2018年2月2日金曜日

【越境するサル】№.167 「『越境するサル』的生活 2017-2018 ~八戸、そして上野~」(2018.1.31発行)


 これまで、弘前や青森を中心に(一度、山形を舞台にした)自らの行動と精神生活を記述してきたが、まるで自分の街のように歩ける場所は他にもある。今回、八戸と東京・上野の街歩きの一部を「『越境するサル』的生活」として報告する。

 
      「『越境するサル』的生活 2017-2018 ~八戸、そして上野~」



2017年12月 八戸

  午前9時51分、JR八戸線小中野駅に降り立つ。ここから隣の陸奥湊駅まで、線路を右手に見ながらゆっくりと歩くことに決めていた。コートのポケットには最近手に入れたばかりのスマホ。おおよその地図は頭に入っているつもりだが、おそらく何度か道に迷うだろう。その時、このスマホが助けてくれるはずだ 


 前日の金曜日、八戸に着いた。JR奥羽線と新幹線を乗り継いで、本八戸駅に到着したのが午前9時47分。今回の最初の目的地である映画館「八戸フォーラム」には10時過ぎにたどり着いた。ちょうどこの日まで、エミール・クストリッツァ監督の新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』(2016)が上映されていた。


 『オン・ザ・ミルキー・ロード』は、『パパは出張中!』(1985)と『アンダーグラウンド』(1995)で2度カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)を獲得した、旧ユーゴスラビアの映画監督エミール・クストリッツァの新作。戦時下の村でミルクを運搬する主人公と義兄の花嫁が繰り広げる愛の逃避行の物語。監督自身が主役をつとめ、ヒロインには「イタリアの宝石」モニカ・ベルッチ。戦火の中、破天荒な逃避行を繰りひろげる二人を延々と描き続けるこの作品は、ラブロマンスであり冒険活劇であり戦争への寓話であり、クストリッツァの集大成と言うべき「怪作」である。全編に流れる音楽(監督はミュージシャンでもある)の心地よさと、モニカ・ベルッチの美しさに身をゆだね、映画の幸福を感じる125分。

   映画の余韻を感じながら、街へ出た。最近、映画を素直に楽しめるようになっていた。これまでは、ドキュメンタリーや社会派のドラマ、あるいは現代史に関する実録的な作品と出会うために他の街を訪れることが多かったのだが、「この作品を観たい」という欲求を優先させることが増えてきた。自然な流れと言うべきだろう。もちろん、今までの傾向も残しつつだが。

   八戸には、いくらか土地勘があった。30年ほど前、隣りの町に住んでいたのだ。その後、時おり仕事で訪れていて、お気に入りの場所も持っていた。

   今回の小旅行にはいくつかの目的があったが、2本の映画の鑑賞を除けば、ひどく曖昧な、ほとんど行き当たりばったりの理由によるものばかりだった。

   たとえば、この2週間ほど前、青森県立美術館の「伊藤二子×石澤暁夫 スーパーコラボ展」を訪れた際、「非具象」の画家を自称する伊藤二子氏がかつて八戸市内の民芸品店「ののや」の主人だったことを知り、その店で何点かの白磁のコーヒーカップを買い求めた記憶がよみがえり、さらにその店があるビル「いわとくパルコ」の昭和そのもののようなたたずまいが好きで、ビルの中を散策していた記憶まで鮮明になり、これはもう行くしかないと思ったこと。







 たとえば、そのビルの目の前にある屋台村「みろく横丁」で「馬刺し」を食べたいと、ふいに思ったこと。これは、私が必ず「馬刺し」と日本酒「田酒」を注文していた青森市古川界隈の店「侍」が数カ月前閉店になり、それによって生じた心の隙間を埋めたいという心理が働いたからだと思われるが。

   たとえば、夏に一度だけ訪れた陸奥湊駅前の市場通りを思い出し、「みなと食堂」の「平目漬け丼」をもう一度食べたくなったこと。ついでに、すぐ近くで日曜の朝開催されている「館鼻岸壁朝市」の場所を確かめたいと思ったこと。

   たとえば、あるイベントに出店していた八戸「6かく珈琲」に紹介された小中野のカフェ・ギャラリーを突然訪れたいと思ったこと。そのカフェでは、店を持たない「6かく珈琲」の豆を使用した珈琲がメニューにあるとのこと。

   こうして、映画の上映時間さえ押さえておけば、あとはどうにでもなる旅へ、出たのだ、唐突に

   小中野駅から陸奥湊駅までの道のりは大した距離ではなかったし、初めて見る景色も新鮮だった。地図で確かめた新井田川の橋を越えれば、いくらか土地勘のある通りに出るはずだ。何度か道に迷いながら目指す小路にたどり着き、建物に記された店の名「そーるぶらんちしんちょう」を確かめる。開店まで、かなりの時間があった。



   「みなと橋」を渡り、陸奥湊駅前の通りを行きつ戻りつし、「館鼻公園」まで足を延ばす。日曜の朝「館鼻岸壁朝市」が開催される場所からは少し離れているが、港の雰囲気だけは味わえた。いつか朝市を訪れようと、決意した。






 
 再び駅前の通りに戻り、「みなと食堂」を訪れたが生憎の満席、しかも待機者多数、あっさりと断念して、もう一度小中野方面を目指す



   前の晩「みろく横丁」を訪れ、「馬刺し」と日本酒「駒泉」でささやかな目標を達成していた。あとは焼き鳥とラーメン、何のことはない、ただの酔っぱらいとして一日を終えた。ホテルは屋台村隣の「いわとくパルコ」の中、朝は同じビルにある喫茶店でモーニングサービス。予定調和的な八戸の時間が流れ、そのまま八戸線に乗り込むべく本八戸駅に向かったのだ。少し酒の残った頭で






 正午きっかり、開店と同時に何人かの客たちとともに「そーるぶらんちしんちょう」に入店。この日から新しい展示が始まるということで幾分賑わいがみられる建物の2階ギャラリー・カフェに向かう。「6かく珈琲」からこの店の存在を紹介されたことを店主に伝え、その「6かく珈琲」のホットとチーズケーキを注文した。何やら大役を果たしたような気になり、カフェ全体を見渡すと、そこにはギャラリー部分からそのままつながる居心地のいい空間が広がる。なかなかいい場所だ









 陸奥湊駅発12時38分本八戸行きに乗り込み、再び八戸の街。この日午後1時45分「八戸フォーラム」でスタートのフランソワ・オゾン監督『婚約者の友人』(2016)に間に合った。



   『婚約者の友人』は、『8人の女たち』(2002)・『スイミングプール』(2003)で高い評価を得ている鬼才オゾン監督の最新作。本国フランスで大ヒットを記録し、「傑作」・「偉大な作品」とメディアに賞賛された話題作である。舞台は1919年、第一次世界大戦後のドイツ。婚約者フランツを戦いで亡くしたアンナ(パウラ・ベーア)の前に現れたフランツの友人と名乗るフランスの青年アドリアン(ピエール・ニネ)。果たして彼の正体は?二人の心の揺れを、モノクロ×カラーの映像で静かに描く「美しい」ミステリー完全に魅了された。

   映画のあと、私は再び「みろく横丁」にいた。列車の時刻まで、やはりここで時間をつぶすことにしたのだ。午後4時から開店している店は、すでに調べてあった。そこで「牛すじ」と「ホッキ刺し」を食べ、日本酒「八仙」あたりを飲んで、ただの酔っぱらいとして八戸を去ろう。



   もう、日も暮れてきた




2018年1月 上野

 もう、正午を過ぎていた。東京では4年ぶりの大雪のせいで、予定よりかなり遅れて上野公園に到着した。娘一家の住む西武池袋線沿線の住居を出てからここまで1時間ほど余計にかかったが、とにかく上野にたどり着いたことで安心することができた。美術館と博物館をいくつも巡る計画はすでに断念していたが、新幹線の発車時刻まで一つくらいはじっくり訪れることができそうだ。

 迷わず、東京国立博物館のチケット売り場を目指す。平成館で前の週から開催されていた特別展「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」。かつて京都で仁和寺を訪れた際の記憶が、鮮明に蘇ってきた



 前日の月曜日、「大人の休日」を利用して妻と上野に到着した。予定では、大宮からJRで川越に向かい、しばらく「小江戸」を散策ののち、西武新宿線から西武池袋線へ乗り換えて娘一家の家を目指すはずだった。そして、この西武線利用にはもうひとつ目的があった。

 実は、ちょうど出発の数日前から読んでいた『レッドアローとスターハウス  もうひとつの戦後思想史』(原武史  2012)の舞台が西武線とその沿線の地域だった。今年度から少し本気で視聴している「放送大学」で開講された原武史「日本政治思想史」は、従来の政治思想史の枠を越えた斬新な切り口と叙述を特徴とするが、全15回の講義の中で、〈出雲〉と天皇制をめぐる思想史と、戦後の私鉄沿線と団地をめぐる政治思想が、とりわけ興味深く感じられた。後者のテーマは、原武史のノンフィクション『滝山コミューン一九七四』(2007)で著者自身の小学校在籍時の集団主義教育のトラウマとも言うべき記憶としてすでに提出されていたが、「全共闘世代」と「全共闘」を意識的なのか無意識なのか混同させたその語り口は何とも後味の悪いものだった。今回「放送大学」の講義がきっかけで『レッドアローとスターハウス  もうひとつの戦後思想史』と出会い、西武線沿線における共産党・社会党・無党派・公明党それぞれの運動史と西武グループの歴史が交錯する戦後史の一端をさまざまな資料で確認し、頭の中が整理されたように感じられた。この際、登場するさまざまな駅を通過することで著作の内容を追体験しよう。そう考えたのだ(それらの中に「狭山事件」の舞台があったことも大きかった)。

 だが、埼玉県に入るとすでに大雪。大宮で降りることはあきらめ、上野界隈だけに限定して行動することにした。思いついたのは、JR御徒町駅-秋葉原駅間の高架下に誕生した「ものづくりの街-2k540」。以前、一度訪れたことがあった。工房とショップがひとつになったスタイルの「商店街」で、さまざまな工芸品と出会うことができる街である。ここでなら、かなり充実した時間を過ごせるはずだ。通りには、珈琲専門店もある。







この時点では、都内の移動があれだけ困難になるとは、思いもしなかった

「仁和寺と御室派のみほとけ-天平と真言密教の名宝-」は、御室桜で知られる京都・仁和寺と、仁和寺を総本山とする全国の真言宗御室派寺院に伝わる仏像(秘仏を含む)・名品を一堂に集めた企画。どれも貴重な名宝であるが、中でも非公開の仁和寺・観音堂を再現した展示室は圧巻としか言いようがない。33体の安置仏と、堂内の壁画の高精細画像による再現は、息をのむような荘厳さだ。しかも、この展示室は撮影可。記憶と記録両方を持ち帰ることができた。




 惜しむらくは、天平彫刻の傑作である国宝、大阪・葛井寺千手観音菩薩坐像の公開が2月14日からということで、今回はこの秘仏を観ることができなかったこと。もう二度と、機会は訪れないのか

もうしばらくしたら、新幹線に乗り込む。明日は、同い年の元同僚の葬儀に向かう。
 
上野界隈は、いつものように賑やかで、活気に溢れている。これからも、この街を散策の拠点にしようと思う



<後記>

   2017年から2018年、ふたつの街での「『越境するサル』的生活」を記述した。「旅のスケッチ」とも「珈琲放浪記」とも違う、いつもの街のいつもの生活。2018年も、弘前・青森・八戸・盛岡・函館での「『越境するサル』的生活」を報告することになるだろう。題名は変わるかもしれないが…  



(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。


1 件のコメント:

  1. 清文先生お久し振りです。楽しく、拝見しました。写真も1枚宛拡大して拝見しました。アルコールの余韻と共にの雰囲気も、私に全くなかった世界です。喫茶店、コーヒー、紅茶を飲むだけの店として過ごしたことが多く、中や、窓からの景色を楽しむことも少なかったですから。

    いいですねー。

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