2016年6月3日金曜日

【越境するサル】№.146「珈琲放浪記~仙台 野球とサッカーと映画と珈琲と~」(2016.6.1発行)

5月の末、プロ野球・楽天イーグルスとサッカーJリーグ・ベガルタ仙台の試合を観戦するために、娘一家のいる仙台を訪れた。もちろん、観戦以外の時間は映画と「珈琲放浪」だ…

 
    「珈琲放浪記~仙台 野球とサッカーと映画と珈琲と~」

金曜日

   12時50分、高速バス「キャッスル号」で仙台着。広瀬通を20分ほど歩き国分町通へ左折、肴町公園付近を探し「コーヒービーンズストア ろじーな」(1973年創業)にたどり着いた。朝の時間以外は豆売り専門ということなので、「マンデリン」100gと「スノートップブレンド」100gを購入する。実は、この店の期間限定「5月の山岳コーヒー」として「トラジャ」があったのだが、私が仙台に向かう前に完売していた(そのことはホームページですでに知っていた)。職場で皆に「仙台で仕入れたトラジャを御馳走する」と宣言していた私にとって誤算だったが、とにかくこの店に来てみようと思っていた。かつて通信販売で何度か取り寄せたことがあり、その味については信頼していたのだ…

   さて、どうしても美味しい珈琲を1杯飲みたかった。時間に余裕があったので、さらに広瀬通を西公園に向かって20分ほど歩き、立町の「珈琲専門 まつりか」(1978年創業)を目指す。ここの「トラジャ」は6月からだが、飲んでみたい銘柄はたくさんあった。その中から選んだのは、初めての「ゴールドトップマンデリン」…美味い。重厚なコクは、まさしく「マンデリンの最高峰」と呼ぶにふさわしい。誠実さを感じさせる2代目ご主人との会話も、今回の旅で求めていたものだ。帰りに、この「ゴールドトップマンデリン」100gと、最近少し気になっている「モカ(イエメン)・深煎り」100gを購入、初日の「珈琲放浪」を終えた。

   娘一家と観戦した楽天イーグルスvs日本ハムファイターズは、コボスタ宮城に球団史上最多の観客2万6786人を動員して行われ、銀次のタイムリーヒット、塩見の力投とミコライオと松井裕の好リリーフで楽天が勝利、10連敗を阻止した。空前の盛り上がりを見せる球場で、私もヒーローインタビューまでを見届けた…

土曜日

   午前10時50分、定禅寺通、「珈巣多夢(かすたむ)定禅寺通り店」(1976年創業)。
   定禅寺通は、私が仙台で最も好きな場所だ。ケヤキ並木、3体の彫刻、せんだいメディアテーク、いくつかのギャラリー、ダージリンの新茶とカレーが魅力的な「ガネッシュ・ティールーム」…しかし今回は、「仙台でトラジャと出会うこと」が第一目標。
   そしてやっと、「トラジャ」にありついた。この店のホームページで何度も確認した「トラジャ・セレベス・アラビカ」。まず、そのまま一口、続いて少量の砂糖で、最後にサービスのビター・チョコと一緒に味わう。トラジャそのものに慣れていないためか、まだ味がよくわからない。切れ味がいいことだけはわかる。もう1杯注文する…マンデリンとも違う、と言うよりマンデリン以上に苦みが前面に出た、深煎り派には嬉しい味わいだ。というような会話を店の人と交わし、「トラジャ」100gと「マンデリン(スマトラ・タイガー)」100gを購入する。「トラジャ」は職場用、「マンデリン」は自宅用。使命をひとつ果たしたような安堵感…

   店を出た後、定禅寺通のベンチで、朝に買っておいたサンドウィッチを食べる。心地よい風、騒音の中の静寂、やはり定禅寺通は私の最高の場所。

   午後1時、クリスロード商店街、「桜井薬局セントラルホール」。
   その存在だけは知っていたミニシアター系映画上映館を初めて訪れる。ちょうど、中国の鬼才ジャ・ジャンクー監督の新作『山河ノスタルジア』(2015)が上映されていた。幸運としか言いようがない。

   ジャ・ジャンクー監督の過去の作品は5本観ていた。『プラットホーム』(2000)・『青の稲妻』(2002)・『世界』(2004)・『長江哀歌』(2006)・『四川のうた』(2008)…そのすべての主演女優であるチャオ・タオが、今回の『山河ノスタルジア』でも主演をつとめる(役名もタオ)。

   本作は3部構成で主人公タオとその周囲の人間の人生を淡々と描く。
   1999年、山西省フェンヤン、タオと男友達リャンズーとジンシェンの間のひりひりするような三角関係。タオと実業家ジンシェンの結婚。友情の終わり。炭鉱労働者リャンズーは故郷を離れる…
   2014年、河北省ハンダン、長年の炭鉱で仕事で肺を患ったリャンズーは、家族とともに故郷に戻る。一方、タオはジンシェンと離婚し、一人息子のダオラーはジンシェンに引き取られている。タオの父の死。その葬儀のため7歳の息子ダオラーは故郷に帰り、母と再会する…
   2025年、オーストラリア、19歳になったダオラーは大学生活に疑問を抱え、中国語教師ミアとの恋愛関係を続けるが、あることをきっかけに海の向こうの母の記憶がよみがえる。母タオは、山西省フェンヤンに暮らしている…

   映画館を出た後しばらく、その余韻に浸った。市井の人びとの、ささやかな幸福を求めた、過去・現在・未来…しかしそれは何という壮大な物語だろう。再び、中国映画の世界に私を誘う出会いとなりそうだ…

   夕刻から、娘一家とタイ料理。明日はJリーグ。
  
日曜日

   仙台最終日。
   モーニングサービス、できれば深煎りの珈琲にトースト、それにゆで卵で朝を迎えたかった。必ず、この希望をかなえてくれる店があるはずだと、仙台駅東口付近を歩きまわる。しかし、チェーン店を除けばそれらしい店は発見できず、方向転換を決断。朝食は買ってきたサンドウィッチで済ませ、金曜日に訪れた立町の「まつりか」を再訪することにした。
   あわただしくホテルのチェックアウトを終え、駅西口からタクシーを飛ばして、10時の開店直後にたどり着く。

   注文したのは「モカ(イエメン)・深煎り」。金曜日に豆だけは購入したが、その後気になってしょうがなかった深煎りのモカ。初代のご主人がていねいに抽出する姿を見ながら、生豆をハンドピックする作業中の2代目と言葉を交わす…こうして出会ったモカの味わいの何と優しいこと。酸味を全く感じさせない深煎りのモカの可能性について、考えさせられた1杯であった…

   娘一家と観戦したベガルタ仙台とアルビレックス新潟の試合は、金久保・野沢・渡部・ウィルソンのゴールでベガルタが4-2で圧勝。力強い応援を続けた新潟サポーターの勢いに圧倒されながらも、仙台サポーターが溜飲を下げた、というより幸せをかみしめた一戦であった。私のJリーグ初観戦は、ハッピーエンドで終了。


   野球と出会い、サッカーと出会い、映画と出会い…人と出会った旅。「旅先で飲むコーヒー」の味は格別だった。今回の店はすべて1970年代創業、もちろん自家焙煎、そして私が選んだ珈琲はすべて深煎り。仙台は私にとって、「自家焙煎・深煎りの街」。


<後記>

   今回の報告は、速報のようなものにしたかった。この3日間の体験はまだ熟成されていないが、まずこのような形で「珈琲放浪記」の再スタートを切ることにする。
   なお、「ジャ・ジャンクー」についても、「仙台の珈琲」についても、過去にこの『越境するサル』で言及している。

※以下、<バックナンバー>として、ジャ・ジャンクーに関する文章と、仙台についての「珈琲放浪記」を掲載する。




<バックナンバー①> 

    『越境するサル』 №68(2008.5.10発行)

   4月に発売されたDVD『水没の前に』を偶然書店で見つけ、あわてて購入した。2005年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞(ロバート&フランシス・フラハティ賞)を獲得した中国作品である。かつてこの通信で、中国映画(とりわけ文化大革命を題材とした作品)への思い入れを綴ったことがある(※注1)が、最近、私の中で中国映画に対する興味が再燃しつつある。
 
    「中国映画の輝き」

   『水没の前に』(2004年、リ・イーファン、イェン・ユィ監督)は、2009年完成予定の三峡ダム建設により住居を失い移転を余儀なくされる人々を描いたドキュメンタリーである。長江(揚子江)流域の古都奉節(フォンジェ)、カメラは李白の詩で名高いこの街の人々の1年間(2001年初頭から)の生活を写し取る。
   移転に伴う補償をめぐる庶民と行政の行き違い、キリスト教会の解体に伴う混乱、立ち退きを迫られる旅館の主人の苦悩、電気・水道が止められても廃墟にとどまり続ける人々。ひとつの時代が終わり、生活と歴史すべてが水の中に沈み込んでいく。その中でカメラが見たのは、人間性もまた廃墟の中に沈みゆくありさまであった。

   見事に時代と人間を写し取ったこのドキュメンタリーと同じ奉節(フォンジェ)の街を舞台にした劇映画が『長江哀歌(ちょうこうエレジー)』(2006年、ジャ・ジャンクー監督)である。
   『長江哀歌』(原題『三峡好人(三峡の善人)』)の主人公はふたり。ひとりは、16年前に別れた妻子を捜しに山西省から奉節にやって来た炭鉱夫ハン・サンミン(演ずるのはハン・サンミン)。もうひとりは、2年間音信不通の夫を捜しにやはり山西省からやって来たシェン・ホン(演ずるのはチャオ・タオ)。ひとりの男とひとりの女が、それぞれ妻と夫を求めてすでにダムの建設が進む三峡の地を歩く。
   美しい映像、過酷な現実、静かな哀しみ。私たちはすでにジャ・ジャンクーの世界に浸りきっている。登場人物たちが、自分の人生の記憶の人々となってゆく。

   1970年生まれの「若き名匠」ジャ・ジャンクーの作品に私が出会ったのは一昨年のことだ。高い評価を受けていた『世界』(2004年)をテレビ(WOWOW)で偶然観て、以前チャン・イーモウやチェン・カイコーの作品にふれた時と同じ種類の何かを感じた。
   『世界』の舞台は北京郊外のテーマパーク「世界公園」。エッフェル塔やピラミッドなど世界の名所がミニチェアで点在する。そこで働くダンサー「姐さん」ことタオ(演ずるのはチャオ・タオ)、とその恋人タイシェン(演ずるのはチェン・タイシェン)を軸に、人工的な空間の中でそれぞれの人生を模索する若者たちを描いた群像劇である。地方から都市に出てくる人々の描写は、ある種の普遍性を感じさせるもので、世界の観客の共感を得たはずだ。
   そして今年1月、前述の『長江哀歌』を映画館で観た(※注2)。大きなスクリーンで観るジャ・ジャンクー映画の静かな、しかし圧倒的な存在感。他の作品もスクリーンで観たいと思うようになった。
   その月の末、盛岡で『プラットホーム』(2000年)が上映されることを知り駆けつけた(※注3)。1979年から1991年の10年余、つまり改革開放のスローガンを掲げた80年代の中国を背景に、地方を旅する文化劇団員男女4人の10年間の変容を描いたこの映画の見事さは予想をはるかに超えていた。さらに、ここまで観た3本すべてに出演している3人、ジャ・ジャンクーの「ミューズ(女神)」とも言うべきチャオ・タオ、つねに実名で登場する無口なハン・サンミン、監督のデビュー以来の盟友ワン・ホンウェイ、彼らの存在も私の中で大きくなった。
  
   その作品のすべてを観たいと願うような感覚。この感覚はかつて経験したものだ、それも中国(中国語)映画で。
   中国のチャン・イーモウ、チェン・カイコー、台湾のホウ・シャオシェン、この3人の監督の作品を観るために、ひたすら情報を集め、映画館に足を運び、ビデオを探していた時期があった。1990年代のことだ。
   その中のお気に入りの映画、たとえばチャン・イーモウの『紅いコーリャン』(1987年)や『活きる』(1994年)、チェン・カイコーの『子供たちの王様』(1987年)や『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)、ホウ・シャオシェンの『恋々風塵』(1987年)や『悲情城市』(1989年)などは、今でも私の中に確固とした場所を占めている。だが今、彼らの大作やヒット作を見ようという気力を私は失ってしまっている。ときおり映画館やDVDで観ることはあっても、そこにはもう以前のような思い入れはない。それどころか、中国(中国語)映画そのものに対する興味が失せてしまっている自分がそこにいた。
   そうした日々のあと、ジャ・ジャンクーと出会った。

   さて、私の中で再び輝きだした中国映画と、これからどのように出会っていくのだろうか。
   まず、ジャ・ジャンクーの未見の長編『一瞬の夢』(1998年)と『青の稲妻』(2002年)を観ることが当面の目標となる。映画館で観ることがかなわぬならば、DVDを購入することになるだろう。むろん鑑賞はできるだけ大きな画面(スクリーン)で、できるだけ暗くして。
   さらに冒頭でふれたドキュメンタリーも傑作・異色作が目白押しだ。山形国際ドキュメンタリー映画祭では、2003年・2005年(『水没の前に』)・2007年と3回連続で中国作品が大賞(ロバート&フランシス・フラハティ賞)を獲得している。2003年の『鉄西区』(2003年、ワン・ビン監督)は9時間を超える大長編(残念ながら私は冒頭の30分ほどを観ただけだが)、2007年の『鳳鳴(フォンミン)ー中国の記憶』(2007年、同じくワン・ビン監督)は老女性革命家が3時間にわたってひとりで語り続ける作品(※注4)だ。
   「山形」で発表された中国ドキュメンタリーは数多い。アジアの新進作家を発掘する「アジア千波万波」部門はその宝庫だ。2007年の小川紳助賞を獲得して話題になった『稟愛(びんあい)』(2007年、フォン・イェン監督)もまた、三峡ダム建設を背景とした作品である。これもぜひ観たい。
   そして、これらの作品や作家たちは(劇映画も含めて)、氷山の一角にすぎない。まだまだたくさんの、未知の中国映画が、私たちとの出会いを待っているはずだ。

(※注1)
   2005年1月22日発行『越境するサル』№22「『文革映画』、交錯する記憶」参照。
(※注2)
   2008年1月5日。青森市「シネマディクト」。
(※注3)
   2008年1月26日。盛岡市「ルミエール」。併映は『世界』。
(※注4)
   2007年10月15日発行『越境するサル』№61「再び山形、ドキュメンタリー映画の都へ」参照。


<バックナンバー②>

    『越境するサル』 №103(2012.5.21発行)

   たとえばこの通信の「旅のスケッチ」などで、旅先で立ち寄った喫茶店を紹介する時、そこで飲んだ珈琲について無性に語りたい自分がいる。実はどの店に行きどの珈琲を飲むか、地図も含めて事前に調べ着実にその珈琲にたどり着くように努力してきた。それらの店や珈琲との出会いを報告する、新シリーズを始めたいと思う。題して「珈琲放浪記」。
 
    「珈琲放浪記~自家焙煎・深煎りの街 仙台~」

  無類の珈琲好きである、と思う。いつでも美味い珈琲にありつくことを考えているし、30年以上ほぼ毎日自分で豆を挽いては、ペーパードリップで抽出し続けてきた。だが、好みが極端(強い焙煎の苦味を好み酸味を苦手とする)で、しかも朝昼の2回しか飲まないから、職場で皆と一緒に珈琲タイムということもあまりない。もっともこれは、コーヒーメーカーというやつが苦手なせいもあるのだが…
   したがって私の「珈琲放浪」は、自分の好みを満足させてくれる一杯(または二杯)の苦い珈琲を提供してくれる店と出会う旅となる。フルシティロースト(深煎り)からフレンチロースト(極深煎り)までの、その店自慢のブレンドやストレートに、どれだけ私は出会えるだろうか。
  
   さて、「珈琲放浪記」のスタートは仙台だ。実は、仙台の喫茶店やカフェにそれほど詳しいわけではない。だが、かつて娘ふたりが住み(今もひとりが働いている)、山形の映画祭の往き帰りに立ち寄ることも多い、この街の珈琲はずっと気になっていた。ガイドブックなどを見ると、自家焙煎の専門店、それもかなりの歴史を持った老舗が何軒もある。この街なら、「深煎り」・「自家焙煎」の私好みの苦い珈琲にいくつも出会えそうだ…
   というわけで、ここ1年ほどの間に訪れた体験の中から、とりあえず2つの店を紹介する。「AS TIME(アズタイム)」(青葉区一番町)と「ろじーな」(青葉区国分町)、どちらも30年以上の歴史を持つ、もちろん自家焙煎の店だ。

   「AS TIME」を初めて訪れた時、奇妙な感覚に襲われた。それは既視感とでも言おうか、何ともノスタルジックな感覚だった。
   アーケード街「マーブルロードおおまち」の人混みから保原屋ビル(1・2階は「洋服の青山」)の地下へ降りていくと、そこにはタイムスリップでもして昭和の世界へ紛れ込んだような空間が広がり、陶器屋と雑貨屋(手ぬぐい屋?)の前を通り過ぎると、そこにたどり着く。
   シンプルなテーブルとチェア、壁に掛けられた妙に懐かしい絵画たち、そして、静かに流れていく時間…
   珈琲は、薄口・中濃・濃口・特濃の4種類のブレンドのみ。それぞれが店主こだわりの自家焙煎と配合。妥協なき、というより客に迎合しない心意気を感じるが、客への接し方は実にソフトで気持ちいい。
   私の好みはもちろん濃口。昨年12月に初めて訪れた時は、続けて2杯飲んだ。濃くて苦くて切れ味よし。若干感じた胸の動悸は愛嬌か。
   今年4月、家族を連れて再訪し私は再び濃口。仙台駅からの距離もさほどないので、これからも立ち寄ることになるだろう。

   今年4月、「AS TIME」を出たあと家族といったん別れ、気になっていた店を確認しようと地図を頼りに街を駆け回った。このプロセスがなければ、ルートを記憶するのは難しい。
   一番町四丁目商店街まで急ぎ足で移動し、仙台自家焙煎発祥の店「カフェ・プロコプ」(青葉区一番町)でこの日2杯目のブレンドコーヒーを味わい、広瀬通に出る。晩翠通の手前で左に折れ肴町公園を目指し、公園向かいの角2階にある「コーヒービーンズストアろじーな」を何とか発見。この日は日曜のため休業だが、場所と店の雰囲気だけはチェックできた。
   そのあと、同じく日曜休業の「DE STIJL KOFFEE(デ・スティル コーフィー)一番町店」(青葉区一番町)の位置とその通りの雰囲気を記憶して、この日の放浪は終了した。
   これで仙台に別れをつげたわけだが、弘前に帰ってからどうも「ろじーな」の珈琲が気になってしょうがない。思い切ってインターネットで注文してみた。一番人気の「深煎りブレンド」、コロンビア主体のフルシティローストである。
   間もなく送られてきた豆を手動のミルで挽き、ペーパードリップで丁寧に抽出する。見事な膨らみ方に感心したあと、最初の一口。酸味が消え、苦味だけになった瞬間とでも表現すべきか。切れ味、香り、ともに満足。その後も抽出するたびに違った貌を見せてくれる、なるほど一番人気だと納得させられるブレンドであった。
   その後、二番人気の「スノートップブレンド」(タンザニア主体のフレンチロースト、つまり極深煎り)も取り寄せたが、こちらも深いコクがあってなかなかのものだった。
   というわけで、「ろじーな」を味わい続けている毎日である。

   このあたりで「自家焙煎・深煎りの街 仙台」は終えるが、紹介するべき店はまだたくさんある。
   去年の4月に訪れた、これもまた深い焙煎が印象的だった「まつりか」(青葉区立町、西公園近く)の再訪、さらには自家焙煎の店との新たな出会い…仙台をめぐる{珈琲放浪記}は、はてしなく続く。



(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。

2016年5月9日月曜日

【越境するサル】№.145「珈琲放浪記~旅先でコーヒーを飲むということ~」(2016.5.7発行)

「珈琲放浪記」が中断されてから1年9ヵ月が経過した。特に理由があって中断しているわけではない。ただ、珈琲を軸に紹介したい街について、一通り語り終 えたような気はしていた。札幌・函館・盛岡・仙台…再び語る時には別な角度というか、違う書き方をしなければと思うようになった。そして、充電もまた必要 だった。

 
             「珈琲放浪記~旅先でコーヒーを飲むということ~」

   去年の9月、盛岡「喫茶carta」のブログに、店の主人からの「手紙」として次のような文章が掲載された(一部のみ引用)。

  「…週末は複数の旅の方から
  
『旅先の喫茶店でのむコーヒーがこんなに自分にとって大事だったとは』と
  
と声をかけられました。
  
はっとしたというのです。
  
自分の暮らす街の喫茶店で、
  毎日の生活の中の一部分としてコーヒーを飲むことも
   もちろん自分にとっていい作用があるんだけど、つい仕事をしたり、
この後はあれをやってその後はここに行って、そしていろんな良くないことも考えてしまう。
けれど旅先だと『追われている』ということが取り払われて目の前のコーヒーや、
今の自分に集中できていることに驚いてしまった、と。
コーヒーを飲む間だけでも、何もしないでゆっくり時間をすごせたのは久しぶり、と。
なるほど、ダイナミックな観光やイベントだけでなく、
こんなふうに小さなことでも旅というものは時にはいいものなのだよなと、
改めて思ったりしました。
そしてここを私たちがいつものように整えていればよいのかなあとも。 …」
 (2015.9.8 手紙「猫たちが布団に入ってくる季節になるということは」より)

   最初に読んだ時から妙に気になり、その後何度か読み返しては、その都度自分の体験と重ね合わせた。そうだ、旅先でコーヒーを飲むということは、そういうことを求めてのことなのだ。だから私は、自分にとって大事なコーヒーと出会うために、お気に入りとなりそうな店を調べたり、あるいは路地裏を歩き続けたりするのだ…

   「珈琲放浪記~アイスコーヒー2014夏~」(2014.7.31発行)以降、特に「珈琲放浪記」として紹介はしなかったが、さまざまな土地のさまざまな 珈琲と出会ってきた。それは時には、人との出会いでもあった。以下、この1年半の間に出会った珈琲について列挙してみる。

   2014年10月、札幌。札幌駅から大通り公園へ向かう途中、北海道庁へ曲がる角の北海道ビルヂング地下「カフェ・ド・ノール」で味わったマンデリン(エ イジド)。必ずしも「エイジドコーヒー」が得意ではなかった私だが、このマンデリンのふくよかな香りと深い味わいには感服した。マスターが豆を取り出して 説明してくれたこともうれしかった。実は、旅先でその店のご主人と話す機会はそれほど多くはないし、へたに質問をして気まずい思いをすることもある。以 前、アイスコーヒーを飲むために訪れ、リキッドタイプ・アイスコーヒー「時がくれたコーヒー」を注文して弘前に送ったことがあったが、それも幸いした。確実に、何度も訪れる店になるはずだ。
   その翌日、札幌大通り公園近くの「板東珈琲」でマンデリン。若い客で賑わう普通の喫茶店に見えるのに、何という美味しさだろう。ぜひマスターと話したいと 思ったが、ひっきりなしに訪れる客たちを見て遠慮することにした。この店も再訪すること間違いなし。かつて訪れたこの近所の「アトリエ・モリヒコ」と合わせ、素敵なマンデリンを味わえる店を3軒も確保した。
   「カフェ・ド・ノール」から「板東珈琲」・「アトリエ・モリヒコ」を結ぶ道を、私は勝手に「札幌マンデリンロード」と名付けた…なお、新千歳空港「宮越屋珈琲」で飲んだフレンチも思わぬ美味しさだった。おそらく駅や空港で飲んだ珈琲の中では一番なのではと思う。恐るべし、札幌…

   2014年10月と12月、八戸。「香彩珈琲 みな実 三日町中央店」でマンデリンおよびフレンチローストを味わう。かつて八戸の隣町百石(現おいらせ町)に住んでいた頃、何度か訪れていた店だ。場所が移って から初めての訪問だったが、マスターと話すことができた。昔の店の思い出を確かめるためだけにでも、この店に来るべきだったのだ。そして訪問することがで きた…

   2015年7月、滋賀県米原。全国高校総合文化祭将棋部門会場の「県立文化産業交流会館内カフェ」でホットコーヒー、その翌日、米原駅近くの喫茶「スタン ダール」でアイスコーヒーにありつく。猛暑の中、オアシスと出会ったようなありがたさ。宿泊地の彦根では珈琲と出会えなかった…

   2015年8月、青森県五所川原。「珈琲詩人」で朝食とコーヒー(モーニングセット)。この店の「モーニングセット」をいただくのが、ちょっとした夢だった。厚切りトーストとコーヒーの見事な融合…

   2015年9月、盛岡「六月の鹿」にてマンデリン。やっと、この店にたどり着くことができた。そして桜山神社界隈という「場所」にも…

   2015年10月、夜、東京銀座「ランブル」でコーヒー(ブレンド№2)。聖地「ランブル」への巡礼を果たす。
   翌朝、「支留比亜珈琲店 新橋銀座店」でコーヒー。名古屋から東京に進出したこの店は、もちろんモーニングサービス付き(トースト・ゆで卵)。
   同日昼、京都東福寺付近の喫茶「パンとコーヒーとひらりんと」で「ふくふくブレンド」、旅の疲れを癒す。
   翌朝、同じく京都東寺境内の喫茶「やまぶき」でモーニングセット(トースト・野菜サラダに「小川珈琲」)…

   2015年12月、函館・五稜郭、喫茶「ピーベリー」。雪のない函館、五稜郭濠端の景色と歩く人々を眺めながら、ブレンドコーヒーを飲む。この店は午前 中、できれば朝のうちに来るのがいい。「旅先でコーヒーを飲むということ」を意識しつつ、静かに流れていく時間に身を任せる…

   2015年12月、福島飯坂温泉。隠れ家のような「カフェひらなが」と出会う。深煎りだがソフトな味わいの「モカフレンチ」(豆は福島・楓舎)があまりに も心地よかったので、ご主人夫婦とさまざまな土地の珈琲について語り合い、福島を中心に各地の情報を仕入れることができた。翌日、同じ店で「コンゴ 2000」(豆は京都・サーカスコーヒー)を味わうが、これも良し。世界が広がったように感じ、再び「旅先でコーヒーを飲むということ」について思う…

   そしてこの後、いつもの青森市「カフェ・デ・ジターヌ」で「タンザニア」と出会ってまた世界が広がり、仙台秋保温泉「伝承千年の宿 佐勘」の喫茶「神は細部に宿る」で夜コーヒーを飲むことについて考え、徐々に「珈琲放浪記」を書きたくなっている自分に気づいていく…

   「珈琲放浪記」を再開する。「旅先でコーヒーを飲むこと」にこだわり、街や人々との出会いにこだわり、一杯の珈琲について熱っぽく語ることができたら、と思う。


<後記>

   早速、次回の「珈琲放浪記」について思いを巡らせている。今回紹介した店も含めて、「旅の記録」にもなるような出会いを書いてみたい。



(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。

2016年4月7日木曜日

【harappa Tsu-shin】「監督 横浜聡子と映画をつくる」を開催しました♪

みなさん、こんにちは!
新年度が始まり、街は入学式やら何やらで賑やかですね♪
さて、先月のお話しになってしまいましたが、青森市出身の横浜聡子監督をお迎えして、
「監督 横浜聡子と映画をつくる」を開催しました♪

harappaとしても27年度の締めくくりの事業となりましたが、
26年度から続けている映像クリエイション講座シリーズの締めくくりの講座でもありました!
映像クリエイション講座では、今までにも参加者がたくさんの映像を作ってくれましたが、
今回は初の映画です!!

横浜監督にはこれまでも映画づくりの講師になっていただいていましたが、
今回の参加者は中学生、高校生、大人の皆さん!
どんな作品ができるのでしょうか。。。

1日目は、既成映画作品のシナリオを見て、それを再現してみるというもの。
横浜監督が準備したシナリオは相米慎二監督の「夏の庭」のワンシーンです。
参加者に与えられた情報はセリフのみなので、それぞれ違った作品が出来上がっていて面白かったです。

2日目からはチームごとに映画づくり。
お話しづくりに悪戦苦闘しながらも、
参加者で協力し合いながら、撮影が行われました。

ねぶたの家ワ・ラッセにて。
一体どんなシーンなのでしょう。。。


外での撮影。
横浜監督も出演中です。

編集作業を経て、無事に上映できました。
今回3作品の映画が完成しました♪

みなさん、限られた時間の中で頑張ってくださいました!
3日間、お疲れさまでした♪
参加者のみなさん、横浜監督、本当にありがとうございました!!



(harappaスタッフ=太田)

2016年4月1日金曜日

【越境するサル】№.144 「今年出会ったドキュメンタリー 2016年1-3月期」(2016.3.31発行)

2016年1-3月期に出会ったドキュメンタリーについて報告する。
3ヶ月ごとに報告を行うようになって3年目。
多くのテレビ・ドキュメンタリーを紹介できるようになった。

 
         「今年出会ったドキュメンタリー 2016年1-3月期」

   2016年1月から3月までに観たドキュメンタリーを列挙する。映画の方は1本を除いてすべてDVDでの鑑賞。( )内は製作年と監督名と鑑賞場所等、※はテレビ・ドキュメンタリー。

1月・・・『ナオトひとりっきり』(2014 中村真夕)
          『MESSI/メッシー頂点への軌跡ー』
      (2015 アレックス・デ・ラ・イグレシア)
     
      『北限に生きる~ニホンザル・24年目の絆~』(2016 BSフジ)※
          『ヨーロッパ難民危機~越境者たちの長い旅路~』
      (2016 BS世界のドキュメンタリー)※ 
          『病が見えない~新潟水俣病は防げなかったのか~』
      (2016 テレメンタリー)※
          『中国とどう向き合うのか~台湾ダブル選挙 それぞれの選択~』
      (2016 ドキュメンタリーWAVE)※
      『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 
        「未来への選択」第5回~第8回』(2016 NHKEテレ)※
          『分かたれた故郷 妻へ―画家イ・ジュンソプとマサコ』
      (2016 日曜美術館)※                                           

2月・・・『あっちゃん』(2015 ナリオ)
          『沖縄 うりずんの雨』(2015 ジャン・ユンカーマン)
     『ア・フィルム・アバウト・コーヒー』
      (2014 ブランドン・ローパー 仙台フォーラム)

           『我ら じじい部隊~中間貯蔵に揺れる故郷~』
       (2016 NNNドキュメント)※
           『輪廻~原子炉まで300m~』(2016 テレメンタリー)※
           『DNA鑑定の闇(2)~“神話崩壊”か…
        警察に“証拠捏造疑惑”~』(2016 テレメンタリー)※
           『神秘の蝶アサギマダラ 2000キロを渡る旅』
        (2016 JNN共同制作)※            
           『“一歩一歩”が人生 女性登山家・田部井淳子』
      (2016 NNNドキュメント)※
           『みんなのための資本論』(2016 BS世界のドキュメンタリー)※
           『FIFA 腐敗の全貌に迫る~ブラッターと私の15年戦争~』
       (2016 BS世界のドキュメンタリー)※
           『奥底の悲しみ』(2016 NNNドキュメント)※
           『わが城を追われて~法律を手に戦う市民~』
      (2016 BS世界のドキュメンタリー)※
           『廃炉の記録~福島第一原発・放射能との闘い~』
      (2016 BS1スペシャル)※  
            
3月・・・『極私的エロス・恋歌1974』(1974 原一男)
          『ステーキ・レボリューション』(2014 フランク・リビエレ)
          『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』
      (2014 ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル)  

          『被曝の森~原発事故 5年目の記録~』(2016 NHKスペシャル)※
          『3・11大震災シリーズ(70) ふるさと』
      (2016 NNNドキュメント)※
          『“3.11”を忘れない61 その時、『テレビ』は逃げた
       ~黙殺されたSOS~』(2016 テレメンタリー)※
          『“FUKUSHIMA”後の世界~岐路に立つインディアンポイント原発
       ~前編・後編』(2016 BS世界のドキュメンタリー)※
          『台北を走る』(2016 NHKBS1地球タクシー)※
          『3・11大震災シリーズ(71)THE 放射能 人間vs.放射線 
       科学はどこまで迫れるか?』(2016 NNNドキュメント)※
     『独裁者の部屋<全8回>』
      (2015 「日本賞」青少年向けカテゴリー最優秀賞)※
       
   2016年1-3月期の印象に残った作品について数本紹介する。まず、映画から。

   『ナオトひとりっきり』(2014 中村真夕)。松村直登、55歳。福島第一原発から12キロの富岡町で、ダチョウ、牛、猫、犬、イノブタと暮らす。放射能汚染で無人の町となった地で、腹をすかせた犬猫や家畜にエサを与え続け、殺処分を拒否した畜主から預かった牛たち約30頭の面倒を見る彼の一年間を追う。

   『MESSI/メッシー頂点への軌跡ー』(2015 アレックス・デ・ラ・イグレシア)。サッカー界のスーパースター、リオネル・メッシのこれまでの人生を、一部再現映像を交えて描く話題のドキュメンタリー。1987年アルゼンチンで生まれたメッシは、地元の少年サッカー・チームで活躍するが、成 長ホルモンの分泌異常と診断され毎日のように成長ホルモンを注射することが必要になる。その高額な費用を負担してくれるクラブを求めてそしてサッカー選手 としての可能性を求めて、13歳になった彼は父とともにスペインに渡り、バルセロナの入団テストを受ける…少年時代を知る人々、バルセロナの仲間や指導者 たち、彼らの証言はみなメッシに優しい。なお、今回私が鑑賞したのはテレビ版(NHKBS)。

   『あっちゃん』(2015 ナリオ)。2014 年に結成30年を迎えたパンクバンド“ニューロティカ”。そのボーカルであり唯一のオリジナルメンバーであるイノウエアツシ通称“あっちゃん”は八王子で 母親とともにお菓子やを営み、ライブの日はピエロに変身してステージでパフォーマンスを繰りひろげる…80~90年代のバンドブーム時代の当事者たちへの インタビューと、お菓子やの若旦那として日常の姿をとらえた映像で、“あっちゃん”とひとつの時代を描く、ナリオ監督の会心作。

   『沖縄 うりずんの雨』(2015 ジャン・ユンカーマン)。1986年設立、沖縄をテーマにしたドキュメンタリー映画の製作からスタートした「シグロ」の30周年記念映画として製作されたのが本作。沖縄戦から戦後の沖縄の歴史を見つめ直し、沖縄の「終わらない戦後」を私たちに問う、まさに集大成といえる作品である。第1部「沖縄戦」・第2部「占領」・第3部「凌辱」・第4部「明日へ」それぞれが貴重な資料映像と証言で構成され、「正史」としての価値は充分。監督は『チョムスキー9.11』(2002)・『映画 日本国憲法』(2005)のジャン・ユンカーマン。第89回キネマ旬報文化映画ベストテン第1位・2015年度毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞…この2月も、「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」コンペティション部門大賞受賞、必見の映画だ。

   『極私的エロス・恋歌1974』(1974 原一男)。奥崎謙三を追ったドキュメンタリー『ゆきゆきて、神軍』(1987)の原一男監督の伝説的問題作。フェミニストであるかつての同棲相手を追って 沖縄に行き、最終的に東京で彼女の自力出産を撮影、さらには自らの映画の製作者であり新しい伴侶である女性の出産も撮影…「『極私』の極致へと到達した未 踏のドキュメンタリー」という当時の評価について自分なりに考えてみようと思い鑑賞したが、なかなか作品に感情移入することができない自分がいた。この感 覚も狙った効果のひとつなのか。2015~16年、映画復刻レーベルDIGより3本の原一男作品が再DVD化され、この作品と出会うことができた。他の2 本は、脳性麻痺の障害者自立運動組織メンバーを描いた『さようならCP』(1972)と、作家井上光晴の実像に迫る『全身小説家』(1994)。

   『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』(2014 ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル)。 2007年、シカゴ在住の青年がオークションで入手した大量のネガ。プリントアウトされた写真は、20世紀の写真史を塗り替えるような優れた作品群だっ た…ブログへのアップ、写真集の発売、ニューヨーク・パリ・ロンドンでの展覧会、人々に熱狂的に受け入れられたこの作品群の撮影者の名はヴィヴィアン・マ イヤー
、ナニー(乳母)を職業としていた無名の女性である。ヴィヴィアン・マイヤーとは何者か?なぜ自ら作品を発表しな かったのか?ヴィヴィアン・マイヤーの発見者である監督ジョン・マルーフが、彼女の実像を求めて関係者の人々・故郷の人々・晩年を知る人々へのインタ ビューを試みる。第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート作品。

    テレビ・ドキュメンタリーからも数本。「3・11」から5年目の3月、「東日本大震災」のその後を追跡した作品が数多く作られたが、その他のテーマを扱った秀作も目立った。

   『ヨーロッパ難民危機~越境者たちの長い旅路~』(2016 BS世界のドキュメンタリー)。2015年イギリスBBC制作。ギリシャ・コス島からオーストリアまで、その7割がシリア人である難民とともに2000キ ロ移動して取材したリポート。難民の現状を知ることができる貴重なドキュメンタリーといえる。「BS世界のドキュメンタリー」1月最初の週は、この作品と 『密航 地中海を渡ったシリア難民の記録』(2015 ノルウェー)・『パリ 戦慄の3日間~シャルリ・エブド襲撃事件~』(2015 イギリス)・『わたしはシャルリではない』(2015  ドイツ)の4本。ヨーロッパが直面するテーマを真正面から取り上げた週となった。

   『病が見えない~新潟水俣病は防げなかったのか~』(2016 テレメンタリー)。新潟テレビ21制作。熊本水俣病発生から9年後に確認された「新潟水俣病」。その確認から半世紀が経過した現在、国が水銀汚染の存在を知りながら隠蔽していたことをうかがわせる資料が見つかった。国の行政責任を問うべく、80歳を過ぎた被害者兄弟が立ち上がった…            

   『輪廻~原子炉まで300m~』(2016 テレメンタリー)。青森朝日放送制作。本州最北端、原発の建設が進む青森県大間町の原子炉予定地から300m離れた場所に建つログハウス「あさこはうす」。反原発の“シンボル”となった「あさこはうす」だが、たったひとりで闘った母からその意志を受け継いだ娘にも、生活者としての思いがあった…

   『みんなのための資本論』(2016 BS世界のドキュメンタリー)。 2013年アメリカ72 Productions制作。サンダンス映画祭審査員特別賞などを獲得したドキュメンタリー映画『みんなのための資本論』(89分)のテレビ版(50分) 。クリントン政権下で労働長官を務めた経済学者ロバート・ライシュのカリフォルニア大学での授業をもとに制作されたドキュメンタリー。格差社会を生み出した原因を徹底的に明らかにする。この週の「BS世界のドキュメンタリー」は「シリーズ 大統領選が本格始動!アメリカ社会はいま」。残り3本は『銃社会アメリカ ある牧師の挑戦』(2015 アメリカ)・『すべてのホームレスに家を』(2013 アメリカ)・『ラティーノ~変わりゆくアメリカの姿~』(2016 フランス)。

   『奥底の悲しみ』(2016 NNNドキュメント)。 山口放送制作。敗戦後、数百万人の引揚者の帰国を支援した厚生省の引揚援護局の記録にある「特殊婦人」の文字。旧満州・朝鮮北部から引揚げの際に行われた ソ連兵の性的暴力の被害を受けた女性たちを示す言葉である。引揚げ者の悲しみの記憶を辿り、第11回日本放送文化大賞のグランプリ、平成27年民放連賞報 道番組部門の最優秀を受賞した『奥底の悲しみ~戦後70年、引揚げ者の記憶~』(2015年5月30日山口放送)の再構成版。
  
   『わが城を追われて~法律を手に戦う市民~』(2016 BS世界のドキュメンタリー)。急速な土地開発が進む中国で、立ち退きを迫る市当局に対して法律を武器に闘う市民の姿を追う。中国市民の権利意識の形を取材する本作はNHK / CNEX国際共同制作(台湾 2015年)。この週の「BS世界のドキュメンタリー」は「シリーズ アジアの今を見つめて」。残り3本のうち2本『安全な“食”を求めて』(2015 台湾)と『母と私』(2015 台湾)も日本(NHK )と台湾の国際共同制作。

   『被曝の森~原発事故 5年目の記録~』 (2016 NHKスペシャル)。福島第一原発事故によって生まれた広大な無人地帯。「野生の王国」となった“被曝の森”で進行する生態系の激変を調査する科学者たち の活動と住民たちの現在…これらを記録し続けることは「NHKスペシャル」の使命であるという制作者たちの意志が伝わってくる。「3・11」から5年目の 3月、「NHKスペシャル」は続けざまに数本の意欲作を放映した。『“原発避難”7日間の記録~福島で何が起きていたのか~』・『ゼロから町をつくる~陸前高田・空前の巨大プロジェクト~』・『風の電話~残された人々の声~』・『私を襲った津波~その時 何が起きたのか~』・『シリーズ東日本大震災“26兆円”復興はどこまで進んだか』・『原発メルトダウン 危機の88時間』、そして「NNNドキュメント」と「テレメンタリー」も「3・11」の記憶を風化させないための番組作りを地道に続けている。すべてをチェックすることは不可能だが、できるだけこの通信でも紹介していきたい。

   『独裁者の部屋<全8回>』(2015 「日本賞」青少年向けカテゴリー最優秀賞)。もし市民としての権利や自由を奪われた社会に暮らしたら、私たちはどうなるだろうか?8人の若者が、独裁者の指令の下での8日間の暮らしに挑戦する、スウェーデン制作のリアリティーショー番組。自由を奪われた世界についての想像力を刺激する企画である。


<後記>

   1-3月期は思いのほか忙しく、映画館でドキュメンタリー映画を観るチャンスを何度も逃した。4月以降、時間的余裕だけは増えるはずなので、何とか映画館 に行く機会を増やしたい。せめて青森市のシネマディクト、あるいは八戸・盛岡のフォーラムへ。あと、市民による上映会も逃さないように…

   次号は、「珈琲放浪記」再開を予定している。退職後最初の『越境するサル』となる。



(harappaメンバーズ=成田清文)
※「越境するサル」はharappaメンバーズの成田清文さんが発行しており、
個人通信として定期的に配信されております。

2016年3月8日火曜日

【harappa Tsu-shin】harappa映画館「函館発 佐藤泰志映画祭」開催しました♪

みなさん、こんにちは!
先週末は、今年度2回目、通算22回目のharappa映画館でした♪

お天気も良く、たくさんの方にご来場いただきました。
いつも、harappa映画館を楽しみにしてくださっているみなさん、本当にありがとうございます!!

今回は「函館発 佐藤泰志映画祭」と題して、
『海炭市叙景』と『そこのみにて光輝く』の2本を上映いたしました。

映画の原作となっている作品をはじめ、
佐藤泰志氏の作品の数々がロビーで展示しておりました。

みなさん、手に取ってご覧いただけたでしょうか?
これを機会に、佐藤泰志さんの作品を読んでみてはいかがでしょうか。

上映の後は、『海炭市叙景』を企画・制作し、制作実行委員会の代表を務め、
『そこのみにて光輝く』の企画・プロデュースを務めた
菅原和博さんをゲストにシネマトークも開催されました。

とても貴重なお話をお聞かせいただきました。ありがとうございました。
なんと菅原さんは、函館市内で喫茶店も経営されているそうです。
みなさん、函館に行かれた際はぜひ「自家焙煎珈琲 水花月茶寮(みかずきさりょう)」に足を運んでみてください。





(harappaスタッフ=太田)


【harappa Tsu-shin】「トーチカ映像WS」開催しました♪

みなさん、こんにちは!!
ここ数日はすっかり春の陽気ですね。

さて、少し間が空いてしまいましたが、先々週の週末は、
トーチカさんの映像ワークショップを開催しておりました♪

デジタルカメラによる長時間露出とコマ撮りアニメーションの手法を融合し、
空中にペンライトの光で絵を描くことでアニメーションを作るという画期的な作風「PiKAPiKA」を編み出した
クリエイティブユニット・トーチカさんが弘前で映像ワークショップを開催してくれました♪

弘前らしい映像ということで、
今回のテーマは「雪玉」
主に弘前公園で撮影していましたよ♪

こちらは撮影前に必死で雪玉を作る大人たち。。。

雪玉を少しずつ動かしてのコマ撮りです!!
雪玉を少し動かしては行ったり、来たり、、、
(翌日、筋肉痛になりました。。。 )


例年より雪が少ない弘前、、、
大きな雪玉を作るのに苦労しました。。。
みんなで力を合わせての雪玉づくり!!
みんな童心に帰って、本気の雪遊びみたいでした♪

あとは、エキストラが足りなくて、
急きょ地元の中学生に参加してもらったり、、、
2日間という短い時間の中で、楽しいことがぎゅぎゅっと詰まった撮影になりました♪

もちろん、最後にはみんなで「PiKAPiKA」もやりましたよ♪

トーチカのみなさん、ご参加・ご協力いただいたみなさん、
本当にありがとうございました!

いつもはスタッフとして遠巻きに見ていることが多いのですが、
今回はharappaスタッフも撮影に思いっきり参加させてもらった為、
記録写真が少ないのです。。。
なので、どんな作品ができあがったのかは、
ぜひ上映会でご覧ください♪

さらに!!
現在、開催中の文化庁メディア芸術祭青森展にて
3月13日(日)10:30~ トーチカ「ピカピカワークショップ」(要申込)も開催されます。
詳細は公式HPをご覧ください。
文化庁メディア芸術祭青森展「まぼろし村と、あなたとわたし」http://mediaarts-aomori.com



トーチカ映像ワークショップ成果作品「ATTACK OF THE KILLER SNOW」
弘前公園にて起こった惨劇!!雪が弘前の若者を襲う!!!
弘前・中土手町・蓬莱堂さん隣の空きスペースにて上映しております!
▼上映日時
3/11(金)〜13(日) 17:30~20:30頃


※現在開催中の「文化庁メディア芸術祭青森展」にて

 青森県立美術館でも下記の日程でご覧いただけます。

 3月20日・21日・22日
 文化庁メディア芸術祭青森展「まぼろし村と、あなたとわたし」http://mediaarts-aomori.com



(harappaスタッフ=太田)