2019年4月5日金曜日

【越境するサル】№.187「ドイツ紀行(上)~ベルリンからニュルンベルクまで~」(2019.4.1発行)


2019年3月、妻とドイツを訪れた。添乗員付き8名のツアー。羽田からルフトハンザ航空でフランクフルトへ12時間のフライト。成田から出発するより、気分的にはだいぶ楽なはずだった…

 
「ドイツ紀行(上)~ベルリンからニュルンベルクまで~」

  ドイツ1日目。羽田空港からフランクフルト空港、そして乗り換えてベルリン・テーゲル空港へ。これが、想定していた以上の長旅となった。

 その前日、弘前駅からJRで秋田県鷹ノ巣駅に向かい、大館能代空港から羽田へ。国際線ターミナル内のホテルで一泊。快適な旅だった。お気に入りの羽田空港国際線ターミナル・江戸小路で焼き鳥とビール。出発の日の午前も、館内各所と展望デッキでゆったりと過ごし、余裕をもって出国した。少し出発が遅れたが、その分フランクフルトでの待ち時間が短くなる程度のものだと思われた。
 ところが、12時間のフライトのあと、フランクフルトからベルリン・テーゲル空港に出発する便が悪天候のせいか大幅に遅れた。遅れただけで済んだのは幸運だったと思うべきか。別のツアーのポルトガルへの乗り継ぎは断念したとの情報が入る…ようやくベルリンのホテルに着いたのは深夜12時過ぎ…



 とにもかくにも、ドイツにたどり着いた。ゲーテ、ヘッセ、トーマス・マン、ケストナー、ギュンター・グラスのドイツに。森鴎外『舞姫』の舞台、激動の現代史の舞台、憧れ続けたベルリンに。
 簡素な、しかし実用的なホテルの部屋で、まず最初の眠りにつく…


ドイツ2日目。朝、ホテルの部屋の窓から外の景色を見る。ベルリンの日常が進行する。トラム(路面電車)が走る。




朝食はパン・ハム・ソーセージ・チーズ・ヨーグルト・オレンジジュース・コーヒー。すべて、お世辞抜きで美味しい。ヨーロッパの旅では、朝食はいつでも合格点だ。今までも外れたことがない。




午前中はベルリン市内観光。気さくな運転手ヨーゼフさんの運転技術は完璧、気配りも満点。たった8人(プラス添乗員)で大型バスの旅は快適というほかない。

まず訪れたのが、「ブランデンブルク門」。プロイセン王国の凱旋門としてアテネ神殿の門を手本に18世紀に建造されたこの門は、東西分裂時代は壁が築かれていたため通ることはできなかった。1989年11月、東ベルリン市民がこの門を通る姿を、私もたしかにテレビで目撃した。




続いて、「テロのトポグラフィー」という展示館を訪れる。ナチスの恐怖政治について解説する写真を中心に展示している建物で、ナチス親衛隊(SS)と国家秘密警察(ゲシュタポ)の跡地に建てられているが、このすぐ前に「ベルリンの壁」が、当時の姿を残したまま保存されている。 




そのあとバスは「ユダヤ人犠牲者記念館」の横を通過する。記念碑として2711本のコンクリートブロックが並び、地下には記念館がある。NHK・Eテレの「旅するドイツ語」で紹介されていた場所で、ぜひ訪れたいと思っていたが、今回はバスの窓からシャッターを切るのみ…




行きたい場所はまだまだいくらでもあった(たとえば「森鴎外記念館」や「ベルリン大聖堂」や「映画博物館」など)。だがこのツアーの限られた時間では、街をバスで駆け抜けるだけだ。

昼食はカフェ(かつバーでありレストラン)で魚料理。それと、もちろんベルリンのビール(「ベルリナー・ピルスナー」)。今回の旅で狙っていた現地のピルスナーと早速遭遇。予想通り、ほどよい苦味とさわやかな切れ味。ビールに関しては、幸先の良いスタートと言うべきか。




午後はベルリンと隣接するポツダムへ。言うまでもなく、ポツダム会談が行われた街。そしてフリードリヒ大王の夏の居城・サンスーシ宮殿がある街。ひそかに楽しみにしていた場所だ。

ポツダム会談の舞台「ツェツィーリエンホフ宮殿」は、プロイセン・ホーエンツォレルン家最期の皇太子とその妃のための宮殿で、1917年に完成。第2次世界大戦末期の1945年7~8月、ここで米・英・ソ連の首脳会談が開かれ、戦後処理が話し合われた。
トルーマン、チャーチル、スターリンの思惑が交錯したこの宮殿内部の撮影は、特別料金が必要。会議が開かれた部屋は、当時のままに保存されている。




続いて、「サンスーシ宮殿」に向かう。サンスーシとはフランス語で「憂いのない」という意味で、日本語では「無憂宮」と呼ばれる。フリードリヒ大王(フリードリヒ2世)は、1747年に作られたこの宮殿で後半生のほとんどを過ごした。
夏の観光シーズンには入場2~3時間待ちになるという宮殿だが、いまはシーズンオフ。階段状のブドウ園にも、まだ緑はない。しかし、不思議な美しさをたたえたこの景観はやはり必見。寒冷地でも育つジャガイモの栽培を奨励した大王にちなんで、ジャガイモが供えられた大王の質素な墓とともに記憶にとどめたい。




さて、バスはここから3時間、ひたすらドレスデンを目指して走り続ける。


 ドイツ3日目。ドレスデン。前の晩はホテルで夕食だった。当然飲み物はドレスデンのビール「ラーデベルガー・ピルスナー」。部屋の冷蔵庫(実はこの旅行中、冷蔵庫がない部屋も多かった。別に、なくても困らない気候だったが。)の中にもしっかりと、この世界的に有名な銘柄は完備されている。




 そして朝食。もちろん、パンもハムもソーセージもチーズも…美味しい。




 この日は、午後までドレスデン市内観光。ドレスデンの旧市街をめぐるこの日の日程が、今回のツアーのメインだった、と言っても過言ではないだろう。事前に見ることができた画像や映像を繰り返しチェックし、旅行した経験のある友人の話に耳を傾け、何ヵ月も前からひたすらイメージを作り上げてきた。
 しかし、バスから降りて「ゼンパーオーパー(ザクセン州立歌劇場)」前の広場に立ち、周囲の建物群を見渡した時、その想像以上の美しさ、重厚さ、風格に完全に圧倒された。鳥肌が立つ、とはこのようなときに使う言葉だろう。ため息しか出ない空白の時間のあと、ようやく私たちは歩き出した…




 「三位一体大聖堂」、「レジデンツ宮殿」、エルベ川沿いの「ブリュールのテラス」、「君主の行列」…「エルベ川の真珠」と呼ばれるドレスデンの旧市街をゆっくりと歩く。すべてがこのエリアに密集しているのだ。何という贅沢な時間だったことか。




 ドレスデンが生んだ、私の敬愛する文学者エーリッヒ・ケストナー(1899-1974)は、少年時代を描いた自伝『わたしが子どもだったころ』(1957)の中で故郷について次のように書いている。
 
  ドレースデンは、芸術と歴史に満ちた、すばらしい都会だった。しかし、六十五万のドレースデン人がぐうぜん住んでいた博物館ではなかった。過去と現在とがたがいに一つのひびきをなして生きていた。
…何が美しいかを、わたしは書物によって初めて学ぶにおよばなかった。学校でも、大学でも、学ぶにおよばなかった。山林官の子が森の空気を呼吸するように、わたしは美を呼吸することができた。カトリックの宮中教会、ゲオルク・ベールの聖母教会、ツヴィンガー、ピルニッツ城…
(『わたしが子どもだったころ』)

 しかし、この街は1945年2月の大空襲により多くの建物が崩壊し、廃墟と化した。ケストナーは、次のように続けている。

  …みなさんはだれも、たとえおとうさんがまだたいそう金持ちであっても、わたしのいうことが正しいかどうか見るために、汽車に乗って行くことはできない。なぜならドレースデン市はもはや存在しないからだ。
(『わたしが子どもだったころ』)

 戦後、そしてドイツ統一後、多くの建物が再建されていく。その象徴的な建物が「フラウエン教会(聖母教会)」だろう。
 1743年に完成したドイツ最大のプロテスタント教会は大空襲で崩壊したが、1994年に再建が始まり2005年によみがえった。白い外壁のあちらこちらに黒い石が混じっているが、これは空爆で破壊された当時の石。位置を特定する「世界最大のパズル」の末、このような形で再建された。教会の前には、ルターの像が立つ。




 ドレスデンには「ケストナー博物館」もあるが、これはエルベ川を挟んで対岸の新市街。訪問は諦めざるをえなかった…

 さて、ドレスデン旧市街の旅はまだまだ続く。「ツヴィンガー宮殿内アルテ・マイスター絵画館」と「陶磁器コレクション」についてはふれておこう。
 ラファエロの「システィーナのマドンナ」をはじめ、フェルメール、レンブラント、デューラーなど古典絵画の宝庫である「アルテ・マイスター絵画館」は、期待通りだったと言うべきだろう(しかも事前情報と違って写真撮影可だった)。フェルメールの「手紙を読む少女」が修復中だったのは残念だったが。




 マイセン磁器の名品が展示された「陶磁器コレクション」は、今回のコースの豪華付録といったところか。マイセンを訪れることはできなかったが、数多くの名品のオリジナルを鑑賞することができた。




 ドレスデンで、旅の目標の半分を終えてしまった…そのようにも感じたが、まだ旅は半ばどころか、始まったばかりだ。つぎの目的地ニュルンベルクまでは4時間。


ドイツ4日目。ニュルンベルク。前の晩は、ホテル到着前にビアホールで食事。「カイザーブルク城」駐車場から、夜のニュルンベルク市街を歩く。




 ニュルンベルクの名物ソーセージと「赤いビール」の夕食。このビールも狙っていた…




 そして、ホテルでサッカー観戦。ちょうど、ヨーロッパの最強クラブを決めるUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦が放映されていた。地元ドイツの雄バイエルン・ミュンヘンがイングランドのリヴァプールに粉砕される瞬間をリアルタイムで観る。ここはバイエルン州。次の日の新聞記事・テレビニュースのトーンは暗い…




 午前中はニュルンベルク市内観光。まず、バスの窓からナチス党大会会場跡「ドグツェントルム」を確かめる。レニ・リーフェンシュタール監督によって作られたナチスのプロパガンダ映画(ドキュメンタリー)『意志の勝利』(1934)は、この会場で撮影された。その面影を残す「ツェッペリン広場」を何とか撮影する。




 この日のドイツ(ここニュルンベルクだけではなかった)は寒かった。小雨と冷たい風の中、ゴシック様式の巨大な教会「聖ローレンツ教会」、中央広場「美しの泉」、そして広場の市場(白アスパラ・シュパーゲルがあったが、まだ地物の季節ではないようだ)の横を通ったが、寒さと疲労の為ボルテージは下がったままだ…




 ドイツ・ルネッサンスの大画家デューラーが住んでいた家を横目で見ながら、神聖ローマ皇帝の城「カイザーブルク」に駆け込む。天気は相変わらず悪い…

 次の目的地ローテンブルクまでは2時間。ここで、旅の前半は終了、といったところか。

 

<後記>

  まず「ドイツ紀行(上)~ベルリンからニュルンベルクまで~」を発信する。このあと、「ドイツ紀行(下)~ローテンブルクからライン川まで~」を発信する予定だ。そこまでたどり着いたら、次のことを考える。




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。


2019年4月2日火曜日

【越境するサル】№.186「今年出会ったドキュメンタリー 2019年1-3月期」(2019.3.30発行)


2019年1-3月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。



         「今年出会ったドキュメンタリー 2019年1-3月期」


 2019年1月から3月までに観たドキュメンタリーを列挙する。スクリーンで観た映画は5本、あとはDVD等での鑑賞。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、※はテレビ・ドキュメンタリー。

1月・・・『黙ってピアノを弾いてくれ』
    (2018  フィリップ・ジェディック 青森シネマディクト)
     『フジコ・ヘミングの時間』(2018 小松莊一良)
     『私はあなたのニグロではない』(2016 ラウル・ペック  再)
     『ぼくの宝物~力士の夢と弟と』(2019 ドキュメントJ)※
     『消えた村のしんぶん~滋野村青年団と特高警察』
     (2019 ドキュメントJ)
     『壇蜜 生と死の坩堝(るつぼ)タイ』(2019 BSプレミアム)
     『辺野古に住んで見えたこと~“移設先の町”4か月の記録~』
     (2018 目撃!にっぽん)※
      『変貌する自衛隊』(2019 NNNドキュメント)※
      『もし、このまちに…原発で描いた未来』
     (2017 第26回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品)※
     『マイケル・ジャクソン 最期の24時間』
     (2019 BS世界のドキュメンタリー)※     
 
 2月・・・『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』
      (2017 マイケル・ロバーツ)
      『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017  原一男  再)              
      『移住  50年目の乗船名簿』(2019  ETV特集)※
      『朝鮮戦争 秘録~知られざる権力者の攻防~』
      (2019 NHKスペシャル)※
     『独裁者ヒトラー 演説の魔力』(2019 BS1スペシャル)※
     『ボルトとダシャマンホールチルドレン20年の軌跡』
      (2019  BS1スペシャル)※
       『おっぱいでいっぱい』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
       『爆弾処理兵  極限の記録』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
       
 3月・・・『津軽のカマリ』(2018  大西功一「ドキュメンタリー最前線」再)
         『ザ・ビッグハウス』(2018  想田和弘「ドキュメンタリー最前線」)
     『台湾萬歳』(2017  酒井充子「ドキュメンタリー最前線」再)
     『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』
      (2018 デイヴイッド・バッティ 青森シネマディクト)
       『素顔のボヘミアン・ラプソディ』
       (2019 BS世界のドキュメンタリー)※
       『昭和 激動の宰相たち』(2019 映像の世紀プレミアム)※
       『誰が命を救うのか 医師たちの原発事故』(2019 ETV特集)※
       『人民と独裁者の夢宮殿』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
       『沖縄保守の系譜~政治家 翁長雄志』(2019 ドキュメントJ)※
       『改善か 信仰か~激動チベット3年の記録~』
       (2019 BS1スペシャル)※
      『彼らは再び村を追われた 知られざる満蒙開拓団の戦後史』
       (2019 ETV特集)※
         『“分断の壁”突き破れ~若者がみた沖縄県民投票~』
     (2019 テレメンタリー)※       
       『星の王子さまの世界旅』(2019 BS世界のドキュメンタリー)※
               

毎回、「収穫」を選んでいるが、今回も数本紹介する。まず、映画から。  

  『黙ってピアノを弾いてくれ』(2018  フィリップ・ジェディック  青森シネマディクト)。ピアニスト・作曲家、チリー・ゴンザレス。90年代後半、モントリオールからベルリン、パリへとわたった彼は、その強烈なキャラクターとピアノ技術で天才と呼ばれた。その彼の、知られざる人生と数々のライブパフォーマンス満載のエンターテインメントともいえるドキュメンタリー。プレミア上映を果たしたベルリン国際映画祭で、観客は鳴り止まないスタンディングオベーションを浴びせた。




『私はあなたのニグロではない』(2016  ラウル・ペック)。「山形国際ドキュメンタリー映画祭2017」でインターナショナル・コンペティション部門優秀賞を受賞し、その後劇場公開された作品。映画祭の報告で私が書いた紹介文を再掲する。「1963年6月に死んだメドガー・エヴァーズ、1965年2月に死んだマルコムX、1968年4月に死んだマーティン・ルーサー・キング・ジュニア。暗殺された3人のアフリカ系アメリカ人活動家の複雑なつながりを突きとめようと、やはりアフリカ系アメリカ人の作家であるジェームズ・ボールドウィンは『リメンバー・ディズ・ハウス』を執筆する計画を立てる。この未完の原稿をもとに、ハイチ出身のラウル・ペック監督は人の活動家とボールドウィンの映像を軸にした激動の現代史を描き出す。4人の映像の圧倒的な存在感、骨太の構成、ドキュメンタリーの王道ともいえる作品と出会った。」



『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017  原一男)。「山形国際ドキュメンタリー映画祭2017」で市民賞を受賞し、その後劇場公開された作品。映画祭の報告で私が書いた紹介文を再掲する。「石綿(アスベスト)産業で栄えた大阪・泉南地域。この地のアスベスト被害の責任を求めて、工場の元労働者と家族、周辺住民らが起こした国家賠償請求訴訟の8年以上にわたる闘いの記録がこの作品である。裁判終結に至るまでの原告と弁護団の闘いのドラマを、原一男監督は見事に描き切った。原監督の代表作『ゆきゆきて神軍』(1987)や『全身小説家』(1994)は、ひとりの強烈なキャラクターの存在によって成立していたが、この作品の登場人物たちの個性もまた原監督によって引き出され、魅力的な群像劇となっている。上映後、ロビーで行われた質疑応答に登場した原監督と原告団の面々に対して熱い拍手が送られたが、それは間違いなく映画祭の中で最もエキサイティングなシーンのひとつだったのではないか。なお、この作品は、観客の投票で決定される市民賞を受賞した。順当な結果である。」


『津軽のカマリ』(2018  大西功一 「ドキュメンタリー最前線」再)。3月9日のharappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」で上映。『越境するサル』で私が書いた紹介文を再掲する。「津軽民謡を新たな三味線曲として編曲し津軽三味線の独奏という芸域を切り開いた初代高橋竹山が、1998年87歳で亡くなるまでの生涯を、残存する演奏と語りと二代目高橋竹山ら映像関係者の証言で綴る、圧倒的な104分。」

       
  『ザ・ビッグハウス』(2018  想田和弘「ドキュメンタリー最前線」)。3月9日のharappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」で上映。『越境するサル』で私が書いた紹介文を再掲する。「全米最大のアメリカンフットボール・スタジアムを題材に完成させた観察映画第8弾。10万人以上の収容人数を誇り、「ザ・ビッグハウス」と称されているミシガン大学のアメリカンフットボールチーム「ウルヴァリンズ」の本拠地ミシガン・スタジアムで、想田監督と13人の学生を含めた17人の映画作家がそれぞれ選手のプレイや観客の熱狂を撮影、その後編集・批評・撮影を繰り返しながらこの巨大スタジアムの全貌を描き出す。」


『台湾萬歳』(2017  酒井充子「ドキュメンタリー最前線」再)。3月9日のharappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」で上映。『越境するサル』で私が書いた紹介文を再掲する。「舞台は台湾南東部・台東縣成功鎮。多様な民族が暮らす人口約22万5千人の台東縣、成功鎮は原住民族と漢民族系の人々がほぼ半数ずつ暮らす人口約1万5千人の町だ。もともとアミ族が暮らしていた地域に、1932年(昭和7)年漁港が作られ、それ以降日本人や漢民族系の人々が移住してきた。いまも続く「カジキの突きん棒漁」は日本人移民が持ち込んだものだ。ここに住む5人(5組)の生活を淡々と描く『台湾萬歳』は、ひとつの「人間讃歌」である。いつのまにか私たち観客は、台東縣成功鎮を中心とする小宇宙の中に吸い込まれ、登場人物たちと共に呼吸し生活しているような気持になってしまう…」


『マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!』(2018 デイヴイッド・バッティ青森シネマディクト)。世界中に影響を与えたイギリスの1960年代カルチャー「スウィンギング・ロンドン」を描いたドキュメンタリー。イギリスの名優マイケル・ケインがプロデュースとプレゼンターを務める。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、ツイッギー、マリー・クワント…インタビューに過去の映像を盛り込み、時代を描き出す。新しい流れの背後にあった「階級」の問題、ドラッグの問題についてもを正面から取り上げている。ピーター・バラカンが日本語字幕監修を担当。
   


テレビ・ドキュメンタリーからも数本。

  『消えた村のしんぶん~滋野村青年団と特高警察』(2019 ドキュメントJ)。2018年5月2日、信越放送(SBS)で初回放送。大正から昭和初期、長野県上田小県地域では「時報」と呼ばれる村の新聞が相次いで創刊された。郡内33の町村で青年団が編集を担い、政治や経済から地域の話題まで幅広い記事が掲載された「時報」は、村の自治意識を表わすものだった。しかし、経済恐慌から太平洋戦争に至る過程で紙面は変化し、やがて言論統制のため一斉に廃刊された。なぜ「村のしんぶん」が消えていったのか。当時を知る関係者へ取材するとともに、「時報」の記事と特高警察の資料を突き合わせて検証する。第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞文化貢献部門奨励賞受賞作品。

『マイケル・ジャクソン 最期の24時間』(2019  BS世界のドキュメンタリー)。原題:The Last 24 Hours: Michael Jackson。制作:Entertain Me Productions(イギリス 2018)。2009年、世界ツアー直前のM・ジャクソンは不可解な死を遂げる。極度の不眠から麻酔薬注射を常用していた彼の死の真相を検証するドキュメンタリー。幼少期からの虐待、CМ撮影中の火傷が発端とされる整形手術、幼児虐待疑惑…最期の1年に焦点を当て、キング・オブ・ポップの生涯を追う。

『移住 50年目の乗船名簿』(2019  ETV特集)。元NHKディレクター相田洋(82)は、1968(昭和43)年南米に移住した人々のその後を10年毎に取材する「乗船名簿シリーズ」を制作してきた。今年も「移住 50年目の乗船名簿」を制作、半世紀にわたる長期取材を続けた空前絶後の群像ドキュメンタリーが、4回にわたり放送された。第1回「アマゾンに生きた人々」(2018.12.29)、第2回「夢と希望と愛の軌跡」(2019.1.5)、第3回「異郷に生きる」(2019.1.26)、第4回「理想郷の行方~ある開拓詩人一族の歳月」(2019.2.2)。ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ…移民たちの、その家族の、壮絶な50年。

『爆弾処理兵  極限の記録』(2019  BS世界のドキュメンタリー)。原題:THE DEMINER。制作:LOLAV MEDIA(スウェーデン 2017)。イラクで10年以上、テロ組織が仕掛けた地雷や爆弾を除去し続けた伝説の男ファーケル。2003年、フセイン政権崩壊直後に地雷除去を始め、アメリカ駐留軍とともに、ナイフとワイヤーカッターだけを手に爆発物を処理し続け、爆発で右足を失った後も故郷モスルで活動を続けた彼の一生を、息子の語りで綴る。

『誰が命を救うのか  医師たちの原発事故』(2019 ETV特集)。福島第一原発の事故発生直後、福島に入っていった医師たち。原発事故に対応する準備もなく混乱する現場で、汚染された住民の対応、爆発で負傷した自衛隊員の治療など、最前線で奔走した医師たち自身が撮影した写真と映像と彼らの証言によって、当時の医療現場の実態を明らかにする。今年も「3.11」を挟んで、この作品と同じテーマを扱った『緊急被ばく医療の闘い~誰が命を救うのか~』(2019 BS1スペシャル)をはじめ『原発事故 命を脅かした心の傷』(2019 ETV特集)・『無人の町から8年~福島県浪江町~』(2019 NHK2画面ドキュメンタリー)・『庁舎は語る~大槌町あの時なにがあったのか』(2019ドキュメントJ)・『イナサ吹く故郷で~仙台市荒浜 14年間の記録~』(2019 BS1プレミアム)※『復興ラグ 大震災8年 人は…町は…』(2019 NNNドキュメント)・『3.11を忘れるな77  プレハブのふるさと』(2019 テレメンタリー)等々、力作が揃った。すべてチェックすることはできないが、できる限り記録しておきたい。

『沖縄保守の系譜~政治家 翁長雄志』(2019 ドキュメントJ)。RBC琉球放送、2018年12月31日初回放送。2018年8月急逝した沖縄県翁長前知事。「保守」のリーダーだった彼が、なぜ「辺野古移設阻止」を目指し政府と対立し続けたのか。関係者の証言により彼の半生をたどるとともに、沖縄の苦難の歴史が生み出した、本土の保守とは一線を画する「沖縄保守政治家」の姿を検証する。

『彼らは再び村を追われた 知られざる満蒙開拓団の戦後史』(2019 ETV特集)。昭和初期、国策により旧満州・中国東北部に渡った27万人の「満蒙開拓団」。終戦により帰国した人々の多くは、新たな国策「戦後開拓事業」により国内の開拓地に向かうが、そこには新たな苦難が待っていた…旧農林省の内部文書や開拓者の証言で綴る「知られざる戦後開拓史」。のちに原発と関連施設が立地された土地(福島第一原発も含む)の半数、新空港が突如計画された三里塚、これらが開拓地であった事実もしっかりと押さえている。必見のドキュメンタリー。


<後記>

   映画館で2本、自分たちの自主上映会で3本、スクリーンでドキュメンタリー映画を観ることができた。また自主上映の2本も含め、2度目の鑑賞が4本。すべて重要な作品だ。テレビ・ドキュメンタリーは、3月の秀作群を拾いきれなかった…次号は「ドイツ紀行」。






(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。


2019年3月12日火曜日

【harappa Tsu-shin】harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」開催しました♪

みなさん、こんにちは!
先週末は、harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」を開催しました。
今回でひっそりと30回目を迎えたharappa映画館♪
今回は、いつもの中三8Fスペースアストロではなく、
スペースデネガでの開催となりました♪

いつもとは違う会場で、スタッフもお客さんも少し緊張気味です。。。

今回の上映作品は、 『津軽のカマリ』、『ザ・ビッグハウス』、『台湾萬歳』の3本でした。

『津軽のカマリ」では、プロデューサーの明山遼さんがサプライズ出演してくださいました♪
弘前での上映を待ち望んでいたお客さんがたくさんお越しくださいました!

そして!『台湾萬歳』では酒井充子監督がトークゲストとして登場♪
客席からも熱い質問が飛び交い、記念すべき30回目のharappa映画館を締め括ってくださいました♪

今回の上映で今年度のharappa映画館も無事に終了しました!
また来年度も皆さんに楽しんでいただける上映会を開催できるようにがんばります!
お越しいただいた皆さん、ゲストの酒井充子監督、明山遼さん、本当にありがとうございました♪



(harappaスタッフ=太田)

2019年3月5日火曜日

【harappaこどもびじゅつ部 春休み特別編】当日ボランティアスタッフ募集のお知らせ


小学生を対象にアートを考え・楽しむワークショップ
「harappaこどもびじゅつ部」の春休み特別編。

ライオンやクマ、キリンやトカゲなどの動物の彫刻をつくっている 彫刻家・三沢厚彦さんと、衣装を着たり、装飾したりといろいろな 場所でユニークな集合写真をとっている写真家・浅田政志さんと一緒に動物園!?をつくる小学生を対象としたワークショップです!

このワークショップを一緒につくってくれる
ボランティアスタッフを募集しております。

◯作業日時
3/26(火) 09:00〜16:00頃

◯作業内容
会場準備、ワークショップ作業フォロー、児童の見守り、片付けなど
・お弁当をご用意しております
・交通費や謝礼はございませんので、ご了承ください

◯場所
弘前文化センター3F・工作実習室
および弘前公園(天候によって変更になる場合があります)

◯募集対象
高校生以上 4名程度

少しでも興味のある方は、ぜひ事務局までご連絡くださいませ。
メール場合、件名に「harappaこどもびじゅつ部 ボランティアスタッフ希望」と
明記の上、ご連絡ください。ぜひお待ちしております!!

問合:harappa事務局
tel: 0172-31-0195(平日 9時〜17時半) e-mail: post@harappa-h.org

☆ワークショップの詳しい情報はこちら
http://harappa-h.org/contents/20190326kodomows-spring.php






2019年3月1日金曜日

【越境するサル】№.185「『ドキュメンタリー最前線 2019 ―越境する映画』~上映会への誘い~」(2019.2.24発行)

3月9日、harappa映画館は「ドキュメンタリー最前線 2019―越境する映画」と題して3本のドキュメンタリー映画を上映する。『津軽のカマリ』・『ザ・ビッグハウス』・『台湾萬歳』…大西功一・想田和弘・酒井充子、文字通りドキュメンタリー映画界の最前線で活躍する3人の監督の意欲作。harappa映画館としては初めての「スペース デネガ」での開催に、多くの市民が駆けつけてくれることを期待する。


   「『ドキュメンタリー最前線 2019 ―越境する映画』~上映会への誘い~」

   3人の監督には、それぞれ思い入れがある。

  大西功一監督の作品と初めて出会ったのは2011年12月の「函館港イルミナシオン映画祭」だった。沖縄宮古島の古謡・神歌をテーマにしたドキュメンタリー『スケッチ・オブ・ミャーク』(2011)が国内外で高い評価を受け、この映画祭でも監督のトークつきで上映されるということで弘前から駆けつけたのだが、強風で函館山頂上の会場での上映が不可能になり日程・会場が大幅に変更、市電の最終地点「谷地頭」の奥の「ふるる会館」で上映されることになった。タクシーでようやくたどり着き、出会った作品と監督のトークの記憶はいまだに鮮明である。
  大阪生まれの大西監督は現在函館を拠点としているが、徹底した津軽取材で作り上げたのが今回上映する『津軽のカマリ』(2018)。津軽民謡を新たな三味線曲として編曲し津軽三味線の独奏という芸域を切り開いた初代高橋竹山が、1998年87歳で亡くなるまでの生涯を、残存する演奏と語りと二代目高橋竹山ら映像関係者の証言で綴る、圧倒的な104分。
 2018年11月3日より青森松竹アムゼ、シネマヴィレッジ8・イオン柏にて先行ロードショーが行われたが、弘前では初上映となる。



   ナレーションもテロップもBGMもない、自ら名付けた「観察映画」の旗手・想田和弘監督の作品は、すでに国内外で高い評価を受けている。落下傘候補のドブ板選挙を描いた
「観察映画」第1弾『選挙』(2007)を皮切りに、外来の精神科診療所「こらーる岡山」の日常を描いた『精神』(2008)、岡山で福祉の仕事に携わる義父母とまわりの人々の静かな日常を描いた『Peace』(2010)、平田オリザと劇団「青年団」を描いた『演劇1・2』(2012)と、次々と問題作を造り出した。「harappa映画館」でも2012年3月の「ドキュメンタリー最前線2012」で『精神』と『Peace』の2本を上映したが、どちらも私たちに強烈な印象を残した。
   『ザ・ビッグハウス』は、全米最大のアメリカンフットボール・スタジアムを題材に完成させた観察映画第8弾。10万人以上の収容人数を誇り、「ザ・ビッグハウス」と称されているミシガン大学のアメリカンフットボールチーム「ウルヴァリンズ」の本拠地ミシガン・スタジアムで、想田監督と13人の学生を含めた17人の映画作家がそれぞれ選手のプレイや観客の熱狂を撮影、その後編集・批評・撮影を繰り返しながらこの巨大スタジアムの全貌を描き出す。



   そして、今回の上映会のクロージング作品は酒井充子監督の『台湾萬歳』(2017)。
  「harappa映画館」は、過去3回酒井充子監督作品を上映した。2010年3月、記念すべき最初のドキュメンタリー特集「ドキュメンタリー最前線」で上映した『台湾人生』、2014年2月上映の『台湾アイデンティティ』、2015年2月上映の『ふたつの祖国、ひとつの愛  イ・ジュンソプとその妻』。『台湾人生』と『ふたつの祖国、ひとつの愛  イ・ジュンソプとその妻』の上映の際には酒井監督も弘前を訪れ、トークを繰り広げた。
   新聞社勤務(北海道新聞)を経て2000年から映画の制作や宣伝に携わっていた酒井監督は、初監督作品の『台湾人生』(2009)で日本統治時代の台湾で青春期を送った「日本語世代」の5人の台湾人が語るそれぞれの半生を描き、続く『台湾アイデンティティ』(2013)では国民党支配の下での「白色テロ」の記憶に踏み込んだ。歴史に翻弄された人々の人生と日本に対する複雑な想いを私たちに伝える「台湾三部作」の最終章が、今回の『台湾萬歳』である。
   『台湾萬歳』の舞台は台湾南東部・台東縣成功鎮。多様な民族が暮らす人口約22万5千人の台東縣、成功鎮は原住民族と漢民族系の人々がほぼ半数ずつ暮らす人口約1万5千人の町だ。もともとアミ族が暮らしていた地域に、1932年(昭和7)年漁港が作られ、それ以降日本人や漢民族系の人々が移住してきた。いまも続く「カジキの突きん棒漁」は日本人移民が持ち込んだものだ。ここに住む5人(5組)の生活を淡々と描く『台湾萬歳』は、ひとつの「人間讃歌」である。いつのまにか私たち観客は、台東縣成功鎮を中心とする小宇宙の中に吸い込まれ、登場人物たちと共に呼吸し生活しているような気持になってしまう…
 
※今回は、上映後に酒井充子監督のトークを準備しているが、その参考として『越境するサル』№161「酒井充子監督『台湾萬歳』、台湾三部作最終章へ」を紹介しておく。『台湾萬歳』劇場公開を伝える内容である。ぜひ読んでほしい。
  【越境するサル】№.161「酒井充子監督『台湾萬歳』、台湾三部作最終章へ」(2017.9.11発行)


  3月9日は、スペース デネガ へ。(今回の会場は中三ではありません。)
 

日程等は次の通り。

3月9日(土) 弘前市上瓦ヶ町「スペース デネガ」

「ドキュメンタリー最前線 2019―越境する映画」
   10:30   『津軽のカマリ』(104分)
   13:30   『ザ・ビッグハウス』(119分)
 16:15   『台湾萬歳』(93分)
              ※上映後、酒井充子監督によるシネマトーク

 3回券 2500円(前売りのみ)
 1回券 前売 1000円   当日 1200円 
 会員・学生 500円
 ※1作品ごとに1枚チケットが必要です。

 チケット取り扱い                                                     
     弘前中三、まちなか情報センター、弘前大学生協、コトリcafe(百石町展示館内)

詳細は、次をクリックせよ。
    harappa映画館「ドキュメンタリー最前線2019」



(後記)
   今回は、上映会の紹介。次の号はドキュメンタリーの紹介か、紀行。スケジュール的にこなしているが、もうひとつ柱が欲しい…




(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。