2015年7-9月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。
「今年出会ったドキュメンタリー 2015年7-9月期」
2015年7月から9月までに観たドキュメンタリーを列挙する。映画の方はいつもの通りほとんどがDVDでの鑑賞。スクリーンで観たのは1本。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、
※はテレビ・ドキュメンタリー。
7月・・・『ホドロフスキーのDUNE』(2013 フランク・パヴィッチ)
『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』(2013 RKB毎日放送)
『はんなり』(2007
曽原三友紀)
『酒中日記』(2015 内藤誠)
『廃炉への道 全記録 2015「“核燃料デブリ”未知なる闘い」』(2015
BS1)※
『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか
「未来への選択」第1回~第4回』(2015 NHKEテレ)※
『シリーズ 戦後70年 90歳のサッカー記者~日韓 歴史の宿命~』
(2015 NNNドキュメント)※
『“元少年A”へ~神戸児童連続殺傷事件 手記はなぜ~』
(2015 NNNドキュメント)※
8月・・・『ルック・オブ・サイレンス』(2014 ジョシュア・オッペンハイマー
青森シネマディクト)
『みつばちの大地』(2012 マークス・イムホーフ)
『ジョン・レノン,ニューヨーク』(2010 マイケル・エピスタイン)
『カンヌに愛される女の毎日の生き方 映画作家 河瀨直美』(2015 情熱大陸)※
『キャノン・ハーシー“ヒロシマ”への旅~なぜ祖父は語らなかったのか~前・後編』
(2015 BS世界のドキュメンタリー)※
『シリーズ戦後70年(8)宿命~トルーマンの孫として~』(2015 テレメンタリー)※
『いま甦る幻の映画「ひろしま」~受け継がれていく映画人の想い~』
(2015 ノンフィクションW)※
『沖縄 国際通り』(2012 新日本風土記・選)※
『吠える!映画監督・浜野佐知~私がピンクを撮る理由~』
(2015 ノンフィクションW)※
『あの時“日本だった”台湾①・②』(2015 深層NEWS)※
9月・・・『白夜のタンゴ』(2013 ヴィヴィアン・ブルーメンシェイン)
『旅するパオジャンフー』(1995 柳町光男)
『全身小説家』(1994
原一男 再)
『映像の世紀 デジタルリマスター版』(1995 NHKスペシャル BS1)※
『ゆきゆきて、原一男~反骨のドキュメンタリスト 70歳の闘争~』
(2015 ノンフィクションW)※
『シリーズ テロの脅威と監視社会』(2015
BS世界のドキュメンタリー)※
『沈黙を破る時~封印された墜落の記憶~』
(2014 FNSドキュメンタリー大賞ノミネート)※
『戦争とプロパガンダ~アメリカの映像戦略~』(2015 BS1スペシャル)※
『これが最後の「これでいいのだ!」~赤塚不二夫 最後のマンガ~』
(2015 BSプレミアム)※
毎回、「私のベストテン」とでも言うべき「収穫」を選んでいるが、2015年7-9月期の印象に残った作品について数本紹介する。まず、映画から。
『ホドロフスキーのDUNE』(2013 フランク・パヴィッチ)。1975年、伝説的カルト映画『エル・トポ』(1970)・『ホーリー・マウンテン』(1973) の監督ホドロフスキーはフランク・ハーバートのSF小説『DUNE』の映画化を企画する。「映画化不可能」と言われた原作を映画にするため、ホドロフス
キーとプロデューサーのミシェル・セドゥーは、そうそうたる顔ぶれのキャスト・スタッフを用意し、莫大な予算と12時間にも及ぶ上映時間を予定していた… しかしこの大作は、撮影を前に頓挫。この企画は「伝説」となった。その顛末をインタビューと膨大なデザイン画・絵コンテなどの資料で綴る、驚愕のドキュメ
ンタリー。
『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』(2013 RKB毎日放送)。2011年、ユネスコ「世界記憶遺産」に登録された山本作兵衛(1892-1984)による炭鉱の記録画と日記。日本有数の石炭生産
地・福岡県筑豊に生まれた彼は、7歳から子守のため炭鉱に入り、14歳から炭坑夫として50年間働き続けた。60歳を過ぎてから子孫のために炭鉱の記録を 残そうと記録画を描き始め、残された絵は1000枚以上。家族と関係者によって浮かび上がる「無名の人」作兵衛の業績とその人間像は、私たちの心にしっか りと記憶された。制作は福岡RKB毎日放送。さすがである。
『酒中日記』(2015 内藤誠)。『小説現代』で2007年から執筆をスタートし連載を続けている、評論家&エッセイストの坪内祐三のエッセイ『酒中日記』。この作品を原作とし て、『俗物図鑑』の内藤誠監督がメガホンをとる。坪内本人が主演をつとめ、めぐり歩くのは、新宿ゴールデン街の〈しん亭〉や文壇バー〈猫目〉、太宰治の小
説のモデルになったママが営む文壇バー〈風紋〉、銀座の文壇バー〈ザボン〉…出演は他に重松清、都築響一、亀和田武、杉作J太郎、中原昌也、康芳夫、南伸
坊、中野翠等。私が期待していたのは、たとえば昨年度BSジャパンで放送されていた『酒とつまみと男と女』のような、人と人とのわくわくするような出会い
(酒や肴との出会いも含めて)の記録だったが、『酒中日記』はすでにできあがっている「文壇」のお付き合いの記録というべき内容。それはそれで貴重なもの なのだが…
『ルック・オブ・サイレンス』(2014 ジョシュア・オッペンハイマー
青森シネマディクト)。1965年インドネシアで起こった「共産主義者」虐殺事件の加害者たちの内面に密着した前作『アクト・オブ・キリング』(2012)。今回、ジョシュ ア・オッペンハイマー監督は、被害者の側から加害者を見つめようと試みる。主人公は大虐殺で兄を殺されたアディ。兄の死後生まれた彼の村には、虐殺の加害
者たちが今も権力者として君臨し、老いた母は沈黙を強いられている。眼鏡技師として働くアディは、加害者たちに「無料の視力検査」を行いながら、彼らの罪 に迫っていく…2014年のヴェネツィア映画祭5部門受賞をはじめ、世界の各映画賞を次々に獲得、本国インドネシアでも反響を巻き起こした。間違いなく、
今年一番の注目作。
『みつばちの大地』(2012 マークス・イムホーフ)。「植
物の8割はミツバチが受粉し、受粉されなければ、果物も野菜もこの地上から姿を消してしまう。」しかし、世界のミツバチは急激に減少している。自らも祖父
の代からミツバチに親しんできたスイスのマークス・イムホーフ監督は、アメリカ・ドイツ・中国・オーストラリアなど世界各地を取材し、ミツバチをめぐる現 状と未来の可能性を探る。ミツバチに関する徹底した調査と分析は現代の文明に対する鋭い批評となっているが、私たちが驚かされるのは、かつて見たことのな
い素晴らしいミツバチの生態の映像である。この撮影のために、どれだけの技術と労力が必要であったか。そしてこの映像ゆえの説得力。ドキュメンタリーの特 性と可能性を考えさせられる作品である。
『ジョン・レノン,ニューヨーク』(2010 マイケル・エピスタイン)。1971年、ビートルズ解散後、ジョン・レノンはオノ・ヨーコとともにニューヨークへ移住する。ベトナム反戦運動、公民権運動、さまざまな動きに巻き込まれていくジョンとヨーコの日々…
『白夜のタンゴ』(2013 ヴィヴィアン・ブルーメンシェイン)。
冒頭、フィンランドが誇る映画監督アキ・カウリスマキが語る。「アルゼンチン人はタンゴの起源を完全に忘れてしまっている。タンゴはフィンランドで生まれ たものなのだ。」ブエノスアイレスで活動しているアルゼンチン人タンゴミュージシャン、チーノ、ディピ、パブロ・クレコの3人は、この説を確かめるため
フィンランドに旅立つ。そして、シャイで寡黙な、自分たちのタンゴとは違うタンゴに触れる。
『旅 するパオジャンフー』(1995 柳町光男)。歌や踊りなどの芸を見せながら薬を売って旅を続ける、台湾の職業パオジャンフー。彼らの日常をとらえたこのドキュメンタリーは、歌と踊りと火
吹きなどの芸を披露しながら皮膚疾患の薬を売り歩く家族それぞれの姿を中心に、引退した老パオジャンフー、蛇使いの一座などの様子をまじえて構成されてい る。監督は『十九歳の地図』(1979)・『さらば愛しき大地』(1982)・『愛について東京』(1993)の柳町光男。撮影は田村正毅。ヴェネチア国際映画祭正式出品作品。2ヵ月に及ぶ台湾ロケ、30時間にも及ぶフィルム、今までビデオ化すらされていなかった「幻のドキュメンタリー」。
『全身小説家』(1994 原一男)。1992年、癌で亡くなった小説家・井上光晴。彼の晩年の5年間を『ゆきゆきて、神軍』(1987)の原一男が追う。井上が創設した文学伝習所の生徒たち、埴谷雄高、瀬戸内寂聴らの証言、癌との闘病生活の映像、履歴や原体験を詐称して創りあげられた「文学的虚構」…まさしく「全身小説家」。WOWOWで放送されたおかげで、10数年ぶりの鑑賞。
テレビ・ドキュメンタリーからも数本。
『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 「未来への選択」第1回~第4回』(2015 NHKEテレ)。戦後70年を迎えようとする日本。NHKは、新たな証言で構成する「戦後史証言プロジェクト」を2013年7月からスタートさせたが、2015年7月は「未来への選択」前半(第1回~第4回)。「第1回 高齢化社会 医療はどう向き合ってきたのか」、「第2回 男女共同参画社会
女たちは平等をめざす」、「第3回 公害先進国から環境保護へ」、「第4回 格差と貧困 豊かさを求めた果てに」、きわめて現代的なテーマについてのタイムリーな「おさらい」であり、また新たな発見も多い。個人的には、「第4回」に登場した「朝日訴訟」の朝日茂さんとその周囲の人々の映像が印象的だった。
『キャノン・ハーシー“ヒロシマ”への旅~なぜ祖父は語らなかったのか~前・後編』(2015 BS世界のドキュメンタリー)。1946年、ア メリカで初めて原爆被害の惨状を伝えたルポルタージュ『ヒロシマ』が発表された。著者はピュリツァー賞受賞記者のジョン・ハーシー。その孫でアーティスト
のキャノン・ハーシーは、祖父がどのような思いで本を執筆したのかを知るため調査を開始し、広島を訪れ、関係者や被爆者と出会う。悲劇の記憶を共有し、伝 えることの意味を考える、日米共同制作。語り(キャノン・ハーシー役)は伊勢谷友介。
『シリーズ戦後70年(8)宿命~トルーマンの孫として~』(2015 テレメンタリー)。 原爆投下を命令したトルーマン大統領の孫、クリフトン・トルーマン・ダニエル。2012年、彼は和解を求めて初めて被爆地を訪れるが、そこで「謝罪」を求 めるたくさんの声と出会う。その後彼は、被爆者と会い、証言を集め続ける。そしてそれは、一冊の本という形に結実しようとしている…『シリーズ戦後70年』は4月から次の7本が放映された。『(1)ミャンマーのゼロファイター~動き出した遺骨調査~』・『(2)二つの戦争~翻弄された日本兵と家族たち~』・『(3)皇軍大笑~“笑い”が国策だった時代~』・『(4)落日の炭都(まち)で~石炭の光と影』・『(5)満州に進撃せよ!~草原に眠るソ連軍巨大基地~』・『(6)シベリアからの遺言』・『(7)空に舞った徒花~風船爆弾悲劇の記録~』。なお、この次の週は『(9)爆心地から世界へ』。
『いま甦る幻の映画「ひろしま」~受け継がれていく映画人の想い~』(2015 ノンフィクションW)。原爆投下から8年後の1953年、原爆投下直後の広島を実写で撮影した映画が撮影された。月丘夢路、山田五十鈴、岡田英次ら当時のスターと被爆者を含む延べ9万人のエキストラが参加した、広島撮影のこの映画『ひろしま』は、全国公開されず「幻の映画」となっていたが、2015年、再上映を目指して映画人たちが動いた…
『あの時“日本だった”台湾①・②』(2015 深層NEWS)。BS 日テレ「深層NEWS」で二夜にわたって放送された「戦後70年スペシャル」。第二次世界大戦を“日本人”として戦った台湾人たちへのインタビューとスタ ジオからの開設で、皇民教育を受けた台湾の「日本語世代」の戦争体験に迫る。従軍看護婦、甲子園で活躍した嘉義農林学校の関係者、海軍志願兵、陸軍航空隊
整備兵、陸軍飛行士…日本敗戦後、“日本人”でなくなった人々の証言を掘り起こした画期的な特集。
『映像の世紀 デジタルリマスター版』(1995 NHKスペシャル BS1)。1995年に放送されたNHKスペシャル『映像の世紀』。世界中から20世紀の映像記録を収集し構成したこの画期的なドキュメンタリーシリーズ が、ハイビジョン版として蘇えり、一挙放送された。「1.20世紀の幕開け」・「2.大量殺戮の完成」・「3.それはマンハッタンから始まった」・「4. ヒトラーの野望」・「5.世界は地獄を見た」・「6.独立の旗の下に」・「7.勝者の世界分割」・「8.恐怖の中の平和」・「9.ベトナムの衝撃」・ 「10.民族の悲劇果てしなく」・「11.JAPAN 世界が見た明治・大正・昭和」、VHSに録画して何度も何度も繰り返しチェックし、授業にもどれだけ利用したかわからない現代史物の定番。20年が経過し ても色あせることのない傑作シリーズの再放送に続き、10月からNHKスペシャル『新
映像の世紀』がスタートする。これも見逃せない。
『シリーズ テロの脅威と監視社会』(2015 BS世界のドキュメンタリー)。『シリーズ
テロの脅威と監視社会』は、「監視社会」が進行するアメリカを告発する4本のドキュメンタリーの特集。『“差し迫った脅威”~合衆国憲法と大統領権力~』(2014 アメリカ)は、9.11後のアメリカの市民に対する監視システムの強化を、皮肉を込めて描く。『アメリカン・アラブ』(2013 アメリカ)は、9.11後のアメリカ社会で、アラブ人・イスラム教徒が生きていくことの困難さを描く。『“超監視社会”に生きる』(2015 フランス)は、政府や企業によるデータ収集と個人の自由との関係について告発する。ウィキリークスやスノーデンについても、「犯罪者」という一面的な見方はしていない。『1971』(2014 アメリカ)は、「ウォーターゲート事件」の前年、1971年に反戦運動家らによってFBIの機密文書が盗まれ、その内容が世間に公表された事件の真相に迫る。事件関係者が実名で登場する画期的な作品となった。
『ゆきゆきて、原一男~反骨のドキュメンタリスト 70歳の闘争~』(2015 ノンフィクションW)。ドキュメンタリー映画監督・原一男。『ゆきゆきて、神軍』(1987)・『全身小説家』(1994)などで世界的に評価された原だが、この20年間、ドキュメンタリー映画を制作していない。その原が、8年間追い続けているのが、大阪のアスベスト災禍に苦しむ人々。しかし、映画はしまだ完成していない。新作の出来に納得がいかない原は、複数の企画を同時に進行させつつ、もがき続ける…原一男と妻の壮絶な人生が、静かに淡々と描かれている。こういうドキュメンタリーが観たかった。
『沈黙を破る時~封印された墜落の記憶~』(2014 FNSドキュメンタリー大賞ノミネート)。米軍基地に隣接する沖縄県うるま市川崎。1961年12月、米軍ジェット機がこの町に墜落した。その2年前の宮 森小学校ジェット機墜落事故とともに、記憶を封印されたこの被害の実像を、沖縄テレビの取材班が追う。ついに口を開いた被害者、当時の映像の検証、記憶を
残そうと活動する人々、「日米地位協定」の現実…沖縄そして日本の現実を読み解くテキストともなりうる意欲作。初回放送は2014年11月フジテレビ。 BSフジでほぼ10カ月遅れで放送(日曜深夜)される「FNSドキュメンタリー大賞」は秀作揃い。
最後に、9月27日・28日にNHKBSプライムで放送された「ザ・
ベストテレビ2015」を紹介する。国内テレビ番組の“グランプリ受賞作”をドキュメンタリー番組を中心に紹介してきた「ザ・ベストテレビ」だが、 2015年は、放送界を代表する7つのコンクールのドキュメンタリー部門で最高賞を受賞したNHK・民放制作の作品を全編紹介。民放連賞テレビ教養番組「SBCスペシャル
刻印~不都合な史実を語り継ぐ」(信越放送)・ATP賞「BS1スペシャル
憎しみとゆるし マニラ市街戦 その後」(NHKエデュケーショナル、椿プロ/NHK)・放送文化基金賞「ETV特集 薬禍の歳月~サリドマイド事件50年」(NHK)・日本放送文化大賞「NNNドキュメント マザーズ~特別養子縁組と真実告知」(中京テレビ放送)・文化庁芸術祭賞「君が僕の息子について教えてくれたこと」(NHK)・ギャラクシー賞「QABドキュメンタリー 裂かれる海~辺野古 動き出した基地建設」(琉球朝日放送)・“地方の時代”映像祭賞「NHKスペシャル
里海瀬戸内海」。ゲストは森達也、梯久美子。私がこの通信ですでにチェックした作品も含まれているが、平成26年度のテレビ・ドキュメンタリーの見取り図として評価されるべき番組だ。
<後記>
最近、ドキュメンタリーの報告以外低調な状況が続いている。2016年に向けて、リニューアルも含めて、内容充実のための策を考えてみたい。
次号は、少し早めの「2015年、その後の『サル』」。その中で、リニューアルについても言及したい。しばらく、充電期間も必要かもしれない。
(harappaメンバーズ=成田清文)
※『越境するサル』はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。