2020年2月27日木曜日

【越境するサル】№.197ドキュメンタリー時評 2020年2月 ~地方で作品を上映するということ~(2020.02.26発行)


「ドキュメンタリー時評」第2回は、「地方で作品を上映するということ」について考えてみたい。

 前回、地方でドキュメンタリー映画に出会うことの難しさについて述べたが、ならば観たい映画を自分たちで上映してしまおうという考えにたどり着くのは時間の問題だ。そして実際私は学生時代にいくつかのドキュメンタリー映画の自主上映に関わったが、10年ほど前からかなり本気で映画の上映活動に参加するようになり、その中でドキュメンタリー映画の特集を企画するようになった。「harappa映画館の中のシリーズ「ドキュメンタリー最前線」がその舞台である(注)。今年も2月、その上映会を迎えた。
 「ドキュメンタリー時評 20202~地方で作品を上映するということ~」  2020215日、「第33harappa映画館/ドキュメンタリー最前線2020―憲法映画祭」が開催された。場所は弘前市中三デパート8階「スペースアストロ」、harappa映画館の会場として市民に10年以上親しまれてきたお馴染みの「小屋」である。

 
 今回の上映は「日本国憲法」をテーマとする、あるいは関連すると思われる3本。 誰がために憲法はある2019 井上淳一)は、女優の渡辺美佐子自らが中心メンバーとなりスタートさせた原爆の悲劇を伝える朗読劇と、これも渡辺美佐子が演じる日本国憲法を擬人化した一人語り「憲法くん」を2本の柱として構成された作品である。

渡辺が一気に暗唱する日本国憲法前文の精神と、渡辺とベテラン女優たちの朗読劇をめぐる思いが、シンプルに伝わってくる。若松孝二監督に師事し、劇映画の監督・脚本家、ドキュメンタリーの監督として活躍する井上監督の「憲法に関する映画が一本も上映されない国で、僕は映画に関わり続けることはできない」という言葉(これはパンフの中にある)がリアルに響く。

▼『誰がために憲法はある』予告編
 



  主戦場2018 ミキ・デザキ)は、日系アメリカ人のミキ・デザキ監督が慰安婦問題に切り込んだ「問題作」である。この映画の上映をめぐって出演者から裁判が起こされ、上映を企画すること自体がニュースとなった。もっとも私は、盛岡の映画館で普通に鑑賞した。20198月のことだ。

 慰安婦問題に関する自分の疑問を解消するため、デザキ監督は30名を超える日米韓の論争関係者を訪ねまわり、インタビューを繰り返し、ニュース映像や記事を分析し、問題の整理を試みる。慰安婦たちは「性奴隷」だったのか?「強制連行」は本当にあったのか?なぜ慰安婦たちの証言はブレるのか?…
はたして疑問点は整理され、明確な答は見つかったのか。それは私たち一人ひとりがこの映画を観て考えるしかない。私としては、映画の中の「右派」の人々(はたして「右派」と呼んでいいのか疑問はあるが)を「歴史修正主義者」と括る必要はなかったのではと思う。監督の「整理」のための手法なのだろうが、彼らの言葉だけでも私たち観客は判断することができた。

▼『主戦場』予告編





 ヤクザと憲法2016 圡方宏史)は、東海テレビ放送が制作した、もともとテレビ・ドキュメンタリーから出発した作品である。


 暴力団対策法・暴力団排除条例以降のヤクザの実態を知るため、大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」の内部に入ったキャメラは、かつて殺人事件実刑判決を受けた会長と部屋住みの青年の日常を追う。「ヤクザとその家族に人権侵害が起きている」と語る会長、彼らの人権のために尽力する弁護士…時として矛盾する私たちの人権意識の根幹に迫る作品の前で、私たちは立ち尽くすしかないのか。

 ▼ヤクザと憲法』予告編  


 
 3本とも予想を超える入場者数だった。自分が観たい、観せたい映画は、上映する価値があるのだと改めて思う。特に『主戦場』はさまざまな妨害が予想されたが、ほぼ満員の中で上映することができた。意見の違いがあっても普通に上映すること、普通に上映できることの大切さを学んだ気がする。
これからも、地方で、自分たちの土地で、ドキュメンタリー作品を上映し続けることにこだわりたい。 


この上映会の翌日、青森市シネマディクトで『台湾、街かどの人形劇』(2018 楊力州)を鑑賞した。侯孝賢の映画『戯夢人生』(1993)などに出演した俳優で台湾布袋戯(ほていげき)の巨匠である人形遣い李天禄と、その息子で同じく台湾布袋戯の巨匠・陳錫煌(こちらが主役なのだが)を描いた重厚なドキュメンタリーである。

▼『台湾、街かどの人形劇』予告編




また、この日の夜、八戸市フォーラム八戸で『さよならテレビ』(2019 圡方宏史)を鑑賞。前夜の「ドキュメンタリー最前線」で上映した『ヤクザと憲法』と同じ東海テレビの制作で、監督も同じ圡方宏史。自らのテレビ局にキャメラを入れた「伝説のテレビ・ドキュメンタリー」の映画版であり、おそらく2020年を代表する話題作になること必至の作品である。

▼『さよならテレビ』予告編  





なお、これから3月までの上映日程の中では、青森市シネマディクト『ハード・ディズ・ナイト』(1964 リチャード・レスター)が要注目。旧邦題は『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』、「公開55周年記念上映」である(3/214/3)。 



八戸市フォーラム八戸『プリズン・サークル』(2019 坂上香)も見逃せない。初めて日本の刑務所にキャメラが入り、更生を促す新しいプログラムを長期撮影した作品である(3/1319)。 


▼『プリズン・サークル』予告編  


来年度の「ドキュメンタリー最前線」に向け、着々と候補作品のチェックは進む…  

(注) 「ドキュメンタリー最前線」および「弘前りんご映画祭」等でharappa映画館が上映した、あるいは上映に関わったドキュメンタリー映画を列挙する。 2010『台湾人生』(2009 酒井充子),『あんにょん由美香』(2009 松江哲明),『ライブテープ』(2009 松江哲明)2011『レフェリー 知られざるサッカーの舞台裏』(2009 イヴ・イノン他),『100,000年後の安全』(2010 マイケル・マドセン)2012『精神』(2008 想田和弘),『Peace』(2010 想田和弘),『トーキョードリフター』(2011 松江哲明),『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(2010 佐々木芽生)2013『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』(2012 佐々木芽生),『こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(2009 片岡英子),『フタバから遠く離れて』(2012 舩橋淳)2014『映画「立候補」』(2013 藤岡利充),『台湾アイデンティティー』(2013 酒井充子),『ディア・ピョンヤン』(2005 ヤン・ヨンヒ),『愛しきソナ』(2009 ヤン・ヨンヒ),『椿姫ができるまで』(2012 フィリップ・ベジア)2015『フタバから遠く離れて 第二部』(2014 舩橋淳),『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2013 リティ・パニュ),『ある精肉店のはなし』(2013 纐纈あや),『ふたつの祖国、ひとつの愛ーイ・ジュンソプの妻ー』(2014 酒井充子)2017『ジョーの明日ー辰吉丈一郎との20年ー』(2016 阪本順治),『袴田巌 夢の間の世の中』(2016 金聖雄),『FAKE』(2016 森達也)2018『祭の馬』(2013 松林要樹),『被ばく牛と生きる』(2017 松原保),『息の跡』(2017 小森はるか)2019『津軽のカマリ』(2018 大西功一),『ザ・ビッグハウス』(2018 想田和弘),『台湾萬歳』(2017 酒井充子) 


 <後記>   次号は未定。3月に予定していた旅行を断念したため、考えていた紀行文も発信できなくなった。4月には「ドキュメンタリー時評」を発信する予定だが、そのほかは全く計画が立たない。「珈琲放浪記」も今のところ休止状態。当分、「ドキュメンタリー時評」に専念ということになりそうだが、200号以降新しい展開も考えたい。


(harappaメンバーズ=成田清文)※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的に配信されております。