2013年6月21日金曜日

【映画時評】#39「『奇跡のリンゴ』を見て~ランドマークが持つ力、または、岩木山の圧倒的存在感~」


主役の阿部サダヲと菅野美穂を迎えて、5月21日に開催された『奇跡のリンゴ』の弘前凱旋プレミアイベントでは、上映後に興味深い場面がいくつかあった。

木村秋則さんを演じた阿部が、「意外といい映画じゃないですか」と発言したのは、全編を通して見るのが初めてだったことを想像させた。上映中に席をはずしたことを阿部に指摘された木村さん本人が、「あまりにリアルで」とその理由と映画の感想を述べたのは、映画に再現された無農薬リンゴ栽培に取り組んだ家族のご苦労の数々を思い出されたからだろう。スポーツ新聞等の芸能欄では「菅野美穂号泣」と報道されたが、妻の美栄子を演じた菅野が木村夫妻と一緒に映画を見て、感極まって言葉に詰まったのも印象深かった。

旧岩木町(現弘前市)にUターンした秋則は、木村家の婿になり、リンゴ作りに従事する。何事につけ答えを見つけなければ気がすまない秋則は、農薬を散布するたびに体調を崩す妻の姿に、消費者が食べて安全なリンゴを作ることと、生産者が安全にリンゴを作ることを両立させるために、不可能と言われた無農薬リンゴ作りに取り組む。「バカ」「かまど消し」と呼ばれ、村八分の扱いを受けるが、秋則の苦闘に光明は見えない。そして秋則はある決心をして岩木山中に向かう。

2年前、『津軽百年食堂』と『わさお』を取り上げた「ご当地映画一刀両断」と題した本欄の文章で、「普段見慣れた風景が画面の中に映っていることを楽しむことと、映画自体が面白いかは異なる。つまり、地方ロケの映画においては、その地域の風景や風俗の記録というドキュメンタリー的な関心にとどまらない面白さがあることが、その映画が撮影された土地以外の人々に広く受け入れられるために重要なのである。」と書いたことがある。

ご当地映画では、画面に映し出されるロケ場所を特定しながら映画を見ることになりがちだ。その場所を知っていればいるほど、その誘惑に屈する可能性がある。それは「木を見て森を見ず」的な行為に陥って、映画の全体を見誤ることにもなりかねない。

岩木山が見えるところが「津軽」だと何かで読んだ記憶があるが、この映画では物語の背景に常に岩木山がある。四季折々の、また一日のさまざまな時間の岩木山が、都合18回ほど映し出される。岩木山をこれだけ見ているうちに、藤田記念庭園をはじめとする一つ一つのロケ地はいい意味で埋没する。そして津軽に住むぼくたちでさえ、余計なことを考えずに映画の世界に身を委ねることになるのである。

秋則が家族に、特に妻の美栄子に支えられて奇跡のリンゴ作りに至るまでの物語は、観客の共感を呼ぶに違いない。だがこの映画には陰の主人公が存在する。岩木山である。秋則が岩木山中で、無農薬リンゴ作りの決定的なヒントをつかんだとき、「なして、今まで教えてけながったのさ」と岩木山に向かって叫ぶシーンを見れば、それは明らかだ。

津軽のランドマークである岩木山が持つ圧倒的な存在感を確信して、岩木山を映画の中央に据えた中村義洋監督の着想に感心する。そして、ぼくの脳裏には、陸羯南の「名山出名士」という漢詩の一節がこだましている。

(harappa映画館支配人=品川信道)[2013年6月18日 陸奥新報掲載]

▼『奇跡のリンゴ』予告編

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