の世紀プレミアム)※
『葬られた危機 ~イラク日報問題の原点~』(2018 テレメンタリー)※
『おひとりさまの私』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
9月・・・『レジスタンスなう! この歌は届きますか…?』(2017 原田圭輔)
『We Love Television?』(2017 土屋敏男)
『ラーメンヘッズ』(2018 重乃康紀)
『ワールドカップ招致 闇の攻防』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
『KGBの刺客を追え』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
『イラン 禁断の扉』(2018 ドキュランドへ ようこそ!)※
『Aの衝撃~コメ王国の正体』(2018 ドキュメントJ)※
『微笑む仏~柳宗悦が見いだした木喰仏~』(2018 日曜美術館)
『行列ができる婆ちゃんコント』(2018 NNNドキュメント)※
『馬三家からの手紙』(2018 BS世界のドキュメンタリー)※
『わたしは誰 我是誰~中国残留邦人3世の問いかけ~』(2018 ETV特集 )※
『再会 ~日朝に別れた姉妹の58年~』(2018 テレメンタリー)※
毎回、「収穫」を選んでいるが、今回も数本紹介する。まず、映画から。
『甘えることは許されない』(1975 柳澤壽男)。近年、再評価が進む自主製作ドキュメンタリー映画の巨匠・柳澤壽男(1916-1999)。「福祉映画」というジャンルを超えて、その作品は私たちに凄みのようなもの、人間ひとりひとりの生きざまのようなものを提出する。『甘えることは許されない』は、仙台市のワーク・キャンパス(働きながら学ぶ園)で車椅子・松葉づえを頼りに技術習得を続ける人々を描いているが、単なるヒューマニズムでは終わっていない…6月からharappa school 「映画の時間~ドキュメンタリーの歴史をたどる」の講師をつとめている関係で、さまざまな歴史的作品に出会うことが多くなった。『そっちやないこっちや コミュニティ・ケアーへの道』(1982 柳澤壽男)も、こうして出会った。
『スペシャリスト~自覚なき殺戮者~』(1999 エイアル・シヴァン)。必要に迫られて、何度目かの鑑賞(というより内容のチェック)。観るたびに、新しい発見がある。詳しい内容については、かつて発表した文章があるので、そのまま掲載する。
「『スペシャリスト』は、1961年にイェルサレムで行われた元ナチスSS将校アドルフ・アイヒマンの裁判を記録したフィルムを編集したものである。1960年、ユダヤ人虐殺に重要な役割を果たしたとされる元SS将校アドルフ・アイヒマンが、アルゼンチンでイスラエル特務機関によって逮捕・拉致された。この裁判の傍聴記を書くために雑誌『ニューヨーカー』の特派員を志願したのが、政治思想家のハンナ・アーレントである。しかし、ドイツ生まれでナチスの迫害からアメリカに亡命し戦後アメリカで活躍していたこのユダヤ人女性の傍聴記は、大論争を巻き起こす。『イェルサレムのアイヒマン~悪の陳腐さについての報告』(1963年、日本語版は「みすず書房」刊)と題されたこの傍聴記の中で彼女は、ユダヤ人移送の責任者アイヒマンを法律や権力者に忠実なだけの平凡な小役人として描き、さらに「ユダヤ人評議会」つまりユダヤ人自身がユダヤ人虐殺の過程に手を貸したと論じた(あるいは「論じている」と解釈された)。とりわけ後者の部分が大きな論争を呼んだこの本の、前者の部分すなわち「悪の陳腐さ(あるいは凡庸さ)」という主題に共感して製作されたのがこの映画である。凡庸で勤勉で忠実な人間が巨大な犯罪の加担者になってしまう恐ろしさ、アーレントの指摘・見解に沿ってこの作品は編集された・・・
しかし、この映画の中のアイヒマンを「陳腐」で「凡庸」な人間という言葉だけで表現していいのだろうか。最初に観た際にも感じたのだが、アイヒマンの「ユダヤ人移送」における問題処理能力の優秀さはまさしく「スペシャリスト」と言えるものであり、「陳腐」で「凡庸」な「小役人」という言葉だけでは表現しきれないのではないか。優秀な官吏であり、しかし人間として大事なものが欠落している存在。今回も、映像はそのように訴えているように感じたし、であるからこそ「アイヒマン問題」は現代的テーマとなりうるのではないか。」(2005.8.27発行『越境するサル』№31「戦後60年目の<八月>に」より)
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『映画の都』(1991 飯塚俊男)。1989年、アジア初の国際ドキュメンタリー映画祭が山形市で開催された。現在も続く「山形国際ドキュメンタリー映画祭」である。その模様を、飯塚俊男監督が記録した貴重なドキュメンタリーがこの『映画の都』だ。天安門事件、ベルリンの壁崩壊…激動の年に山形を目指し世界各国から集結する記録映画作家たち。彼らを待ち受けるスタッフと地元の人々。世界と出会う観客たち。そして、1本の作品もコンペティションにノミネートされなかったアジアの作家たちは、小川紳介が司会進行をつとめるティーチインで自分たちが抱える様々な課題と現状を訴え、宣言する。「アジアにおけるドキュメンタリー映画の種を蒔き、いつの日か風と共に舞い上がるであろう!」。編集は小川紳介。撮影は大津幸四郎と加藤孝信。まさに記念碑的作品である。今回、「harappa school」で「ドキュメンタリーの歴史をたどる」シリーズの講師をしている関係でじっくりと鑑賞したが、時代の熱気を感じた…
『J:ビヨンド・フラメンコ』(2016 カルロス・サウラ)。「フラメンコ三部作」そして数々の舞踊音楽の芸術作品を世に送り出してきたスペイン映画界の巨匠、カルロス・サウラ。彼の生まれ故郷、スペインのアラゴン地方が発祥とされフラメンコのルーツのひとつである「ホタ」を通して、民族舞踊の多彩なスタイルを紹介する豪華なエンターテインメントショー。国民的フラメンコダンサー、サラ・バラスや、パコ・デ・ルシアの後継者と目され世界的に活躍するスーパーギタリスト、カニサレス…集結した最強のアーティスト陣の多彩なパーフォーマンスに酔いしれる90分。挿入された「スペイン内戦の記憶」が異彩を放つ。
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『レジスタンスなう! この歌は届きますか…?』(2017 原田圭輔)。2014年、沖縄・辺野古基地建設に反対する人々出会ったシンガーソングライター・川口真由美は、その後基地問題の実態と自らの平和への想いを歌に託し、彼らと連帯していく…彼女だけでなく、さまざまな人たちの反基地の行動と、弾圧の実態が描かれている「いま観るべき」ドキュメンタリー。ナレーションは月島紫音。
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『We Love Television?』(2017 土屋敏男)。アナログ放送から地上デジタル放送への切り替え期である2011年、「電波少年」シリーズなど数々の人気番組を手がけたプロデューサー土屋敏男はふたたび視聴率30%越えの番組の制作を目指して、萩本欽一に声をかける。実力派女優・田中美佐子と人気お笑い芸人・河本準一(次長課長)を共演者に、構成担当に放送作家・高須光聖、番組セット担当に猪子寿之率いるチームラボ…まったく新しい発想で動き出した番組制作の全貌を、この企画の発起人である土屋敏男が監督をつとめ、丹念に描いてゆく。萩本欽一の「遺書」とも言うべき、最初で最後のドキュメンタリー映画。
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『ラーメンヘッズ』(2018 重乃康紀)。専門誌のラーメン大賞を4年連続で受賞した「中華蕎麦 とみ田」(千葉 松戸)。ラーメン界を代表するこの店の店主・富田治に対する1年以上にわたる密着取材を中心に、日本のラーメン文化そのものを世界に向けて発信するドキュメンタリー。「谷ラーメン」(東京 有楽町)・「中華そば 井上」(東京 築地)・「鯛塩そば 灯火」(東京 曙橋)・「らぁめん 一福」(東京 初台)・「中華そば 葉山」(東京 牛込柳町)・「福寿」(東京 笹塚)…次々に登場する名店のこだわりを垣間見るだけでもエキサイティングな体験だが、後半、「とみ田」の10周年記念イベントで実現した、「らぁ麺屋 飯田商店」(神奈川 湯河原)店主・飯田将太と「Japanese Soba Noodles 蔦」(東京 巣鴨)店主・大西祐貴とのコラボで提供された200杯限定ラーメンの製作過程、そしてそのラーメンと出会うために行列するファンの姿は圧巻。
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テレビ・ドキュメンタリーからも数本。
『“悪魔の医師”か“赤ひげ”か』(2018 ETV特集)。今年3月に放送されたノーナレ「“悪魔の医師”か“赤ひげ”か」(25分) の拡大版(60分)。2006年、宇和島市の万波誠医師が行った「病気(修復)腎移植」。がんなど病気の腎臓の患部を切除して移植するこの特殊な手術は、学会やマスコミから批判を受けたが、一方で患者たちからは支持する声も広がっていた。この論争(騒動)の経過と現状を、当事者たちの証言をもとに描く。
『犬の骨の花』(2018 NNNドキュメント)。制作:青森放送。6年前、青森県立三本木農業高校の生徒たちが立ち上げた「命の花プロジェクト」。殺処分された犬や猫(捨てられたペットたち)の骨を砕き土に混ぜ、花を育てて頒布することで、命の尊さと殺処分の現状を伝えるという活動である。しかし、この番組で紹介された生徒たちの日々の生活(学習活動)は、このプロジェクトだけにとどまらない。常に「命」と向き合う真摯な姿、そして成長していく姿が、きっちり描かれている。秀作である。壇蜜のナレーションもいい。
『黒い証拠 白い証拠~袴田事件 再審を問う』(2018 ドキュメントJ)。逮捕から48年ぶりに自由の身となった袴田巌さん。しかし、再審への道はまだ遠い…事件をめぐる当時の捜査、裁判の流れを検証し、権力と司法に翻弄された袴田さんと関係者の歳月を追う。2018年5月27日、SBS静岡放送「SBSスペシャル」でこの作品は放送された(BSTBS「ドキュメントJ」の放送は7月21日)が、その後の6月11日、東京高裁は再審開始を認めない判断。弁護側は最高裁に特別抗告。この番組の徹底した検証は、ますます意義深いものになっていくだろう。
『私は私を全うする~佐々木ばあちゃんの熊本地震~』(2017 第26回FNSドキュメンタリー大賞・大賞受賞作品)。制作:テレビ熊本(2017年10月4日放送)。2016年4月14日、熊本地震で震度7を観測した熊本県の益城町。倒壊した家屋から脱出した佐々木君代さん(当時83)は、体育館の避難所に身を寄せるも1カ月で避難所を出て、全壊した自宅前の駐車場に廃材などを使ったテントを建てて暮らし始めた。「必ず、この地で家を再建する」と誓った彼女は、その後、ボランティア団体が用意したトレーラーハウスでの生活を経て、地震から4カ月後にようやく仮設団地へと入居。そして地震発生から1年後、ついに彼女は我が家を再建する…佐々木ばあちゃんの歩みの記録。
『ダグマ~自爆テロへのボタン~』(2018 BS世界のドキュメンタリー)。原題:DUGMA The Button。制作:Medieoperatørene(ノルウェー 2016年)。シリア政府と戦うアルカイダ系の組織ナスラ戦線。自爆テロ志願者カスワラはサウジアラビア人、国に母と妻と生後すぐに別れた娘を残している。もうひとりの自爆テロ志願者バジールはロンドンで生まれ育ちイスラム教に改宗、新妻は懐妊したばかりだ。爆弾を満載した改造トラックで敵地に乗り込み、運転席のダグマ(起爆ボタン)を押す…この作戦に対する彼らの信念、心の迷いを、ノルウェーの制作班が密着して取材する。2017年のモンテカルロ・テレビ祭など多数の賞を受賞。
『ママ・コロネル』(2018 BS世界のドキュメンタリー)。原題:MAMA COLONEL。制作:Mutotu Productions/Cinédoc Films(コンゴ民主共和国/フランス 2017年)。コンゴ民主共和国(旧ザイール)の地方都市キサンガニ。新たに赴任し“ママ・コロネル”(“お母ちゃん大佐”)と人々に慕われるオノリーヌ・ムンヨレは、かつての戦争で夫や子どもを殺された寡婦や呪術師に集団で虐待を受けた子どもたちの窮状を救おうと奮闘する…分断された被害者たち、地元社会による反対、山積みの問題を抱えながらも女性たちと子どもたちの為のシェルターを開設しようとする彼女の姿を、コンゴ出身の若手監督デュドネ・ハマディが追う。8月の「シリーズ 破戒」はこのほかに、『極右の妻たち~ギリシャ「黄金の夜明け」~』(ノルウェー 2017年)と『キューバ・リブレ ラップで闘う』(アメリカ 2015年)の2本。もう1本放送予定だった『イラン 禁断の扉』は放送延期(10月予定)。すべて、注目作品。
『KGBの刺客を追え』(2018 BS世界のドキュメンタリー)。原題:HUNTING THE KGB KILLERS。制作:True Vision Productions(イギリス 2017年)。2006年、ロシアの元スパイがロンドンで放射性物質を盛られて殺された「リトビネンコ事件」。当時の捜査員が語る、事件の「真実」とは。リトビネンコと面会したKGB関係者が立ち寄った寿司バーやホテルの部屋から検出された高濃度のポロニウム、モスクワへ飛んだイギリスの捜査員に襲いかかるロシア側の巧妙な妨害工作、そしてイギリス政府は「プーチン大統領が関与」と断定するが…いまも続く類似の事件を考えると、教訓に満ちたドキュメンタリーのように思える。9月の「シリーズ 虎の穴へ」はこのほかに、『美貌のスパイ マタ・ハリ』(ドイツ 2017年)・『フランス諜報員の告白』(フランス 2017年)・『ワールドカップ招致 闇の攻防』(デンマーク 2018年)の3本。
『馬三家からの手紙』(2018 BS世界のドキュメンタリー)。原題:Letter from Masanjia。制作:FLYING CLOUD PRODUCTIONS(カナダ 2018年)。思想犯などを収容する中国・馬三家収容所の実態が暴露され、世界的なニュースとなった。きっかけは、収容所での強制作業で作られ、アメリカに出荷されたギフト製品に隠された手紙。隠し入れたのは、法輪功のメンバーとして逮捕され収容所に送られた孫毅。手紙を見つけたのは、娘にハロウィンのプレゼントを買った主婦ジュリー。ニュースが流れた頃出所していた孫毅は、拷問や強制労働の実態を精密なアニメ画に描き、人権侵害を告発するための番組制作を開始する。そして彼は、国外に脱出する…9月の「シリーズ アニ × ドキュ」はこのほかに、『龍と闘う少女』(フランス 2016年)・『夜の孤独』(ノルウェー 2017年)・『乳牛たちのインティファーダ』(カナダ 2014年)の3本。「アニメ・ドキュメンタリー」の可能性を示す4本に注目せよ。
<後記>
映画館のスクリーンでドキュメンタリー映画を、というわけにはいかなかったのがこの3ヶ月間。しかし、テレビ・ドキュメンタリーについては、いつものように多くの秀作と出会うことができた。放映情報をまめにチェックすることを、これからも心がけたい。。
(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。