2014年3月29日土曜日

【つむじ風】14号 「春雷」

本日は、私の二十数回目(?)の誕生日でありますので、自己宣伝をふたつ!

明日、ちょっとしたイベントがあります。お時間があって、興味のある方はどうぞお越しくださいませ。

【春雷】

津軽三味線と踊りと朗読と

日時 平成26年3月30日(日)
場所 酒場 糸
   弘前市富士見町16-14 1F
料金 2000円(1ドリンク付)
受付18時~ スタート19時~

小山内薫  津軽三味線
秋葉春生  朗読
平野稔   朗読・お話
大高勝造  おどり手
小田桐妙女 HAIKU
成田祥香  書

・舞台監督 秋葉春生
・主催 KIRIKO 080-5866-5688

【予約・問合せ】酒場 糸(佐々木)080-5038-0408 

※陸奥新報さんには許可を得て掲載しております。

 
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俳誌『妙 13号』、出来上がりました!会員の皆さま、近日お届けいたします。
明日、「春雷」にお越しの方にも差し上げます。

サラリーマン・画家・ミュージシャン・物書き、多種多様な方々が参加しております。
表紙は葛西晋也、俳句漫画はトヨカワチエに担当していただいております。キラキラした才能がぎゅうぎゅうに詰まっている冊子です。一度お読みいただきたいと思います。俳号を使えるので自分の素性を明かさなくてもいいのです。そして、気が向きましたら、一句詠んでみてください

今日の一句:  永き日や欠伸うつして別れゆく   夏目漱石
(harappaメンバーズ=KIRIKO)

2014年3月28日金曜日

【越境するサル】No.126「今年出会ったドキュメンタリー 2014年1-3月期」(2014.03.25発行)

2014年1-3月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。

今年は3ヶ月ごとにこの報告を行う。できるだけ多くのテレビ・ドキュメンタリーを紹介したいと考えたからだ。最終目標は「月刊」だが、年4回の発信をとりあえずの目標とする。

「今年出会ったドキュメンタリー 2014年1-3月期」

2014年1月から3月までに観たドキュメンタリーを列挙する。映画の方は例年通りほとんどがDVDでの鑑賞であるが、何本かはスクリーンで観た。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、「最前線」は、harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2014」。「ヤン ヨンヒ監督特集」はharappa映画館「ヤン ヨンヒ監督特集」。※はテレビ・ドキュメンタリー。

▼1月・・・
『夜明けの国』(1967 時枝俊江)
『ベトナムから遠く離れて』(1967 クリス・マルケル製作)
『美輪明宏ドキュメンタリー~黒蜥蜴を探して~』(2010 パスカル=アレックス・ヴァンサン)
『イラン式料理本』(2010 モハマド・シルワーニ)                      
『失われた故郷の記憶を求めて~サヘル・ローズ イラン~』(2013 旅のチカラ)※     『カルチャーショック』(2013 「日本賞」グランプリ)※
『激走!シルクロード 104日の旅(前・後編)』(2012 BSプレミアム)※
『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 第5回~第8回(「東北の戦後史」)』(2014 NHKEテレ)※
『再起の一滴~陸前高田・老舗醤油店1000日の記録~』(2014 テレメンタリー)※
『反骨のドキュメンタリスト 大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』(2014 NNNドキュメント )※
『キング牧師とワシントン大行進』(2014 BS世界のドキュメンタリー)※。
『日本地図から消えた島 奄美 無血の復帰から60年』(2014 NNNドキュメント )※

▼2月・・・
『福島 生きものの記録 シリーズ1~被曝~』(2013 岩崎雅典 「脱原発弘前映画祭」)
『ノーコメント by ゲンスブール』(2011 ピエール=アンリ・サルファティ)
『映画「立候補」』(2013 藤岡利充 「最前線」)
『台湾アイデンティティ』(2013 酒井充子 「最前線」再)
『ディア・ピョンヤン』(2005 ヤン ヨンヒ 「最前線」再)
『人間は何を食べてきたか~食と文化の世界像2~』(1985 NHK特集)※
『三陸カキ 真の復興に挑む』(2014 テレメンタリー)※
『被災農家を救え 若きビジネスマンが挑んだ農業再生550日』(2012 ETV特集)※
『農の夢よ、よみがえれ~若きビジネスマンと被災農家の1050日~』(2014 ETV特集)※
『自衛隊の闇 不正を暴いた現役自衛官』(2014 NNNドキュメント)※
『和平への“策略”~アパルトヘイト撤廃 秘録~』(2014 BS世界のドキュメンタリー)※
            
▼3月・・・
『サイド・バイ・サイド-フィルムからデジタルシネマへ』(2012 クリス・ケニーリー)
『愛しきソナ』(2009 ヤン ヨンヒ 「ヤン ヨンヒ監督特集」再)
『空を拓く~建築家・郭茂林という男』(2012 酒井充子)      
『イノセンテ~ホームレスの少女が描く未来~』(2014 BS世界のドキュメンタリー)※
『愚安亭遊佐 ひとり芝居を生きる』(2014 ノンフィクションW)※
『ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から3年~』(2014 ETV特集)※
『戦傷病者の長い戦後』(2014 ETV特集)※
『ジャンゴ・ラインハルト ドキュメンタリー ~スリー・フィンガーの魔術師~』(2014 WOWOW)※
『メルトダウン File.4 放射能"大量放出"の真相』(2014 NHKスペシャル)※
『鋼の絆~島原の鍛冶屋5人兄弟~』(2014 FNSドキュメンタリー大賞)※
『特選 新大久保グラフティ やんちゃ亭主物語』(2014 ザ・ノンフィクション)※
『ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード』(2010 竹田信平)      

   2014年1-3月期の印象に残った作品について数本紹介する。まず、映画から。

『イラン式料理本』(2010 モハマド・シルワーニ)
台所で料理する監督の家族や親戚たち。新婚夫婦の台所、ベテラン主婦の台所…カメラの後ろから彼女らに話しかける監督の目は、イラン社会の姿をとらえる。男と女、嫁と姑、さまざまな家族の事情。キッチンを舞台として設定することによって、イランの現実をあぶり出した話題作。「山形国際ドキュメンタリー映画祭2011」で市民賞とコミュニティシネマ賞の2冠に輝く。




『福島 生きものの記録 シリーズ1~被曝~』(2013 岩崎雅典 「脱原発弘前映画祭」)
弘前文化センターホールで開催された「AFTER 311 第2回脱原発弘前映画祭」で上映された。長年にわたって野生動物の生態を記録し続けてきたドキュメンタリープロダクション・群像舎が、福島第一原子力発電所爆発事故以降の汚染された生きものの記録に着手した。ツバメが牛がイノブタがニホンザルが…汚染地帯で生き続ける。この「シリーズ1~被曝~」をスタート地点として、とてつもなく長い時間を必要とする記録が始まった。「シリーズ2~異変~」は今年2014年完成予定。




『映画「立候補」』(2013 藤岡利充 「最前線」)
harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2014」で自主上映した作品。次の文は『越境するサル』№123の作品紹介。「『泡沫候補』と呼ばれる人々に密着したドキュメンタリー。羽柴誠三秀吉、外山恒一、マック赤坂…300万円の供託金が没収されても、彼らはなぜ立候補し続けるのか。『夢を見ている人を追って力をもらえたらと思って始めた』と語る藤岡利充監督が、彼らの『「負けることがわかっている』戦いを追う。」2013年毎日映画コンクール・ドキュメンタリー映画賞受賞。



『ディア・ピョンヤン』(2005 ヤン ヨンヒ 「最前線」再)
harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2014」で自主上映した作品。次の文は『越境するサル』№123の作品紹介。「大阪生まれの在日コリアン2世ヤン ヨンヒの監督第1作。朝鮮総連活動家の父と母にカメラを向け、10年にわたって家族を記録し続けたこの作品は、『山形国際ドキュメンタリー映画祭2005』でアジア千波万波部門特別賞を受賞した。両親は朝鮮総連の幹部として一生を『祖国』に捧げ、3人の兄たちは帰還事業で北朝鮮に『帰国』してピョンヤンで暮らす。なぜ両親は息子たちを帰国させたのか?なぜここまで祖国に忠誠を尽くすのか?北朝鮮に対する疑問、父との葛藤、そして和解に至る家族の物語は、一編の叙事詩のようだ…」

 

『サイド・バイ・サイド-フィルムからデジタルシネマへ』(2012 クリス・ケニーリー)
デジタルシネマの台頭により、今や消えつつあるフィルム。この作品では、俳優としてその変遷を見てきたキアヌ・リーブスが、映画関係者へのインタビューを通じて、デジタルとアナログが併存する(サイド・バイ・サイド)現在から、映画におけるデジタル革命の歴史を検証していく。登場するハリウッドの映画監督は、スコセッシ、ルーカス、キャメロン、フィンチャー、リンチ、ノーラン、ソダーバーグら…さらに撮影監督、編集者、カラリスト、現像所やカメラメーカーの社員らも多数登場して証言、貴重な記録である。


『空を拓く~建築家・郭茂林という男』(2012 酒井充子)
1968年誕生した「霞が関ビル」。このビル建築チームのリーダーが、戦前台湾から上京し東京大学で建築を研究してきた郭茂林だった。その後も、浜松町の世界貿易センタービル、新宿の京王プラザホテル、池袋のサンシャイン60と、超高層ビルを次々と築き、新宿副都心開発も手がけた。さらに郭は、台北駅前の新光三越ビルをはじめとする台北の超高層ビル化を推し進め、台北市長時代の李登輝(のちの台湾総統)と共に台北市副都心(信義新都心)開発計画も手がける…90歳を目前にした郭の故郷台北への旅を、『台湾人生』の酒井充子監督が追いかける。かつて、こんなすごい人がいたのだ。

『ヒロシマ・ナガサキ ダウンロード』(2010 竹田信平)
メキシコ在住の日本人青年、竹田信平監督の初の長編ドキュメンタリー映画。海外へ渡った被爆者を取材し続けている彼は、友人とともに在米被爆者への取材の旅を企画する。かつての敵国であるアメリカへ移住した人々が語る「あの日」の記憶、そしてその後の日々。アメリカ西海岸を南下し、在米被爆者たちの孤独・苦しみ・葛藤と出会い続ける魂のロードムービー。原爆の貴重な記録であるとともに、ふたりの青年が歴史や人々の人生と出会っていく記録でもある。


『夜明けの国』(1967 時枝俊江)
『ベトナムから遠く離れて』(1967 クリス・マルケル製作)
「中国文化大革命」と「ベトナム戦争」を扱った「古典」だが、それぞれ新鮮な作品として鑑賞することができた。なお、『夜明けの国』は、DVDブック『目撃!文化大革命 映画「夜明けの国」を読み解く』(太田出版)の付録である。弘前市立図書館でも貸し出しをしている。

テレビ・ドキュメンタリーからも数本。今回は、紹介すべき作品(番組)にたくさん出会った。映画以上に、こちらに目を向けていきたい。

『カルチャーショック』(2013 「日本賞」グランプリ)
「ロマをルーツに持つ大道芸人ラシッドとイタリアの女子大生アニェーゼのカップルが、自らのアイデンティティと異文化体験を求めてバルカン半島に10日間の旅をする…」と番組の解説にはある。国際交流・異文化理解というテーマを、若者向け番組の形で提供する教育的エンターテインメント(エデュテインメント)。「日本賞」は教育番組の国際コンクール。イタリアのテレビ局が制作したこのグランプリ作品は、26分という短さであるがストレートに「ロマ」の歴史と現在を描き出している。

『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 第5回~第8回』(2014 NHKEテレ)
戦後70年を迎える2015年に向けて、NHKが「政財界から一般市民まで、新たな証言を記録し、廃墟から立ち上がった日本人の姿を描く大型プロジェクト」としてスタートさせたのが「戦後史証言プロジェクト」。2014年1月は『日本人は何をめざしてきたのか』 第5回から第8回まで(副題「東北の戦後史」)。

第5回「福島・浜通り 原発と生きた町」は、2011年3月の原発事故で今も多くの人々が避難生活を余儀なくされている、福島県東部・浜通りの戦後史。現金収入が少なく、農閑期には多くの人々が出稼ぎに出なければならなかった、浜通りの人々。戦後、浜通りの双葉町と大熊町は原発を誘致し、1971年、第一原発の稼働を迎える。新たな雇用が生まれ、人々は出稼ぎをしなくても暮らせるようになり、電源三法の制定による巨額の交付金によって町の財政も潤ったが…原発と共に生きてきた戦後を、証言で綴る。町の財政のために原発増設誘致を決議していく、当時の双葉町の映像は、いま見ると痛々しい。

第6回「三陸・田老 大津波と“万里の長城”」は、繰り返し津波に襲われてき岩手県宮古市田老(たろう)の人たちの営みを証言で見つめていく。「万里の長城」と言われた世界に例を見ないコンクリートの防潮堤も、東日本大震災では津波により根本から壊され、地域に甚大な被害をもたらし、田老は200人近い犠牲者を出した。防潮堤の建設の経緯を軸に、つねに自然災害と対峙して生きてきた田老の歴史を振り返る。

第7回「下北半島 浜は核燃に揺れた」は、原子力に翻弄され続けた青森県下北半島の現代史の証言。ビート栽培の頓挫、60年代の「むつ製鉄」、70年代の「むつ小川原開発」の失敗の後、下北半島は「原子力船むつ」と「六ヶ所村核燃料サイクル基地」誘致と、国の原子力政策に振り回された。その歴史を、豊富な資料映像と証言で綴る。「原子力船むつ」母港化に揺れる浜関根の漁民たちを撮影した土本典昭監督の『海盗り』(1984)の映像も挿入されているが、貴重な記録というべきだろう。

第8回「山形・高畠 日本一の米作りをめざして」は、有機農業の米作りを中心に独自の道を歩んできた山形県高畠町の戦後の歩みをたどる。有吉佐和子の『複合汚染』で紹介された高畠の青年たちの有機農業への模索。都会の消費者たちとの産直提携は実現したが、農家の高齢化や兼業化、農薬の空中散布をめぐる激論と、課題は続く。TPP参加へと向かう中、「日本一おいしい米作り」を目指して格闘してきた高畠の戦後をみつめる。

『反骨のドキュメンタリスト 大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』(2014 NNNドキュメント)
2013年1月に亡くなった大島渚監督のドキュメンタリー『忘れられた皇軍』(1963年放送 ノンフィクション劇場)。この作品を丸ごと1本放送し、それに当時の制作スタッフや妻・小山明子の証言、是枝裕和監督や田原総一朗へのインタビューを加えて構成された骨太の番組。戦傷を負い、戦後、韓国籍となった旧日本軍の兵士たち。彼ら白衣の傷痍軍人たちが、日本国の補償を求めて街頭で募金を集める姿を、映像は執拗に捉える。

『キング牧師とワシントン大行進』(2014 BS世界のドキュメンタリー)
1963年夏、アメリカ全土から20万人以上が参加したワシントン大行進。人種差別の撤廃を訴えたこの行進の内幕を、証言と映像で描く。マーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説、あの「I have a dream」に至る壮大な計画の裏のさまざまな思惑や駆け引き、ケネディらの対応など、現代史の貴重な記録といえる作品。ジョー・バエズ、ボブ・ディラン、PPMの登場シーンはは鳥肌もの。バート・ランカスター、ポール・ニューマンら多数のハリウッド俳優たちの参加も、かつてのレッドパージの記憶が鮮明な時期であることを考えると感慨深い…

『人間は何を食べてきたか~食と文化の世界像2~』(1985 NHK特集)
食の起源と現在を取材した「伝説のNHKドキュメンタリー」、1985~94年に放送された『人間は何を食べてきたか』シリーズ(NHK特集・NHKスペシャル)が、「ジブリ学術ライブラリー」(全8巻)という形で発売されている。その第2巻「食と文化の世界像2」をレンタルで鑑賞することができた。収録されているのは「第3集 遊牧の民の遺産~乳製品~」・「第4集 アンデスの贈りもの~ジャガイモ~」・「第5集 大いなるアジアの恵み~米~」の3本…特典として付いているジブリの高畑勲・宮崎駿両監督と番組制作者の座談会は、当時の番組制作の様子を知る上で参考になった。

『農の夢よ、よみがえれ~若きビジネスマンと被災農家の1050日~』(2014 ETV特集)
東日本大震災からまもなく3年。津波の被害を受けた宮城県亘理町のイチゴ専業農家が集まった「農事組合法人・マイファーム亘理」の取り組みを、震災直後から3年に及ぶ長期取材で記録した作品。荒れ果ててしまった農地で、京都の農業ベンチャー代表・西辻一真さんと被災農家が協力してトマト栽培に奮闘する姿を描く。同じ日にアンコール放送された『被災農家を救え 若きビジネスマンが挑んだ農業再生550日』(2012 ETV特集)は、その「途中経過」(2012年までの)といえる作品だが、映像の迫真力はひけをとらない。どちらも、「復興とは何か」ということを私たちに考えさせる作品だ。

『和平への“策略”~アパルトヘイト撤廃 秘録~』(2014 BS世界のドキュメンタリー)
1990年、ネルソン・マンデラが解放され、南アフリカのアパルトヘイト政策は終焉を迎える。その陰に“ムッシュ・ジャック”と呼ばれるフランス人がいた。アフリカ各国で穀物や石油の取引を手がけるアルジェリア生まれのフランス人、ジャン・イヴ・オリビエは、人脈を駆使し、南アと周辺アフリカ諸国、キューバ、フランス、アメリカの要人と地域和平の交渉を進めていく。当時のアフリカ諸国の元首、欧米の外交官や諜報員、反アパルトヘイト活動家たち、そして本人の証言によって、アフリカ現代史に決定的な役割を果たした男に光を当てる。2013年サンパウロ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞。シェフィールド・ドキュメンタリー祭特別審査委員賞。

『イノセンテ~ホームレスの少女が描く未来~』(2014 BS世界のドキュメンタリー)
移民でホームレスの少女丸イノセンテ。アルコール依存症の父親がメキシコに強制送還となった後、イノセンテと母と弟たちは米カリフォルニア州で不法移民となり、9年間もホームレス生活を続けている。NPOによるアートプログラムによって自らの才能を開花させたイノセンテが、個展に向けて制作に打ち込む姿を描く。アーティストになる夢に向かって生きていく彼女を支えるNPOの存在が光る。第85回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞。

『愚安亭遊佐 ひとり芝居を生きる』(2014 ノンフィクションW)
故郷である青森県下北半島浜関根を舞台にした『人生一発勝負』・『百年語り』・『こころに海をもつ男』などのひとり芝居を、30年以上にわたり演じてきた愚安亭遊佐(ぐあんていゆうざ)こと松橋勇蔵。日本の原子力政策と真っ向から闘い孤立していった、兄の漁師松橋幸四郎の生き様を描いた新作『鬼よ』に取り組む日々に密着し、彼の人生と各地の人々との交流を描く。「3.11」(兄幸四郎の通夜もその日だった)を経て、愚安亭遊佐の芝居はさらに凄味を増していく…ナレーションは壇蜜。

ところで、№118「今年出会ったドキュメンタリー 2013上半期」で紹介したWOWOW『映画で国境を越える日~映像作家・ヤン ヨンヒという生き方~』(2013 ノンフィクションW)が「第9回日本放送文化大賞 テレビ・グランプリ」を受賞し、全国の地上波テレビ局でも放送された(2013/12月~2014/3月)。私も、harappa映画館「ヤン ヨンヒ監督特集」(2014/3/15)の監督トーク(進行役担当)に備えて、チェックを重ねたが、何度観ても、傑出した作品だと感じる。

なお、ヤン ヨンヒ監督の次の作品もテレビ・ドキュメンタリー。WOWOW「ノンフィクションW」で2014年5月30日(金)夜10:00放送の「綾戸智恵 その歌声が変わった日~父と母の痛みを抱いて~」。お見逃しなく。

<後記>
1-3月期に観た「ドキュメンタリー映画」13本のうち4本は、harappa映画館で自分たちが上映したもの。最近、青森市シネマ・ディクトのドキュメンタリー映画が充実しているので、何とか足を運び、映画館での鑑賞を増やしたいと考えている。

テレビ・ドキュメンタリーの紹介を増やすために「季刊」化を試みたが、このペースであれば何とかこなすことが出来そうだ。一層の充実を心がけたい。

月末に旅行を計画しているので、少し早めに発信する。次号は「旅のスケッチ」になるか、「珈琲放浪記」になるか…

(harappaメンバーズ=成田清文)

2014年3月27日木曜日

【harappa Tsu-shin】CINEMA dub MONKS 昇天教会ライブ♪


ハーモニカワークショップの次の日はCINEMA dub MONKSのライブがありました♪
場所はなんと!
弘前昇天教会です!


ワークショップの藤田記念庭園に引き続き、
弘前を代表する洋館での開催となりました。


教会でCINEMA dub MONKSの音楽が聴けるなんて、
どんなにステキだろうと楽しみにしていました!
開演前~お客さんもワクワクです♪


開演と同時にふすまが開けられて、、、
聖堂のお披露目です!


ステキですねー♪
もちろん!CINEMA dub MONKSの音楽もステキです♪


今回のお二人の衣装はファッションデザイナーのスズキタカユキさんと一緒に
ライブをやった時のものだそうです。
ライブやりながらスズキタカユキさんはステージでミシンを縫い、
服を作り上げてしまうそうですよ。
すごいですね!
弘前でもぜひ実現してほしいです♪

本当にあっという間の2時間でしたが、
参加されたみなさん、
きっと一生の思い出に残る特別な時間となったのではないでしょうか♪

CINEMA dub MONKSのお二人、
ご来場いただいたみなさん、
弘前で一週間滞在ワークショップ&ライブができたらいいですね!
2日間のワークショップ&ライブありがとうございました。

(harappaスタッフ=太田)

【harappa Tsu-shin】ハーモニカワークショップ♪

みなさん、こんにちは!!
すっかり暖かくなって春気分ですね♪

先週末に開催したCINEMA dub MONKSによる
ハーモニカワークショップの模様をご紹介いたします♪


まず場所はこちら!
藤田記念庭園の洋館です!
会議室として貸し出しはしているのですが、
普段は見学することができないみたいです。
春の陽気に包まれて、とっても素敵な空間でした!


そして、今回の講師はCINEMA dub MONKSの曽我大穂さん。
久しぶりのワークショップで緊張されていたみたいですが、
楽しいお話も交えて、参加されたみなさんからは笑顔がこぼれていました!

まずは、ハーモニカの基礎知識や持ち方を教わり、
さっそく曲を吹いてみました♪
今回の演奏曲は「Come on in my Kitchen」♪
大穂さんがつくってくれた楽譜はこんな感じです。


この曲吹けたらかっこいいですよね!
ハーモニカはHOHNERの「HAPPY COLOR HARP」を使用しました。
4色あってかわいかったです。
ちなみにお値段もかわいいです。

ハーモニカは「吹く」ことよりも「吸う」ことで音を出すのが基本で、
この「吸う」のがとっても大変なのです!
毎日続けていると、腹筋や背筋を鍛えることにもなるとか、、、
きっと肺活量も増えますね!

大穂さん曰く、
天気の良い日は外で吹いたり、夜中に吹いてみたり、
鳥を思い浮かべて吹いたり、離れた人を想って吹いてみたり、、、
イメージを持って練習することが大事なんだそうです。


最後はみんなで合奏です♪
なんとガンジーさんのウッドベース付きです!
豪華!!
なんとなく上手になった気がしてしまいます。。。

短い時間でしたが、
みなさん一通り吹けるようになっていましたよ♪

CINEMA dub MONKSの大穂さん、ガンジーさん、
参加していただいたみなさん、
とっても楽しい2時間でしたね!
本当にありがとうございました♪

(harappaスタッフ=太田)



2014年3月18日火曜日

【harappa Tsu-shin】 「故郷とは、家族とは」

こんにちは。
先週末は、harappa映画館
「故郷とは、家族とは」の上映会でした。

上映作品は、先月上映した「ディア・ピョンヤン」に引き続き、
ヤン ヨンヒ監督作品で、
「愛しきソナ」と「かぞくのくに」の2作品です。

上映後はヤン ヨンヒ監督のシネマトークもありました!



今回、上映した作品は、
ドキュメンタリーと劇映画という違いはありますが、
どちらも、ヤン ヨンヒ監督自身の家族のお話です。

アンケートの感想を読んでいても、
故郷のこと、家族のことを深く考える機会になったのではないかと思います。


ヤン ヨンヒ監督のお話はとてもおもしろく、
あっという間に予定の時間がきてしましました。


トークイベント後はサイン会も行われ大盛況でした♪

ヤン ヨンヒ監督、
ご来場いただいたみなさま、
本当にありがとうございました!!





(harappaスタッフ=太田)

2014年3月4日火曜日

【harappa Tsu-shin】harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2014」





みなさんこんにちは。
暖かい日が続いたかと思ったら、
また寒い日が続いてしまいますね。
みなさん、体調管理にはお気を付けください。

さて、先々週末に開催したharappa映画館
「ドキュメンタリー最前線2014」の様子をご報告したいと思います。

今回の上映作品は、
映画「立候補」
「台湾アイデンティティー」
「ディア・ピョンヤン」
の3作品でした。
映画部のみなさんが考えに考え抜いた
選りすぐりの3作品です!!!

残念ながら私は受付係なので、
みなさんと一緒に映画を観ることはできないのですが、
上映が終わり、会場から出てくるお客さんの様子をみていると、
とても満足いただけた3作品だったのではないかと思います。
上映後のアンケートも、いつにも増して熱いコメントが多かったように感じます。

今回残念ながら来られなかったという方も、
今月もharappa映画館は開館いたします!

3月15日(土)harappa映画館「故郷とは、家族とは」
上映作品は「ディア・ピョンヤン」に引き続き、
ヤン ヨンヒ監督作品
「愛しきソナ」13:30~
「かぞくのくに」15:30~
の2作品です。

次回は何と!
ヤン ヨンヒ監督もゲストにお迎えいたします!
映画上映後はヤン ヨンヒ監督のシネマトークも予定しておりますので、
「ディア・ピョンヤン」を見た方はぜひ今月の上映会にもご参加ください。

前売チケットも好評販売中です。
店頭販売以外にもharappaメールでも予約受け付けしております。
前売1,000円、当日1,200円ですので、前売がお徳ですよ!
また、harappa会員のみなさまは当日会員証提示で500円となります。
(1作品ごとにチケット1枚必要です)
みなさまのご来館おまちしております!

また、harappa映画館では、
みなさまにより快適に映画を楽しんでもらうために、
アンケートのご協力をお願いしております。
作品の感想はもちろん、
上映作品の希望や、
会場内でお気づきの点など、
今後の上映会の為にもご意見いただければ幸いです。

上映後はぜひ、アンケートのご協力よろしくお願いいたします!



(harappaスタッフ=太田)

2014年3月3日月曜日

【映画時評】#45「雪深い町で見た映画〜『第23回あきた十文字映画祭』にて」


雪深い秋田県横手市(旧十文字町)で、2月7日から9日まで開催された「第23回あきた十文字映画祭」に参加した。映画祭には1996年の第5回から通っているが、今年は12プログラム・16本(短編アニメが1本追加上映された)の映画を見た。

初日は、オープニング作品の『ベニシアさんの四季の庭』に、平日の朝にもかかわらず100人近い観客があったのに驚かされた。NHKのテレビ番組「猫のしっぽ カエルの手」などのベニシアさんのファンが、秋田県内から集まったのだ。



2日目は対照的な二つの場面が記憶に残った。

昨年から始まった企画で、地元の中学生が選んだ『エイトレンジャー』が上映された。関ジャニ∞主演の映画はともかくとして、ビデオレターで、中学生の質問に真摯に答えた堤幸彦監督が、続編を撮って映画祭に訪れたいと語った。


一方、『Playback』上映後のトークアウトでは、映画祭顧問の評論家・寺脇研が司会進行を務めたが、出演者の村上淳やテイ龍進との打ち合わせ時に飲みすぎたらしく、酔って登壇した。そのため会話が噛み合わず、村上が「監督主導の映画を撮りたい」「お金がなければ時間と知恵をつかえ」という映画作りへの思いを、ほとんど一方的に語ることになった。

お祭りなので多少のフライングはあるとしても、また観客に伝えたいことは語られたとしても、節度は必要だ。堤監督の中学生に対する誠実なコメントと、寺脇顧問の振る舞いの差が際立ったのは残念なことだった。



最終日に上映された東北芸術工科大学(山形市)の卒業制作作品では、『ドロセラ』が面白かった。田舎の駅前で待ち合わせしていた自殺志望者のグループに、バードウォッチングの参加者が紛れ込んでしまう。グループは山中で集団自殺をしようとするが…、という物語は、途中から『マタンゴ』的に急展開していく。

東宝の特撮映画を意識したのかと質問したところ、その種の映画やスプラッターには関心がないと広井砂希監督は答えた。「山形国際ドキュメンタリー映画祭2013」の三都大学交流プログラムで上映された、全自動洗濯機にお尻がはまって抜けなくなるストーカー男を主人公にした、彼女の監督作品『蟻地獄』は休憩時間にDVDで見た。

広井の指導教官でもある根岸吉太郎学長は、彼女の入学時に横浜聡子監督の『ジャーマン+雨』を見せたという。学生と世代が近い監督の映画であることと、起承転結がなくても映画はできるということを伝えたかったからだと、観客席にいた根岸が説明した。
その直後に、横浜監督の『りんごのうかの少女』を見た(これで3回目だ)。喜劇映画監督・横浜聡子のユーモアの原点が、起承転結の欠落、あるいは映画的唐突さにあると、改めて思った。この映画に関しては、重要な役を担った馬を走らせなかったことが惜しまれる。


クロージング作品は、2013年のキネマ旬報日本映画ベスト・テン第5位と脚本賞に選ばれた『共喰い』だった。脚本を書いた荒井晴彦の持論は、「脚色とは原作に対する批評である」だ。映画を見て、原作者の田中慎弥は、「ああ、やられた」と唸ったそうだ。青山真治監督と荒井によるトークアウトは、生々しい素材が静かな映画になった事情をめぐって、予定時間をオーバーした。


(harappa映画館支配人=品川信道)[2014年2月18日 陸奥新報掲載]

【越境するサル】No.125「映画『ハンナ・アーレント』をめぐって」(2014.02.26発行)

『ハンナ・アーレント』
(監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ)
2012年/ドイツ・ルクセンブルク・フランス

映画『ハンナ・アーレント』(2012年 ドイツ・ルクセンブルク・フランス トロッタ監督)を観た。14年前、アーレントの著書『イェルサレムのアイヒマン』を読んで以来、長い間待ち望んでいた映画だった…

「映画『ハンナ・アーレント』をめぐって」

1960年、アルゼンチンの夜道。ひとりの男が幌のついたトラックから降り立ったふたりの男に捕えられる。一瞬の叫び声。捕えられた男の名は、アドルフ・アイヒマン。ナチス親衛隊(SS)元将校、ユダヤ人を強制収容所に移送した責任者である。逮捕・拉致したのは、イスラエル諜報部(モサド)…

ニューヨーク在住の女性哲学者ハンナ・アーレントは、イスラエルで行われるアイヒマン裁判のレポートを書くことを『ニューヨーカー』誌に持ちかける。彼女はドイツで生まれたユダヤ人で、自らも強制収容所を脱出した経験を持っていた。1961年、アーレントはイスラエルに到着し、かつてのシオニストの友人とも再会する。やがて裁判が始まり、アイヒマンへの尋問が続けられるが、アーレントは徐々に疑問を感じるようになる。アイヒマンは「凶悪な怪物」ではなく、「平凡な人間」に過ぎないのではないか?ただ命令に従って仕事をこなしただけの、陳腐な悪人なのではないか?そのような主張に基づく彼女の原稿は、雑誌に掲載されるや世界から非難を浴びる。ユダヤ人評議会の同胞に対する責任に言及したことも、ユダヤ人社会からは非難された。アーレントは「アイヒマン擁護」の人物と見なされ、編集部にも自宅にも抗議の電話や手紙が殺到する。イスラエル政府からは記事の出版を中止するよう警告され、同僚たちからは攻撃され、大学からも辞職を勧告され、友人たちの理解も得られず、味方と言えるのは夫ハインリヒと友人の作家メアリー、それに協力者のロッテだけ。四面楚歌のアーレントは、学生たちへの講義という形で反論を決意する…

アイヒマン裁判の前後4年間を中心に描くことによって、アーレントの人生と思想の核心に迫った見事な1時間54分。2013年ドイツ映画賞作品賞銀賞、主演女優賞。日本では2013年10月26日より「岩波ホール」で公開。その後、全国公開中。

映画で思考を描こうとする大胆な試みにまず拍手を送りたいが、彼女の人間性が、その強さと弱さも、描き込まれていると感じた。この映画を、待っていたのだ。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督は、1947年ドイツ生まれ。脚本家・女優でもある。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督やフォルカー・シュレンドルフ監督の作品に出演し、脚本執筆や映画制作にも加わる。その後、1971年にシュレンドルフ監督と結婚、1975年の『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』では夫婦で共同監督を務めた。

『第二の目覚め』(1978年)で単独での長編映画監督デビュー。1970年代に過激派の一人として逮捕され獄中死した実在の女性闘士とその姉をモデルにした『鉛の時代』(1981年)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞、1986年にはドイツ社会民主党そしてスパルクス団の女性闘士ローザ・ルクセンブルクを描いた『ローザ・ルクセンブルク』を制作している。まぎれもなく、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人である。

いま私の中に、『ローザ・ルクセンブルク』の重く暗い画面の記憶が蘇る。長く続く拘禁生活、雪を踏みしめて歩くローザ…逆境の中でも希望を持ち続けるローザを演じたバーバラ・ズーコヴァは、カンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞した。そのバーバラ・ズーコヴァが、今回ハンナ・アーレントを演じている…

決定版伝記であるエリザベス・ヤング=ブルーェル『ハンナ・アーレント伝』(1982年、邦訳は1999年晶文社)と数冊の解説書で、何度も何度も反芻したアーレントの略年譜を、もう一度頭の中で整理してみる。

1906年、ユダヤ系ドイツ人として生まれる。両親は社会民主主義者。母親はローザ・ルクセンブルクの信奉者であった。哲学を志し、マールブルク大学でハイデガーに師事。さらにフライブルク大学でフッサールに、ハイデルベルク大学でヤスパースに師事。ハイデガーとは一時期、恋愛関係にあった。

1929年、最初の結婚。1933年、ベルリンで反ナチ活動に協力、ゲシュタポに逮捕・勾留される。その後母とパリに亡命、ユダヤ人青少年のパレスチナ移住を支援する活動に携わる。1940年、マルクス主義者ハインリヒ・ブリュッヒャーと二度目の結婚。同年、フランスの強制収容所に連行されるが脱出、1941年、母・夫とアメリカに亡命。

1951年、アメリカの市民権を取得。同年、英語による著作『全体主義の起源』(邦題『全体主義の起原』)を出版、センセーションを巻き起こす。以後、プリンストン大学やハーヴァード大学などで教鞭を執る。そして1961年、アイヒマン裁判を傍聴するためイスラエルに渡航。そのレポートは『ニューヨーカー』誌に連載された…

1963年、シカゴ大学教授に、1968年、ニュースクール・フォア・ソーシャルリサーチ教授に就任。その後も、最晩年まで精力的に活動を続けた。1975年、心臓麻痺によりニューヨークで死去(享年69歳)。代表的著作は、『人間の条件』(1958年)・『革命について』(1963年)・『暴力について』(1970年)など。

さて、私にとってハンナ・アーレントは、特別な位置を占める思想家であり続けたと言えるだろう。

最初の出会いは、必要に迫られて読んだ『全体主義の起源』(邦題『全体主義の起原』)だった。全3巻のこの大著は、ナチズムとスターリニズムという2つの「全体主義」についての緻密な分析の書であるが、読後の疲労感のすさまじさは今も記憶に残っている。疲労の理由は、もちろん学術書であること(詳細な註も含めて)にあるのだが、彼女の論の進め方もまた疲労を感じさせた。さわやかな読後感とは無縁な(むろんそのようなことを期待すること自体が間違いなのだが)哲学者・政治思想家という印象だけが残った。

次に出会った彼女の著書が、今回の映画と直接関わる『イェルサレムのアイヒマン』、文芸評論家加藤典洋の著書『敗戦後論』(1997年)に収録された「語り口の問題」に触発されてのものだった。『イェルサレムのアイヒマン』を取り上げたこの評論によって「アイヒマン論争」の存在を知った私は、やがてのめり込むようにこの本に没頭する。2000年のことだ。同年、「アイヒマン裁判」そのものを描いたエイアル・シヴァン監督のドキュメンタリー映画『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』(1996年、仏・独・ベルギー・オーストリア・イスラエル、以下『スペシャリスト』)を弘前で鑑賞する…

その数年後、再度『スペシャリスト』を観た私は、次のように『イェルサレムのアイヒマン』と『スペシャリスト』について記述している。

『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』
(監督:エイアル・シヴァン)
1999年/フランス・ドイツ・ベルギー・オーストリア・イスラエル
「『スペシャリスト』は、1961年にイェルサレムで行われた元ナチスSS将校アドルフ・アイヒマンの裁判を記録したフィルムを編集したものである。1960年、ユダヤ人虐殺に重要な役割を果たしたとされる元SS将校アドルフ・アイヒマンが、アルゼンチンでイスラエル特務機関によって逮捕・拉致された。この裁判の傍聴記を書くために雑誌『ニューヨーカー』の特派員を志願したのが、政治思想家のハンナ・アーレントである。しかし、ドイツ生まれでナチスの迫害からアメリカに亡命し戦後アメリカで活躍していたこのユダヤ人女性の傍聴記は、大論争を巻き起こす。『イェルサレムのアイヒマン~悪の陳腐さについての報告』(1963年、日本語版は「みすず書房」刊)と題されたこの傍聴記の中で彼女は、ユダヤ人移送の責任者アイヒマンを法律や権力者に忠実なだけの平凡な小役人として描き、さらに「ユダヤ人評議会」つまりユダヤ人自身がユダヤ人虐殺の過程に手を貸したと論じた(あるいは「論じている」と解釈された)。とりわけ後者の部分が大きな論争を呼んだこの本の、前者の部分すなわち「悪の陳腐さ(あるいは凡庸さ)」という主題に共感して製作されたのがこの映画である。凡庸で勤勉で忠実な人間が巨大な犯罪の加担者になってしまう恐ろしさ、アーレントの指摘・見解に沿ってこの作品は編集された・・・

しかし、この映画の中のアイヒマンを「陳腐」で「凡庸」な人間という言葉だけで表現していいのだろうか。最初に観た際にも感じたのだが、アイヒマンの「ユダヤ人移送」における問題処理能力の優秀さはまさしく「スペシャリスト」と言えるものであり、「陳腐」で「凡庸」な「小役人」という言葉だけでは表現しきれないのではないか。優秀な官吏であり、しかし人間として大事なものが欠落している存在。今回も、映像はそのように訴えているように感じたし、であるからこそ「アイヒマン問題」は現代的テーマとなりうるのではないか。」(2005.8.27発行『越境するサル』№31「戦後60年目の<八月>に」より)

そして今回の映画『ハンナ・アーレント』となるわけだが、アイヒマンの登場シーンはすべて裁判を記録したフィルムが使用され、アイヒマン役の俳優は存在しない。『スペシャリスト』と同じように私たちは実際の彼の映像だけを観てアイヒマンの人間性を判断するしかない。

その上で今回の映画の中のアイヒマンをどのように捉えればいいのかと問われれば、9年前(つまり14年前)と同じ考えであると言うしかない。「優秀な官吏であり、しかし人間として大事なものが欠落している存在…であるからこそ『アイヒマン問題』は現代的テーマとなりうるのではないか」。つまり、思考を停止すれば、私たちは誰でもアイヒマンになりうるのだ。今回の映画の中でも、アーレントはそのように考えている。多くの人に受け入れられる考え方のはずだ。

では、なぜ、彼女は誤解され、非難され、孤立していくのか。それは彼女自身の、逆説的な、皮肉をまじえた、時には傲慢な、「語り口」のせいなのか。

それを確認するために、やはり彼女の著作に向かうしかない。

<後記>
『ハンナ・アーレント』は、現在(2/22~3/14)青森市「シネマ・ディクト」で上映中。ぜひ、行くべき、映画だ。
次号は「旅のスケッチ」か、「今年出会ったドキュメンタリー」の中間報告。その前に、harappa映画館「ヤン ヨンヒ監督特集」(3/15)がある。充実した日々ではあるが、仕事の方も少々きつい時期。睡眠時間だけは、しっかり確保しなければ。

(harappaメンバーズ=成田清文)

▼『ハンナ・アーレント』予告編
▼『ハンナ・アーレント』予告編
※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。