8月25日、映画『きみの鳥はうたえる』の函館先行上映がスタートした(※注1)。函館出身の作家・佐藤泰志原作映画第4弾、待ちに待った公開である。もちろんその初日、私は駆けつけたが、今回、映画館のほかに、行ってみたい場所があった。それは珈琲に関わる場所であり、映画の記憶にもつながる場所だった…
「珈琲放浪記~函館、映画の記憶と珈琲~」
午前10時46分、新幹線と在来線を乗り継いで、函館駅に到着した。これもちょうど初日のGLAY野外コンサートに向かう人々で混雑する函館駅を抜け出し、まず腹ごしらえに向かったのは自由市場。駅や朝市、ベイエリアや元町からできるだけ離れるのが賢明と思われた。駅から歩いて15分、新川町電停に近い自由市場を訪れるのは2回目だが、函館に来て最初の食事はここにしようと決めていた。海鮮を味わえる「カフェ」で刺身定食…映画館に向かう準備は整った。
市電で五稜郭電停を目指す。そこから歩いて数分、市民映画館「シネマアイリス」にたどり着く。座席数66の小さな劇場だが、ミニシアター系の映画を中心に組まれたプログラムは充実していて、この映画館があるというだけで函館に住みたくなる。
『きみの鳥はうたえる』は、佐藤泰志が1981年に発表した(『文藝』)長編小説で、第86回芥川賞候補となった。1982年には河出書房新社より出版された彼の最初の作品集(同名)に収録された。この作品について、かつて私は次のように紹介している。
「『きみの鳥はうたえる』の主要な登場人物は3人。本屋の店員の『僕』と、同じ店で働く佐知子、『僕』と同居する失業中の静雄、21歳の3人の共同生活ともいえる夏の日々が描かれる。ジャズ喫茶、ビートルズへの思い、深夜映画館、若者がたむろす酒場…70年代そのもののような舞台設定の中、出会い・揺れ動く心・別れの予感・あやうい友情といった『青春小説』のすべての要素が詰め込まれたこの作品は、青春を描き続けた佐藤泰志の一つの到達点といえる。女1人に男2人という『黄金の組み合わせ』によるストーリー展開は他の佐藤作品に比べてもリズミカルで、思わず映画化されたものを観てみたいという誘惑に駆られてしまう。」(2006、『越境するサル』№39「佐藤泰志、きみの鳥はうたえるか?」より)
今回映画化された作品では、舞台を原作の東京から現代の函館に移し、大胆な翻案がなされた。だが、「出会い・揺れ動く心・別れの予感・あやうい友情」という要素(というより骨格)は継承され、「函館の夏」を生きる青春の物語として強く印象に残る作品に仕上がっている。エンドロール後もまだまだ物語は続いていくと思わせる、このリアルさ、存在感は何だ…
主役の「僕」には柄本佑、静雄には染谷将太、佐知子には石橋静河。若手実力派が揃った。監督は注目の新鋭・三宅唱。今年屈指の話題作になることは間違いない。
佐藤泰志は、私にとって最も大切な作家のひとりであり、一連の映画化作品の上映もまた大切なイベントであった。この通信でも何度か、熱っぽく報告してきた(※注2)。
最近では一昨年(2016年)、佐藤泰志原作映画第3弾『オーバー・フェンス』試写会の体験をもとに、「北海道新聞(道南版)」に紹介文を書かせてもらった。佐藤泰志とその原作映画とのつきあいは、いつまでも続きそうである…
さて、佐藤泰志原作映画すべてのプロデュースに携わってきたのが、「シネマアイリス」オーナー菅原和博氏である。実は菅原氏は、喫茶店(珈琲店)も経営しているのだが、その店を訪れるのが今回のもうひとつの目的である。
店の名は「水花月茶寮(みかづきさりょう)」。五稜郭電停から産業道路方面へ(というより産業道路の近くまで) キロ。富岡の住宅街の中にある「隠れ家」のような喫茶だ。
思いのほか広い店内に驚きつつ、右手のカウンターに目を移す。ああ、ここが、かつて佐藤泰志原作映画第1弾『海炭市叙景』の撮影に使われたカウンターだ。映画の記憶が蘇る。ここに、喫茶店のマスター役のあがた森魚が立っていた…今回の『きみの鳥はうたえる』で撮影に使われたテーブル席も確認できた。石橋静河が座っていた椅子だ…
「ブレンドB(ほろ苦)」と「チーズケーキ」のセットを注文する。ブレンドBは、懐かしい、記憶の中の北海道(というより札幌)の珈琲だった。フレンチローストだろうか。苦いのに、優しい味だ。チーズケーキも、癒される味だ。これほど珈琲やケーキをゆったりと味わえたのは、いつ以来だろうか…
「シネマアイリス」のチラシや展示会のカードと一緒に、土産の珈琲豆(ブレンドBとマンデリン)を買って店を出た。また、いつか、いや近いうちに再び訪れることだろう。函館駅からのアクセスも、思っていたより簡単だった…
午後8時発の列車で新函館北斗駅に向かい、そこから新幹線で新青森を目指した。出発前に、閉店が決まった「棒二森屋」デパートの中を歩き、その後、大門横丁界隈を彷徨った。
様変わりはしたが、相変わらず函館は「記憶の中の街」だった。
(※注1)
次は、公式ホームページ。
http://kiminotori.com/
(※注2)
次は、『越境するサル』№143「『函館発 佐藤泰志映画祭』~上映会への誘い~」(2016)。この号にはバックナンバーとして、「函館にて」(1996)・「佐藤泰志、きみの鳥はうたえるか?」(2006)・「『佐藤泰志作品集』、17年ぶりの再デビュー」(2008)・「『海炭市叙景』、函館先行上映」(2010)の4本も収録している。佐藤泰志について『越境するサル』に書いたのは、これですべてである。
<後記>
とっておきの映画(映画館)と、とっておきの珈琲(珈琲店)。自分にとって大切なものに向かう旅。その前後の昼飯や夕飯、酒も含めて、最高の日帰り旅…
次号は、「上映会への誘い」。
(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。