2015年1月6日火曜日

【越境するサル】№133 「2014年、その後の『サル』」(2014.12.29発行)

2014年は、№123「藤岡利充、酒井充子、そしてヤン ヨンヒ~上映会への誘い~」から№132「今年出会ったドキュメンタリー 2014年10-12月期」まで10 本、ほぼ例年並みの発信となった。だが、このうち4本は「今年出会ったドキュメンタリー」。ほかは低調だったと言わざるを得ない…今年も「その後の『サル』」と題して、2014年に扱ったテーマのその後の展開を記す。

 
    「2014年、その後の『サル』」

№123「藤岡利充、酒井充子、そしてヤン ヨンヒ~上映会への誘い~」
    「harappa映画館」第17回(2/22)は、「ドキュメンタリー最前線2014」(『映画「立候補」』(2013 藤岡利充)・『台湾アイデンティティ』(2013 酒井充子)・『ディア・ピョンヤン』(2005 ヤン ヨンヒ))、「harappa映画館」第18回(3/15)は、「ヤン ヨンヒ監督特集」(『愛しきソナ』(2009 ヤン ヨンヒ)・『かぞくのくに』(2012 ヤン ヨンヒ)とヤン ヨンヒ監督のトーク)。監督トークの進行を受け持ったこともあり、ヤン ヨンヒ監督の世界に「はまってしまった」自分がいた。彼女の作品をすべて上映することができた満足感もあり、このマイブームは5月にWOWOWで彼女のテレビ・ドキュメンタリー「綾戸智恵 その歌声が変わった日~父と母の痛みを抱いて~」(ノンフィクションW)が放送されるまで続いた。さて次は、彼女の新しい長編が観たい。   その後、 「harappa映画館」の企画はずっとなかったが、11月、harappa映画館special「イタリア・オペラにようこそ~映画とライブ、至福の一夜~」(http://harappa-h.org/contents/20141107harappamovie.php)を実施、好評を博した。   そして、2015年3月、再びドキュメンタリーの上映を企画している。『フタバから遠く離れて 第二部』(2014 舩橋淳)・『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2013 リティ・パニュ)・『ある精肉店のはなし』(2013 纐纈あや)・『ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~』(2014 酒井充子)の4本の予定だが、詳細はもう少し待ってほしい。

№124「珈琲放浪記~函館 湯の川から宮前町、そしていつもの十字街へ~」
№129「珈琲放浪記~アイスコーヒー 2014年夏~」
   古川界隈の「カフェ・ジ・ターヌ」でマンデリン・ブルーバタックを飲んでから、いくつかの街でいくつかの出会いがあった。たとえば札幌、たとえば小樽、たとえば八戸、たとえば弘前の初めて入る珈琲豆屋。その中で印 象に残っているのは、やはりマンデリンである。と言うより、私はどこの喫茶店に行っても、まずマンデリンを探し、初めて訪れる街の喫茶店をガイドブックや インターネットで調べる際も、メニューにマンデリンがあるかどうかを確かめる。要するに、私の珈琲放浪の目的はマンデリンと出会うことなのだ。それも深煎 りの。
   次の「珈琲放浪記」のテーマ、と言うか副題は「マンデリンへの道」…少し時間がかかるかもしれないが、マンデリンについてじっくりと取り組んでみたい。
   次の「珈琲放浪記」のテーマ、と言うか副題は「マンデリンへの道」…少し時間がかかるかもしれないが、マンデリンについてじっくりと取り組んでみたい。


№125「映画『ハンナ・アーレント』をめぐって」
 映画『ハンナ・アーレント』が大きなセンセーションを巻き起こしたことにより、アイヒマン裁判を描いたドキュメンタリー『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』(1999 エイアル・シヴァン監督)が再び脚光を浴びることになった。2014年1月、東京渋谷・ユーロスペースで緊急限定リバイバル上映、8月にはDVDのレンタ ルも開始された。私もひさびさに良い画質で鑑賞することができたが、アイヒマン裁判を議論するための条件は整いつつある。   アーレントの哲学そのものも、すでに哲学史の重要な1ページとなりつつある。私の仕事(とりわけ受験指導の分野)の中でも重要な位置を占めることになる。ますます彼女の著書の精読が必要であるが、私の関心は「アイヒマン裁判とアーレント」から動きそうもない…

№126「今年出会ったドキュメンタリー 2014年1-3月期」
№128「今年出会ったドキュメンタリー 2014年4-6月期」
№131「今年出会ったドキュメンタリー 2014年7-9月期」
№132「今年出会ったドキュメンタリー 2014年10-12月期」
   初めて年4回の発信を試みた。おかげで、多くのテレビドキュメンタリーを紹介することが出来たし、私自身もほぼ毎日ドキュメンタリーに向き合う緊張感を保ち続けている。録画して鑑賞した番組はこの2~3倍に上る。   さて、この中で「年間ベスト」を選ぶとなると、映画では次の3本の印象が圧倒的だ。『アクト・オブ・キリング』(2012 ジョシュア・オッペンハイマー)、『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2013 リティ・パニュ)、 そして『ある精肉店のはなし』(2013 纐纈あや)。3本とも「青森シネマディクト」の大きなスクリーンで観た。つまり、かなり期待して映画館まで行っ たということだが、どれも期待通りだった。『アクト・オブ・キリング』と『ある精肉店のはなし』は昨年の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」で見逃した作 品。映画館で普通に観ることができたこと自体にも意味がある。   この3本以外では、『メキシカン・スーツケース <ロバート・キャパ>とスペイン内戦の真実』(2011 トリーシャ・ジフ)、『キューティー&ボクサー』(2013 ザッカリー・ハインザーリング)、『三姉妹~雲南の子』(2012 ワン・ビン)、それと「脱原発弘前映画祭」でシリーズ1と2を観ることができた『福島 生きものの記録』(2013・2014 岩崎雅典)が特筆もの。   テレビ・ドキュメンタリーでは、『綾戸智恵 その歌声が変わった日~父と母の痛みを抱いて~』(2014 ノンフィクションW ヤン ヨンヒ)と『38歳 自立とは?』(2014 極私的ドキュメント にっぽんリアル)、それと『再起の一滴~陸前高田・老舗醤油店1000日の記録~』(2014 テレメンタリー)の3本。どれも個人的に思い入れのあるものばかりだが、その思い入れを除いても質の高い作品だと言える。   あと、『続・放射線を浴びたX年後 日本に降り注いだ雨は今』(2014 NNNドキュメント)と『放射線を浴びたX年後3 棄てられた被ばく者』(2014 NNNドキュメント)の2本は、長い年月をかけた取材そのものに敬意を表する。今年は特に、民放の地方局制作のテレビ・ドキュメンタリーを積極的に紹介しようと努めたが、来年もこの姿勢は維持したい。   来年2015年は「山形国際ドキュメンタリー映画祭」が開催される年だが、私は仕事の都合で行けそうもない。その欠落を埋めるために、他の映画祭や劇場で 上映される作品をまめにチェックし、積極的に出かけていきたい。また、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の過去の受賞作や話題作を入手し、鑑賞すること ができれば、と思う。


№127「旅のスケッチ~台北の想い出」
   旅から帰った後、しばらく余韻に浸ったままの日々を過ごした。それでも何かにせかされるように必死に記録をまとめ、この「旅のスケッチ」を発信、さらに、かなりの分量の写真をharappa事務局に送り、体裁を整えブログのコーナーに掲載してもらった(http://npoharappa.blogspot.jp/2014/05/no12720140501.html)。こうして多くの人たちにこの文章を読んでもらい、自分も写真入りの方をプリントアウトして台湾について語る際の資料に利用したりした。いろいろな意味で思い出深い号となったのである。   ブログにアップした8日後の5月10日、NHKBS「ドキュメンタリーWAVE」で『議会占拠24日間の記録~中台急接近に揺れる台湾~』が放送された。 台北滞在中に進行していた、学生たちによる立法院(国会)占拠行動の詳細なレポートである(№128「今年出会ったドキュメンタリー 2014年4-6月期」でも紹介)。その後、このドキュメンタリーは高橋源一郎によって朝日新聞で紹介され、多くの人に事件の詳細が知られるようになっ た。現場のすぐ近くにいて、現地のメディアの報道を連日必死に追いかけていた私にとって、その後を見守るべきテーマとなった。  その後もずっと台湾のことを考えていたが、10月、長い間心のどこかで気になっていた小説『裏声で歌へ君が代』(丸谷才一 1982)の再読に入った。「幻の台湾民主共和国」をめぐる物語であるこの小説の記憶が、私の台湾行きのひとつの要因だったことは間違いない。けれど、ずっとそのことを忘れていた…   そして11月、台湾統一地方選。国民党の「歴史的敗北」。もう一度、台湾について考えるべき時が来たようだ。    

№130「『越境するサル』的生活 2014 ~青森市古川界隈を彷徨う~」
   12月、仕事で青森市に滞在した際、再び古川界隈を訪れた。「ニコニコ通り」の初めて入る蕎麦屋、夜遅くまでやっている青森市民図書館、そしてふらり立ち 寄った居酒屋「侍」の「帆立みそ焼き」と「馬刺し」。帰りに珈琲豆を買いに訪れた「カフェ・ジ・ターヌ」(改装された店内は、かなりいい雰囲気!)で飲ん だマンデリン…限られた時間の中で、必要最小限の美味しいところだけをいただいた、という感じか。たぶん、青森市に来るたびに、私はこの界隈を彷徨うの だ。   なお、№130に「『文學界』を4冊ほど手に取って長椅子に腰掛けた。たしか、台湾の映画人呉念眞について四方田犬彦が書いている評論があったはずだった が、その4冊の中にはなかった。」というくだりがあるが、これは私の勘違いだったことが判明した。四方田犬彦の評論は、『新潮』2014年3月号の「台湾 人の三人の『父親』」。非常に興味深い内容で、いずれ「台湾」について何か書くときに参照されることになるだろう。

<後記>
   №132「今年出会ったドキュメンタリー 2014年10-12月期」の記録とほぼ同時進行で、「その後の『サル』」に書く内容について考え続けた。そして、自分が発信したテーマについてその後も 考え続けていること、来年もそれにつながる内容を書きたいと思っていること、に気付いた。「まだまだ『越境するサル』は続く」だ。   来年の予定を書いてみる。次号は、映画『悪童日記』について。実は先日、八戸まで観に行ってきた。続いて、台湾について。丸谷才一の小説『裏声で歌へ君が 代』の再読をきっかけに、自分の記憶を確認したいと思ったのだ。その次は、3月の「harappa映画館」の「上映会への誘い」…「珈琲放浪記」はしばら く無理か。




(harappaメンバーズ=成田清文)

※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。

【越境するサル】№134 「映画『悪童日記』に寄せて」(2015.1.3発行)

  昨年の末、1本の映画を観るために、八戸を訪れた。かつて夢中になって読んだアゴタ・クリストフ『悪童日記』(1986年、邦訳1991年)の映画化作 品。大雪のため奥羽線が遅延するというアクシデントはあったが、何とか午前11時の上映開始前に「フォーラム八戸」にたどり着いた。
 
      「映画『悪童日記』に寄せて」
   映画『悪童日記』(2013 ドイツ・ハンガリー合作)のストーリーは、ほぼ原作に忠実に進行する。
   第二次世界大戦中、疎開のため双子の「僕ら」は母に連れられ「大きな町」から「小さな町」へ移り住む。そこは母の親である祖母が住む町だ(「大きな町」はハンガリーの首都ブダペスト、「小さな町」はオーストリアとの国境近くの町クーセグがモデルとされる)。
   祖母と疎遠であった母が「大きな町」に帰った後、「僕ら」は人々から「魔女」と呼ばれる粗野で意地悪な祖母にこき使われ、ありとあらゆる労働に従事する。そして「僕ら」は、日々の出来事を父からもらったノート(日記)にそのまま記録し続ける。
   生きのびるために、文字通り一心同体で「僕ら」は外界に立ち向かう。強くなるための訓練を自らに課し、勉強も続け、戦時下の大人たちの邪悪さに耐え抜き、時には大人たちを罰する。
   やがて戦争は終わり、新しい支配者(ソ連軍)が町に出現する。新たな抑圧が進行する中、「僕ら」はある決意をする。それは、「僕ら」のひとりが「国境」を越えるという決意だった…
   小説『悪童日記』の原作者アゴタ・クリストフは、1935年ハンガリーで生まれ、貧困の中、高卒後すぐに結婚し工場労働者となった。ナチス・ドイツの支配 からソ連の支配下となった母国で起こった1956年のハンガリー動乱、彼女は乳呑み児を抱えて西側に逃れ、スイス(フランス語圏)に移住する。難民の彼女 は工場労働で生計を立てながら、大学の外国人向け講座でフランス語の読み書きを学び、やがて数多くの戯曲作品をフランス語で書き始める。1986年、初め ての長編小説『悪童日記』がパリの大手出版社スイユ社から出版される。彼女は50歳になっていた…
   とてつもなく困難であると思われた映画化に成功したのは、ハンガリーのヤーノシュ・サース監督。1958年、ブダペスト生まれ。映画だけでなく舞台演出で も国内外で活躍していた彼は、長い間待った末にようやく映画化権を獲得し、スイス在住のアゴタ・クリストフに会いに行く。彼女の承諾を得た彼は、定期的に 彼女に会い物語を再構成し、原作では明確にされていなかった物語の舞台を具体的にハンガリーに設定した。それは、彼女の希望でもあった(彼女はクランク・ インの1年前、2011年7月に亡くなった)。
   映画に戻る。
   主役の双子を演じたジェーマント兄弟の演技、というよりその存在感は特筆されるべきだろう。ハンガリーのすべての学校に連絡し、双子の子役探しを半年続け た末に「発見」されたという彼らのナチュラルな美しさと野性味は、この映画を成功させた最大の要因といってもいい。そして、脇を固める俳優たちの演技と撮 影監督クリスティアン・ベルガーのカメラワーク。映画を観ている者は、この物語はどこまでも続いていくのだと思う…
   いつか、『悪童日記』の続篇『ふたりの証拠』(1988、邦訳1991年)が、同じスタッフとジェーマント兄弟によって映画化される日を待ちたい。

▼「悪童日記」予告編


※なお、「フォーラム八戸」では2014.12.27~2015.1.9公開。これから公開される東北・北海道の主な映画館は、「フォーラム仙台」(2015.1.10~)・「フォーラム盛岡」(2015.1.17~)・函館「シネマアイリス」(2015.2.14~)他。
<後記>
   この映画について、原作について、アゴタ・クリストフについて、ハンガリーの現代史について、書くべきことはまだまだたくさんあるが、今回は速報として映 画の紹介だけを発信する。クリストフ関連の情報については、かつて『越境するサル』に書いたことがあるので、<付録>として下に掲載する。
   次号は、台湾をめぐる映画と小説の記憶。明日から準備に入る予定だが、これがなかなか難航しそうだ…


<付録>
   かつてアゴタ・クリストフとハンガリー動乱について書いた『越境するサル』バックナンバー。 
    『越境するサル』 №42 (2006.5.28発行) 

今月、待ち望んでいた2冊の本との出会いを果たした。アゴタ・クリストフ自伝『文盲』(2004年、邦訳2006 年白水社)と小島亮『ハンガリー事件と日本~一九五六年・思想史的考察』(1987年、中公新書)である。『文盲』は、以前その一部が紹介されていたもの の全訳。『ハンガリー事件と日本』は、絶版となっていたためここ数年古書店などを探していたものだが、新しい勤務先の図書館の棚で「発見」した。 

     「アゴタ・クリストフの衝撃、ハンガリーの衝撃」


   1991年、アゴタ・クリストフの長編小説『悪童日記』(1986年、フランス)の邦訳が刊行された。それはひとつの「事件」であった。簡潔な文体と衝撃 的な内容のその作品は、フランス語で発表されてから数年で世界文学史上に残る傑作と評価され現在まで33の言語に翻訳されているが、著者のクリストフは発 表当時全く無名のハンガリーからの亡命女性だったのである。そして日本においても、他の国々と同じようにある衝撃をもって『悪童日記』は迎えられた。

   かなり遅れてこの本と出会った私も、他の多くの読者と同じように「一晩で」読了し、クリストフ作品の虜となった。物語は第二次大戦末期、ハンガリーのオー ストリア国境付近と思われる田舎町に疎開させられた双生児の少年(たち)が主人公である。二人は近隣から「魔女」と呼ばれる怪物的な祖母のもとで苛酷な生 活を強いられているが、その厳しい生活の中で彼らはたくましく、したたかに、労働し、学習し、「恐るべき子供たち」に成長していく。
   この双生児の物語の、戦後スターリン体制下における続篇とも「変奏曲」とも言える作品が『ふたりの証拠』(1988年、邦訳1991年)と『第三の嘘』 (1991年、邦訳1992年)であり、『悪童日記』と合わせて「三部作」を構成している。1956年の「ハンガリー動乱」(以後、便宜的にこの呼称を用 いる)の暗い記憶が刻印された人々の生活を背景に、徹底して主観を排した文体で「ベルリンの壁崩壊」後に至る魂の物語が展開された「三部作」、とでも言っ ておこうか。
   さて『文盲』(※注1)である。私たちは、著者の体験(というより人生そのもの)と真正面から向き合わされる。家族の(とりわけ兄との)一体感、スターリ ン体制下の生活、亡命体験(それは難民体験であるが)、故国への想い、本を読むことと書くことへの想い・・・それまでに書かれた物語とは違う自伝という形 ではあるが、時に重なり合い、時に註釈ともなりうるもうひとつの物語と私たちは出会う。そして「文盲」と題された理由、つまり彼女が異国の地でハンガリー 人としてのアイデンティティを浸食されながら、生きるためにフランス語を学習し(彼女は9歳でドイツ語、11歳でロシア語を押しつけられた経験を持つ が)、この決して母語のようには書けない言語で作品を作ろうと挑戦したその過程(いわば「文盲」状態からスタートした)を知る。それは何という苛酷な、孤 独な挑戦だったことだろう・・・
   こうして私たちは、彼女の人生の結節点となったハンガリー動乱そのものに向かう。
   1953年のスターリン死去、その後のフルシチョフの雪解け路線への移行をうけて、1956年10月23日、ブダペストで起こった学生・労働者と秘密警察 との衝突は、ソ連軍の介入を経て劇的な展開を見せる。ソ連に従わないため失脚していたナジ・イムレが首相に任命されたのである。そのナジ政府のもとで、駐 留するソ連軍の撤退が開始された10月30日、民衆と秘密警察との再度の衝突が始まり、11月、ソ連軍の戦車2500両、歩兵15万人がブダペストに到着 する。「動乱」は鎮圧され、ナジ首相は逮捕され2年後に処刑、5000人以上の死者と10万人以上の難民(国外逃亡者・亡命者)が生み出された(※注 2)。
   その亡命者たちの中に彼女がいた。反体制運動をしていた夫と幼い娘とともに難民としてオーストリアへ逃げ、それからスイスへ亡命、その地で彼女は工場労働者として生きていく・・・
   ハンガリーで起こった出来事は遠く離れた日本にも大きな影響を与えたが、その見取図となるような書物を私たちはそれほど持っているわけではない。
   『ハンガリー事件と日本』は、ハンガリー動乱の衝撃が日本の思想界に与えた影響を丹念に拾い出し、新書という体裁にまとめ上げた貴重な研究である。「ス ターリン批判」そのものから筆を起こし、「ハンガリー事件」と「ハンガリー論争」の経過の記述を序章とし、その後五章にわたって日本(論壇・知識人・政治 党派)の動向が詳述されているが、その目配りと構成は本格的なものだ。
   まず「講座派」と「労農派」という「日本マルクス主義」の2つの流れと「日本的近代主義」を押さえ、ついでハンガリー動乱の影響をうけた知識人たちの「新 潮流」が一通り紹介される。佐々淳行・藤田省三・佐々木基一・松下圭一・梅棹忠夫という一見脈絡のない、しかし説得力のあるラインナップ。そして後半の百 数十ページ、社会党・自民党・日本共産党の「ハンガリー事件」への対応から「ニューレフトの創成」(本書にあるとおり「日本のニューレフトがハンガリー事 件を直接の契機に誕生した事実は、比較的広く知られている」)に至る政治史(あるいは政治思想史)へと記述は続く。それは、それぞれの政党や党派の歴史で は決して客観的に書かれることのない、徹底して吟味された資料によって構成された記述である。
   このようなよく整理された概説を読むと、たちまちそのひとつひとつの資料に踏み込みたいという欲求に駆られる。たとえば、埴谷雄高と中野重治のハンガリー 動乱への対照的な対応(当然のことだが)について比較・検討することは、私にとって避けて通るわけにはいかない重要なテーマである。さらに「新潮流」にし ても「ニューレフト」にしても、その思想や組織・運動は私(たち)にとって壁であり父(あるいは兄)であり続けたものだ。私(たち)にとってはすでに目の 前に存在していたものの出自を探る旅、という言い方は大げさすぎるだろうか・・・
   いま私は、『ハンガリー事件と日本』の中で紹介された著作や資料のいくつかへすでに向かっている。まず「ニューレフトの創成」の冒頭で詳しく解説されてい る真継伸彦の長編小説『光る声』(1966年)。ある私立大の日本共産党教員細胞のリーダー教授とその周辺の、ハンガリー動乱をめぐる動揺と混乱、そして 離党をめぐる劇を描いたこの小説は、戦中の弾圧の記憶を含む知識人の精神史として読むことができる。登場する者の多くが、ソ連共産党に失望し、さらに日本 の「党」の対応(以前の誤りも含めて)に対する複雑な思いを抱く様は、戦後思想史の一断面を見せられるようだ。
   このあと私は、中野重治と埴谷雄高に関する資料・書籍に向かうだろう。さらに、「プラハの春」と「ポーランド・連帯」をめぐる映画や書籍の記憶に向かうだろう。それはもう、自分史とも明確に重なる時代の記憶だ。 
(※注1)
   1989年から1年間スイスの雑誌に連載されていたものが、この自伝の原典である。彼女の長編小説第四作『昨日』(1995年、邦訳1995年)の巻末付 録『母語と敵語』(1995年のクリストフ来日講演原稿)に収録されていたものと内容が重なっているが、今回の出版が「決定版」の訳出と考えるべきであろ う。
(※注2)
   2005年、NHKBS1で放送された『戦後60年 歴史を変えた戦場』シリーズの中の「ハンガリー動乱~ブダペストの13日間~」は、この動乱の経過と歴史的意義を過不足なくまとめたドキュメンタリーである。私も随分参考にさせてもらったが、今年10月21日・22日開催予定の「ハンガリー1956シンポジウム」 ttp://www1.odn.ne.jp/~cal16920/2006-Hungary1956-Sympo.HTM でもビデオ上映が予定されている。 
<後記>(№42)
   転勤から二ヶ月が過ぎようとしている。高校総体終了まで休日返上のハードな日々が続く(始業式から今日まで休日は1日のみ)が、一方でバス通勤(電車通勤 を含む)生活に慣れてペースをつかんできたのも事実だ。今回の通信のために読んだ7冊の本(うちアゴタ・クリストフの再読4冊)はすべて、通勤のバスや電 車の車内・駅やバスターミナルの待合室・ソフトボール遠征先のホテルのロビー等で読まれたものである。
   アゴタ・クリストフ自伝をきっかけに、東欧からロシア関連の書籍・映画について少し集中して扱いたいと思う。順序は未定だが、『プラハの春 モスクワの春』など藤村信の著作、『存在の耐えられない軽さ』(映画およびミラン・クンデラの原作)、『イワン・デニーソヴィチの一日』などソルジニー ツィンの著作、アンジェイ・ワイダの映画『大理石の男』と『鉄の男』等々についてである。これらの作品との出会いは、私にとって「事件」であった。


(harappaメンバーズ=成田清文)

※『越境するサル』はharappaメンバーズ成田清文さんが発行しており、個人通信として定期的にメールにて配信されております。    

2014年12月24日水曜日

【コトリcafe】クリスマスリースをつくろう♪

みなさん、こんにちは!
そして、メリークリスマス!!☆
今年も残りわずかとなってしまいましたね。。。

先日、コトリcafe では、クリスマスリースづくりのワークショップを開催してました♪
講師はスタジオ銀杏丸の白取幸子さんです♪
まずは、ヒムロ杉で土台づくりです♪
杉のとっても良いにおい~♪

そして、たくさんの可愛らしい飾り付けの中から、
自分の好きなものを選びます♪

あとは飾るだけ!!
みなさん真剣です!
作業中はとっても静か。。。


完成した作品をご紹介♪







それぞれ個性あふれるリースになりました♪
クリスマスはこれでばっちりですね!

最後はみんなの作品を見ながらティータイム♪
ステキなクリスマスになりますように☆



(harappaスタッフ=太田)

2014年12月2日火曜日

【harappa Tsu-shin】映像クリエイション講座 補講実施しました♪




みなさん、こんにちは!
先日、11月23日・29日と
映像クリエイション講座の補講を行いました♪

“補講”と言ってしまうとなんかあれですが、、、
今まで開催してきた映像クリエイション講座は、
本当に素晴らしい講師の方々のもと、
ちょっとレベルの高い内容でしたので、
「ここでちょっと一休み」的な感覚です。(笑)



今回の講座の内容は、
「スマホ・デジカメで動画を撮る→編集する→公開する」
という一連の流れを一緒にやってみる!
というものでした。

本来であれば、この講座を一番先にやっておくべきでしたね、、、
事務局として反省しております。。。

参加者のみなさん、
楽しく参加していただきありがとうございました!

次回、「映像クリエイション講座」開催は2月を予定しております!
またブログでご報告させていただきます♪



(harappaスタッフ=太田)

【harappa Tsu-shin】「イタリア・オペラにようこそ」大盛況でした♪

みなさん、こんにちは!
12月に入った途端に雪ですね。。。
寒いですが、まだ緑が残る木々に雪が降り積もるのはキレイです♪

さて、少し時間が経ってしまいましたが、
11月7日に開催したharappa映画館special「イタリア・オペラにようこそ」
無事に終了いたしました♪

映画上映とリサイタルの2部構成というharappa映画館では
初めての試みでしたが、
みなさまのおかげで大盛況に終わりました♪

映画上映とリサイタルの間の休憩時間には、
コトリカフェのコーヒーやワインなどの販売もありました♪
こちらも大盛況でした!
今回の為に仕入れた赤ワインも白ワインも好評でしたよ♪
ワインやコーヒーを片手に映画の感想や
これから始まるリサイタルのお話、、、
優雅ですね~♪

映画「椿姫ができるまで」を観てからのソプラノリサイタル!!
本当に贅沢です♪

杉原かおりさん、浅野清さん、
ステキなリサイタルありがとうございました!!

足をお運びいただいたみなさま、
長時間にわたりご覧いただき本当にありがとうございました!
今回、はじめての2部構成ということで、
運営側の至らない点も多々あったかと思います。
みなさまから頂戴いたしましたアンケートでのご意見は、
ぜひ次回からのご参考とさせていただきます。
今後も「harappa映画館らしい!」
と言っていただけるような企画に挑戦していきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いいたします!



(harappaスタッフ=太田)

2014年10月27日月曜日

【harappa Tsu-shin】「たべのこし展」終了しました♪


みなさん、こんにちは!
先週末は、土曜日・日曜日と本当に良いお天気でしたね♪

さて、そんなお天気の中、
弘前大学の文化祭にて、gallery wagon がお邪魔してきました♪
展示を行ってくれてのは、
弘前大学教育学部学校教員養成課程美術専修2年の
苫米地結子さんです♪

展示のタイトルは「たべのこし展」
かわいい女の子と食べ物の写真です♪



展示中はチェキの撮影会も行いました♪
弘大祭に遊びに来た記念にと大好評でした♪

たくさんの方が撮影に協力してくださいました!

とても賑やかだった弘大祭♪
来年もぜひお邪魔したいです。

足を運んでいただいたみなさん、
本当にありがとうございました!!



(harappaスタッフ=太田)


2014年10月22日水曜日

【harappa Tsu-shin】gallery wagon 弘大祭出店!「たべのこし展」♪


みなさん、こんにちは!
先日、約1年ぶりの登場を果たしたgallery wagon!!
今週末に写真展「たべのこし展」を開催します♪
(上の画像は昨年のものです。)

しかも今回は弘前大学総合文化祭に出店します!
きっと賑やかですよね♪

今回、展示を行ってくれるのは、弘前大学の学生さんです。
教育学部学校教員養成課程美術専修2年の苫米地結子さん♪
とても可愛らしい方で、「食べ物と女の子」をテーマにした
「たべのこし展」というタイトルで展示を行ってくれます。

事業名: gallery wagon「たべのこし展」
日時: 10月25日(土)・26日(日)10:00-17:00(弘前大学総合文化祭出店)
場所: 弘前大学文京キャンパス正門近く事務局(青い建物)前
主催: 弘前アートプロジェクト実行委員会
◎入場無料
問合せ先:NPO法人harappa 
       〒036-8198 青森県弘前市元長町25 行人社2F
       tel.0172-31-0195/fax.0172-31-0196
       e-mail.post@harappa-h.org 


出店場所は正門近くなので分かりやすいです!
しかも、あの黄色はひときわ目立ってくれるはずです!
弘大祭にお越しのみなさん!
ぜひgallery wagon「たべのこし展」を見に来てください♪



(harappaスタッフ=太田)